第4話 東国の戦闘狂~宿敵邂逅~

ジルカースらが中央都市コウトクを脱した頃。

西の国では何やら怪しげな動きがあった。


西の国で盛んな強者たちが集う闘技場、その夜祭の観覧席の一角に、その少年は居た。

白軍服を身にまとい、銀髪のウルフヘアーの後頭部をテールに束ねている。

その前髪には、所属している軍の印である”真紅とターコイズブルーのメッシュ”が入っていた。

「隊長、こちらへおいででしたか」

「この国で有名だと聞く闘技場、ひと目見てみたかったんだよね。ボクも参加してみたい所だけど……今日はお忍びだからね、ざーんねん」

その言葉に短い金髪の副官は、なるほどと言う顔で目をしばたいて、楽しげな表情を浮かべる上官の少年を見やる。

「力に覚えのある者ならばこういった場は少なからず興味が湧くもの、私も出場してみたいものです」

「お前なんかの力量じゃすぐ切り伏せられちゃうよ、それこそ紙切れみたいにね。でも、あの噂に聞くジルカースなら……」

隊長である少年の口から飛び出したその名に、副官の青年は”わからない”と言った様子で「はぁ」と口を半開きにする。

「フフッ、楽しみだね……早く会いたいよジルカース、僕の災厄」

何かを待ち焦がれるような、どこか狂気的な表情をうかべると、少年は部下を連れ闘技場から姿を消した。


***


月も地平線に沈まぬその頃、ジルカースたちは中央都市と西の国を結ぶ、関所超えに差し掛かっていた。

「ここを抜ければあとは山岳地帯になる、そこまで行けばもし見つかったとしても身を隠す事ができるだろうさ」

中央都市同様、アイラの導きにより難なく関所も越えられるかと思ったが、そこで意外なトラブルが起きた。

関所で遭遇したのは、この辺りの裏取引きを取り仕切っている山賊たちだった。

山賊と国軍が裏ではなぁなぁの関係という点にも治安的な救いようのなさを感じるが、なによりまずいのはこの状況で彼らに出くわしてしまった事だった。

「ほぉ、こいつは……」

先にアイラたちの違和感に気付いたらしき山賊の長である壮年の男は、国軍を制して前に出てくるとアイラに声をかけた。

「あんたら、訳ありだな」

「……!」

ここで身の上がバレてはまずいと察したアイラは、前もって想定していた合言葉を合図に、全員で新たな作戦へ移行することを決意した。

『今日はやたらと蒸すねぇ』

そう言って僅かに手のひらで仰いだアイラに、山賊の長は、今は涼しいくらいの春先だがと不思議そうな顔をする。

『私たち奴隷には相応しいですよ』

そのキスクの言葉に、アイラが視線を送りそっと頷いた。

「あたしらは真っ当な奴隷商人ですよ、嘘だとお思いならお確かめ下さい」

そう言ってアイラが差し出したのは、捕獲した賞金稼ぎから入手した、奴隷商人専用の極秘の手形だった。

それを目にした山賊の長は僅かに訝しげな表情を見せる。当然だ、先程までは偽物だと疑っていたのだから。

「……わかった、なら俺たちの根城に来るんだな、そこで判断するとしよう」

まだ疑っているらしい山賊の長の言葉に、どの道このままでは想定通り向かう他あるまいと判断し、ジルカースたちは奴隷の風貌のまま、山賊の根城へと迎え入れられた。


***


根城は山岳地帯に掘られた人工洞窟だった。

その場所はどうやら坑道の跡地のようで、通路は薄暗くもランプの明かりが点在しており、山賊たちはトロッコの路線をそのまま使っているようだった。

到着するなり、アイラは山賊の長たちと話すため、荷馬車の上に居たときのまま、ライを連れて離れて行った。

一方で一番武力を持たないテオは、ジルカースとキスク達とは別の部屋へと引き離される。

「心配するな、機を見てすぐに迎えに行く」

去り際、ジルカースの言葉を聞いたテオは、不安げな表情で振り向いたまま、山賊たちに連れられて行った。


別の部屋へ隔離されたキスクとジルカースは、山賊たちが手薄になった頃を見計らうと、念の為移動中に締め直していたダミーの枷を外した。

そのまま手際よく見張りの兵を倒すと、腰にあった武器を奪う。

「さっすが天下の暗殺者ジルカース」

「お前もさすがはその相棒だな、遅れるな」

部屋を脱すると、根城の中は既に山賊たちが右へ左へのてんやわんやな状態だった。

通路のそこかしこに撹乱用の煙が充満していた。おそらくアイラの仕業だろう。

「しめた!旦那はこの隙にテオちゃんを!俺は武器とアイラたちを見つけて来ます!」

「分かった」

この騒動を好機と判断したジルカースは、キスクと別れテオを探しに向かう事にした。

キスクとは反対側の薄暗い通路を進んだ先に、左に伸びた一段低い通路が見えてくる。

先程奪った刀で、通路前の見張りを倒したジルカースは、そのまま冷えた地下牢へと進んだ。

その先では、穴蔵に設えられた牢屋に押し込められるようにして、ぽつんとテオが座っていた。

「テオ……!」

錠開けの技で牢を突破したジルカースは、すぐさま彼女の両腕を拘束していた枷を外すと、その手を取った。

「歩けるか」

「大丈夫、行きましょう」

思いのほか逞しいテオの言葉に、ジルカースはわずかに驚いた表情を見せて微笑んだ。

その微笑みに、テオの中にあった”懐かしい記憶”がゆっくりと解けて行った。


頼りないランプの明かりが導く坑道跡の根城の中を、テオはいつかの逃亡劇のようにジルカースに手を引かれながら必死に駆けた。

逃げるためではない、生きるために。

​―――ようやく再会できたこの人と、ジルカースと生きるために。

「覚えている?ジルカース、あなたは、私の最愛の人だったのよ」

テオの言葉に、はっとしたようにジルカースが立ち止まり、振り返る。

そこには変わらぬテオの微笑みがあって、けれどそれは確かに唯一の昔懐かしいもので、

ジルカースは郷愁にも似た、初めて感じる言葉にし難い柔らかな感情を感じていた。

「手繋いで固まってどーしたんですか」

そこに突如としてアイラ達を伴ったキスクが現れ、ジルカースは咄嗟にテオの手を離してしまった。なぜだか心臓の片隅がこそばゆい様な、変な心地に陥る。

「手筈の方はどうなっている」

ジルカースは慌てて表情に出さぬよう装ったが、長年の相棒であるキスクには異変を悟られて居るようだった。

「いやぁ、いい所お邪魔したならすいませんでした!武器もここにあります、あとはいつでも逃げられますよ!」

一言余計だと言わんばかりにジルカースがぎろりと睨むと、キスクはやっぱりと言う顔でにんまり笑った。

「もたもたしていられん、上に見つかる前にさっさとずらかるぞ!」

「合点承知!」


『そうは行かないよ』


しかし逃げ去ろうとしたジルカースらの前に現れたのは、初めて目にする銀髪の少年だった。

白軍服を纏った風貌からして、山賊の一味でないことははっきりと分かった。

「はじめまして、ジルカース」

「……!」

挨拶と共に、何食わぬにんまり笑顔で間髪入れず切り込んできた少年に、ジルカースは咄嗟に刀を抜刀して弾いた。

「いいねぇ……あんたの疾さ、やっぱり想像していた通りだ!ボクは”デオン・ギロ”東国の閣下にお仕えする精鋭部隊長」

デオンと名乗る少年の出自である”東の国”の名に、ゆかりの深いアイラとテオははすぐさま動揺を見せた。

「あんたみたいな強い相手、みすみす殺したくないんだけど……これも閣下のご命令だからね、死んでもらうよ」

「……まさかあたしの一族が退いた後、あんたのような人間がお株についてるとはね」

「おやぁ?そこに見えるのは、噂に聞く薄汚い賞金稼ぎのオバサンかい?僕は生憎過去の人間には興味無い主義でね、落ちぶれた弱者の過去に何があったかなんて微塵も興味無いねぇ」

「東国の部隊長がなぜこんな所に……!?」

動揺を隠せない様子のテオに、デオンはにんまり笑いを崩さぬまま、

「近場に寄ったら噂を聞きつけてね、神子、あんたを取り戻しに来たよ」

と胡散臭い言葉を吐いた。

テオに無実の罪を着せ、亡命にまで追い込んでおきながら、今更神子の力が必要だなどと、容易に知れる詭弁であろう。

「あんた、戦い方も汚けりゃ口も汚いね、とても正規軍とは思えない」

「そりゃお互い様さ、生きる上で正しさなんてクソの役にも立たない、強いか弱いかだけだよ」

一瞬冷めた表情を垣間見せて、デオンは底の知れないにんまり笑いに戻る。

一見では好青年のようでありながら、その笑みは貼り付けた仮面のようで、どこか気色の悪い笑みだった。

「さぁ、ボクを愉しませてよジルカース、あんた程の人ならボクを理解してくれる、そうだろう?」

「何を言っている……!?」

テオを背に守っているからだろうか、デオンはジルカースばかりを狙って攻撃をしかけて来る。

キスクが割って入ろうとしたものの、背後からやってきた仲間の兵たちがそれを妨害した。

「っ、旦那!」

キスクの言葉を耳に入れながら、ジルカースは必死にテオを背に守っていた。

「この光景、これだよ!あんたほど人を殺してきた奴なら、ボクのこの乾きが分かるはずだ、戦いを、殺しを求める、この心が……!」

「…….!?」

デオンの視線にどこか既視感めいたものを感じていたジルカースは、ふと気付く。

度々キスクに指摘されていた、激しい戦いの最中に笑っているという、自分の浅ましい一面と同じだということに。

「……やめろ!俺はお前などとは違う、俺は」

「どんな偽善を言おうが、暗殺者は所詮ヒトゴロシさ」

"目の前に居るのは自分の半身の性質を持った男ではないのか?"

一瞬そんな考えがよぎって、ジルカースはひどい吐き気に襲われる。しかし呼吸が浅くなった瞬間、テオの温かな右手がジルカースの背に添えられた。

『大丈夫、大丈夫よジルカース』

テオのその穏やかで温かな声が、ゆっくりとジルカースの意識に広がってゆく。

蘇ってきたのはテオと幼い頃から重ねてきた温かな記憶だった。

その瞬間、不思議な程に胸のつかえが一瞬で無くなった気がした。

「俺は​―――俺には俺の理念がある、快楽主義の貴様とは違う……!」

その時、一瞬の隙をついたようにジルカースとデオンの間に割って入ってきたのは、テオの飼い犬のライだった。

「​何だ!?この糞犬ッ……!」

利き手に噛み付かれたデオンは、手にしていたナイフをカランと音をたて取り落とした。

その隙を逃さず、ジルカースは手にした刀で空いているデオンの脇腹に切り込んだ。

「隊長ッ!」

すぐさま軽傷ではないと察した、デオンの副官らしい金髪の青年が、キスクたちの刃から逃れて駆け寄ってくる。

「ハハ……このボクがここまでやられるなんてね、やっぱりあんたは想像以上の脅威だよ……」

「隊長、ここは一旦引きましょう」

部下たちに連れられるまま、”またね”と残しデオンは去って行った。

ジルカースはいまだ逸る鼓動を抑えながら、背後のテオを振り返る。

そしてその身に傷一つ無いことを確認して安堵した。

(先程のデオンとかいう男、笑ってはいたがとても気に触る笑みだった。まるで自分の心の奥深くを見られているかのような)

いまだ戸惑うジルカースだったが、先程の戦いで刃を交えた一瞬で悟った”デオンの並外れた強さ”は、同じように強者との戦いを好むジルカースの中に静かな悦びを湧き起こしてもいた。

その戸惑う感情とは裏腹に”またどこかで戦ってみたい”という、戦闘狂の本能的な気持ちが渦巻く。

「……ここは危険だ、さっさと立ち去ろう」

「旦那、こっちだ!」

今はここから離れるのが得策とジルカースが判断したその時、外へ続くと思しき通路を見つけたキスクがジルカースたちを導いた。


山賊たちや兵たちのほとんどが去って行き、閑散とした根城をさ迷っていると、通路の先に突如として開けた中庭が現れる。

まるで洞窟の中に空がくり抜かれたかのように、上空へ向かって真っ直ぐに洞穴が開いていた。

その中庭中央に居たのは、一匹だけ取り残された大きな飛龍の姿だった。

おそらくは、崩落した天井をそのまま飛龍の通用口にしたのだろうと思われた。

「こいつは……北の国で飼い慣らされてるって聞く飛龍だぜ旦那!」

「ああ、こいつで逃げるほかなさそうだな」

飛龍は山賊らに飼い慣らされていたようで、ジルカースたちの操縦にもすぐに懐いた。

「しっかり掴まっていろ!」

ジルカースたちはそのまま飛龍の広い背に乗り込むと、未だ開けぬ夜空のただ中へと飛び立った。

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