第5話 ジルカースとテオ~瞬きの幸福~

運良く入手した飛龍に乗ったジルカースたちは、その足で夕闇に紛れるようにして西の国へと到着した。

敵方の幹部であるデオンにも動向が割れている以上、当然その母国である東の国にも行き先が知れていると判断した一行は、いったん今後の案を相談するため、明朝まで西の国にて一泊する事を決めた。


西の国コミツは闘技場による催しが盛んな王権国家である。

城の横に並ぶ同じほどの高さの闘技場を中心に、ぐるりと城下町と城塞が囲む景色はなかなかのもので、家々や街に広がるランプの明かりが照らすその夜景は”宝石”と例えられる程であった。

そしてその国の母体となったのは、今は亡きキスクの母国であったのだが、他の三人はそんな事など知るはずもない。

当のキスク自身も、当時の母国とは様変わりした国の景色に、昔を思い出すことも無く居たため、さほど気に止めてもいなかった。


***


かくして、ジルカースらは西の国の一角の趣ある宿屋に身を潜めた。

ハンモック式の宿屋の一室で、一行は久しぶりの安息の時を得ていた。

その中でも、常に戦いの場に身を置いてきたジルカースとアイラは、いつでも応戦できるよう準備に余念が無かった。

師匠から受け継いだ愛用のリボルバー銃の残弾を確認しながら、ジルカースはしまったと独り言をもらす。

「銃の弾を補給するのを忘れていたな、今から買いに向かうのもな……アイラ、持っていないか」

「あいよ、使い慣れたやつじゃなくて悪いけど」

武器や銃を扱うもの同士、どこか気心の知れた雰囲気のようなものが、傍から目にしていたテオにも感じ取れた。

すまないなと返す何気ないジルカースのやり取りに、ほんの少し心に陰りが差した気がして、気まずくなったテオは二人から目を逸らした。

(なんだろう、二人に対してすごく申し訳ない気持ちになる、これはどうして……?)

目の前のライの毛並みを撫でながら、そんなモヤモヤとした思いを巡らせるテオの元へ、タイミング良く気を紛らわせるかのようにやって来たのはキスクだった。

テオの足元のライを構うように座り込むと、懐かしむようにめを細めてこう言った。

「このワンコロ見てると昔を思い出すなぁ、俺も若い頃に宿舎で飼ってた事があってね」

「変な事言うのね、今も若いじゃない、キスクって一体ほんとは何歳なの……?」

「秘密〜」

一方で、そんなやりとりを遠目に見やっていたジルカースは、自分には遠い存在を眺めるような目で二人を見ていた。

ありふれて見えるはずの二人のやりとりには、どこかポジティブで波長の合う者同士のような気楽さがあり、ジルカースのような堅物な人間には踏み込めない空気を醸し出していた。

テオと視線が通う直前、己のうちに沸き起こった罪悪感のようなものを感じたジルカースは、反射的に二人から視線を逸らした。

(よく分からないがこの感情は二人には話さない方がいい気がする)

不意に訪れた気まずさに、訳も分からぬままモヤモヤとした気持ちを抱えながら、ジルカースはひとりその場を立ち去った。

そのままテオたちを避けるようにして、煙草を吸いに外へと出たジルカースだったが、不意に訪れた違和感に当たりを見渡した。

(おかしい、静か過ぎる)

ふと見やった空の鳥が、羽を広げたまま静止している事に気付き、時間が止められているとジルカースは気付いた。

視線を戻すと、そこにはどこか見覚えのある面影の人物が居た。

いや、見覚えがあるというものではない、あまりにも鏡に見た己と瓜二つのその顔。

「お前……何者だ!?」

「きみ、おれが見えるのかい?そうか……きみがジルカースか」

ジルカースとそっくりな見てくれの、中性的な外見の青年は己の名を”ゼロ”と名乗った。

「ゼロ……?貴様、俺を知っているのか?」

ジルカースはゼロに関しても全く覚えが無く、ますます怪しい気配を察する。

そして幸いと言うべきか、相手が丸腰であったことから、ジルカースはかねてより密かに使用していた“神力(じんりき)“を使おうと試みた。

暗殺者ジルカースのもうひとつの二つ名“神力使いのジルカース“の由来である神力。


神力とは、この世界において使用する人間が極めて稀と言われている、特殊能力のような神通力のようなものである。

一説には神の血を引くもの、神族のみが、神力を操ることを許されているとも言われているが、世界的にはまだ解明されていないところの大きい力であった。

その力の属性は世に知れているところでは、

時属性の神力、時間や空間を操る力。

天属性の神力、天候や自然エネルギーを操る力。

そしてジルカースが使う人属性の神力、記憶を操ったり気配を消したり、主に対象の五感に働きかける力である。

他にも様々な属性の神力があると噂されてはいたが、この世界において行使する人間の少ない力であるゆえに、まだまだ解明されていないところであった。


ジルカースは相棒のキスクのいる前でも滅多にその力を使うことはしなかった。

それは神力が物珍しいものであることも関係していたし、不必要に人目に晒す物でもないと思っていたからでもある。

ゆえにこれまで極秘の必殺技としてごく稀に使用してきたのである。


しかしどういうことか、ゼロの記憶を操作しようとしたジルカースの神力は発動しなかった。

まるで“こいつに攻撃してはいけない“と定められているかのように。

虚しく伸ばされたジルカースの手が空を切って、ゼロは僅かに不思議そうな顔をした。

「おれは君をよく知っているよジルカース、きみが本当は大切なものたちを守ろうとしてこの世界に降りてきた事も」

「俺が、大切なものを……?」

「おれはおれのことを覚えていないけれど、きみのことはよく知っているよ、今も仲間を助ける為にきみは生きている」

「お前は、一体……?」

”今度は守れるといいね、きみの大切なものを”

その言葉と共にぱちんと音がして、喧騒と共にまた時間が動き出した時には、すでにゼロの姿はなかった。


***


その後、夕食を取りながら四人はハンモック式の宿屋の一室で話し合っていた。

アイラの私兵の子供たちの手により、闘技場に集うもの達から現在の動向を聞き取った結果によれば、

​───東の国での内乱がひと段落し、デオンの上司であるレビィ・ザイアッドという者が次の東の国の実権を握ろうとしていること、

​───東の国から南の国へとある技術者が逃げ出したこと、

などが明らかになった。

「ここの闇ギルドの人間にも何度も世話になっている。下手に協力を仰いであらぬ罪を着せたくはない。俺たちだけでどうにかする他あるまい」

不安げに口火を切ったジルカースに、キスクとアイラはやれやれどうしたもんかという顔で言葉を返す。

「つったって、東の国、ひいてはその協力国までもを敵に回してるんだぜ、いくら天下の暗殺者ジルカースといえど無理があるよ」

「あたしらのツテもあたってみるけどさ、ずっと逃げてるだけってのも限界があるよ。どこかに長期隠遁するならともかく……テオはどこか宛があって亡命してきたのかい?」

「……ええ、きっと今は南の共和国にいるはずの、元東の国の技術者ヘンゼンという人。その人に会えば、いまジルカースが疑問に思っている事についても、きっと分かると思うわ」

テオの言葉に、なぜかゼロの姿が一瞬過ぎったジルカースは視線を落とした。

ゼロの事は誰にも打ち明けていなかった、話したところで誰も信用などすまい。

「俺の疑問に思っている事、か……南の共和国ならこの国から近い、そう隙を作らず向かえるだろう」

話し合いの結果、最終的に南の共和国へ向かう事になった一行は、憂いのないよう、各自翌日に備える事とした。


***


その晩、ライを連れ立ってひとりどこかへ向かおうとするテオを見つけたジルカースは、念のため武器を携行するとこっそり彼女の後を追った。

闘技場の奥の城門へと向かったテオに、自ら身を引き渡すつもりではと判断したジルカースは、即座に駆け寄り、テオの手を掴み引き止めた。

「あ……テオ、これは……その」

次の目的地の重要性もそうだが、テオ個人が重要な存在となっていたジルカースは、

”立ち去るな、ここに居てくれ”

と言いたかったのだが、妙なこそばゆさもあり、なんと気持ちを打ちあければよいものか分からず黙ってしまった。

テオはどういう理由からか、少し申し訳なさそうな顔をして微笑んだ。

「……ここの街の離れにある闘技場、夜間も開かれているのですって、様子を少し見に行かない?」

思っても居ないテオの誘いに、ジルカースが柄にもなくぽかんとしていると、テオはようやく穏やかな笑みを見せた。


夜間に行われているのは、剣舞の見世物だった。昼間の騒がしい剣劇試合とは打って変わって、晩酌片手に静かに眺めたい者たちが集まっていた。

ジルカースとテオは人目を避けるように、観客席の隅に座った。

見ているだけだというのに、ジルカースは爛々とした子供の瞳の様にあまりに楽しそうな表情をしていて、テオは思わず笑ってしまった。

異性の趣味趣向というものには疎かったテオだが、その様子から、きっとジルカースも出場してみたいのだろうなと思い至る。

「珍しく楽しそうね」

話題を振られたジルカースはといえば、女性と夜に連れ立って出かけるなど初めてのことだった。

しかしながら、テオとの過去の記憶を思い出していたこともあり、これまで固かった心の壁が少しずつ解けてきていた。

「ふっ、テオにもそう見えるか。そうだな、何から話そうか……」

そうしてジルカースは、珍しく己がこの世界に降りてきてからの事を、ぽつりぽつりと話し始めた。


この世界へ降りて来て、何もわからず騙されそうになっていた所を、師と呼ぶ人に助けられたこと。

彼は暗殺者であり、ジルカースに荒廃した世界での生き方や、暗殺の技術を継承したこと。

その師匠はとても強い人で、リボルバー銃を受け継いだこと、などだった。

暗殺者という身の上で他人を警戒するジルカースが、己に身の上を話してくれた事で、テオはジルカースの警戒の内側へ入り込めたような気がして、ほんの少し嬉しくなった。

「その人は、今どうしてるの?」

「わからん、俺に銃をあずけてから姿を消してしまった。いまはどこでどうしているのやら」

「そう……」

返す言葉に詰まってしまうテオだったが、ジルカースの言葉からはきっと彼の生存を信じているのだろう、と察せられた。

テオはジルカースに一瞬でも希望を残したい思いで、“叶う見込みの薄いその願い“を口にしていた。

「闘技場、いつかまた一緒に来ましょう、今度は参加者として」

そのままジルカースの手を握ったテオは、”みんなが心配するわ、帰りましょう”と穏やかに促した。


夜中、喉が乾いて水でも飲もうかと不意に目覚めたキスクは、手を繋いで帰ってきたジルカースとテオを見かけ、慌てて布団から飛び出しかけていた体をひっこめた。

隣の部屋にテオを送り“おやすみ“を言ったあと、すぐ隣のベッドに入ったジルカースに、キスクはこそこそ声で話しかける。

「二人でゆっくりできました?」

いつもならここぞとばかりに弄るであろうシチュエーションを、珍しく弄ってこないキスクに対し、ジルカースは少しばかり意外だというような顔で間を置く。

そして、珍しくどこか満足げな微笑みを見せて、呟いた。

「ああ、少し話をしていた。明日からまたよろしく頼むぞ」

その表情にキスクも自ずと笑顔になる。

「了解っす!」

ひとときの安息としても、ジルカースもキスクもこの瞬間に心底安堵していた。

布団に潜り込んだジルカースは、テオが少しでも安心して過ごせるよう、珍しく己の中の神(希望)に祈った。

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