第23話 修羅場
翌日。5月下旬に入った、最後の金曜日。
うららかな風はもうどこにもなく、空は今でも泣きそうな曇りであった。天気予報では雨4割であったと、亮は天気予報を思い出す。
そんな空を眺めながら、放課後を迎える。
「……雨模様で嫌な日だ」
と、亮はそう呟きながら窓の外を見る。
耳は教室の方に傾けると、教室が騒がしい。生徒たちが憂鬱な態度に教室を出た。
……やべ、雨かよ。傘持ってねえよ。
……うわ、まじ最悪。
……部活できねえじゃん。
……あーあ。ゲーセンに行きたかったのにな。
などなど、嫌味の数々が教室に響く。
雨はジメジメして、ベトベトして、好きではない。
亮はそんな嫌味に同感していた。
雨には全くいい思い出がない。
去年の梅雨。雨の中、一人で歩道に歩いていたら、走行中の車に水跳ねされたことがあった。キャンバスが水浸しになり、作品が一枚壊れた。
そのできことから、梅雨、雨が嫌いになったのだ。
「……でも、そんなことを言っていられないよね」
など、亮は嫌な過去を思い出しながら、我に戻る。
……今から、ミチルに罪の告白をする。自分が二次創作を活動し、芸術から一度手を引くこと。
と、亮が「はあ」と嘆息を吐きながらそう考えていると、突然、ミチルから声をかけられる。
「亮!部活に行こう!」
「あ、うん」
いつも通りの元気な声に、亮はいつものように返事をした。
これから罪の懺悔をすると考えると、気が重く感じた。
全身の血液の流れを感じるように、緊張感が走る。
どのタイミングに彼女に話せばいいのか、迷う。
そんな優柔不断な亮はミチルに寄り添い、美術室まで来てしまった。
美術部に入った瞬間、空から水が落ちてきた。雨だ。雨が降ってきたのだ。亮は窓を覗くと生徒たちが走り出している姿が目につけた。
これでは、運動部の活動は活動できないな、と思っていると、ミチルは油絵を書く準備をした。
「今日は雨で嫌だね」
「そ、そうだね」
緊張感を張り上げたまま、声を放つ亮。
これから彼女に罪の告白するのだ、勇気を持って、告白するんだ。
と、亮が自分に言い聞かせていると、ミチルは声を上げる。
「そうだ!今日は気分転換に、水彩画やろうかな」
「い、いいんじゃないかな」
だが、亮はまだも声を強張っていた。
……何やっているんだよ!彼女に嘘をつかないと決めたじゃないか!
と、亮は固まった体を動かそうとする。
ミチルが準備を着々していると、キャンバスをイーゼルの上に置くと、「うーん、絵の具、絵の具」と言い放ち、絵の具をしまっているタンスを漁っている。
「ミチル……」
重い葛藤の中、やっと、亮はやっと声を上げることができた。
「何?どうしたの?亮」
「話がある……」
「話って?」
ミチルがそう尋ねてくると、亮は拳を強く握りしめる。
今だ、ここで決着をつけるんだ。
「僕は……芸術をやめようと思う」
ようやく口にすることができた。
「芸術をやってて、僕は苦しいだ。報われない絵画を描くの、やめようと思うだ」
亮は緊張しながらも事実を正確に、とにかく事実を語り続ける。
「そして、僕は新しい道を見つけたんだ。それは、二次創作を作ることだ。えっと、アニメの絵を描く活動で、それを同人即売会に本を販売する活動。同人活動というやつなんだ。僕はそれを描くのが楽しくなって来たんだ。自分が創作した本がみんなに届けたらいいなと思うだ。だから、僕は……」
一旦区切る。
亮は長々と話をして、彼女が理解に追いつけないじゃないかと、ミチルの目を見つめる。
ミチルは目をクリクリとしながら、こちらを見ているのを確認すると、補足説明にサークルのことを話そうとする。
「僕は、とあるサークル、つまり創作グループみたいなもので。僕は、そのグループ、サークルに参加することになったんだ。だから、部活活動ができなくなる」
掻い摘んで説明をするが、目の前のミチルは目をパチパチとする。
どうやら、もっと説明が必要だ。
「えっと、つまり、僕はあのグループ。サークル……」
「『エターナル』でしょ?」
最後の言葉を言い放ったのは自分ではない。ミチルだ。
「え……」
亮は唖然すると、ミチルは水彩の絵の具を置く。
「だめだよー亮。そういうものは隠し通すのが、セオリーっていうだよ?」
「み、ミチル?」
亮は思わず、半歩を下がる。
と、亮が言葉を濁しているときに、大きな雷の光が窓から見えた。
バリーン!と、音が遅れて雷の音が鳴った。
そして、蛍光灯の光が全て消えた。闇の中に二人きりになった。停電だ。
亮は寒気を感じる。背筋が凍えるような冷たさが、背骨一本ずつ感じる。
暗くて、ミチルの顔がよく見えない。彼女は笑っているかするとも怒っているのか、どんな表情をしているのか、暗闇で見えなかった。
緊張感が走る中、ミチルが先に声を上げる。
「ねえ、亮。私……亮のことが好きだよ」
「え?」
「うぶでさ。素直ないい子で、嘘をつけない。可愛い子」
「み、ミチル?」
ミチルはもう一歩前に進むと亮は自然に一歩、後ろに下がる。
亮が一歩一歩と、下がっている中、ミチルは一歩一歩前に進む。
なぜ、一歩下がるのか?自分でもわからないが、下がらなければいけないと、亮の理性が語る。今のミチルは危険だ。逃げろと。
「いつもデッサンしているけど、本当は『魔法少女アイリ』を描いていたのでしょ?」
「っ!?」
亮の体は電撃が走ったように体が硬直する。
……なんで、彼女はそんなことを知っているのか!
まだ、彼女にそんなことを話していないのに!
「あはは、必死に隠しているけど、モロバレだよ。亮。スケッチブックの裏に見えるんだよ?」
「え!?」
「亮って本当に素直だよね!絵にも反映しているだよ?」
亮はまたも、後ろに下がるが、背中がコトンと壁にぶつかる。
これ以上は下がれないと、亮は恐怖でいっぱいだった。
……目の前にいるミチルは自分が知っているミチルではない。
……彼女は一体誰なんだ?
と、亮は疑問を描いていると、ミチルは攻めてくる。
「ペンタブで同人描いているのでしょ?「トラ祭り」の即売会に出すんでしょ?」
「な、なんで知っているの?」
「亮のことなら、わたしなんでも知っているよ?友達じゃない」
ミチルは迫ってくる。
これ以上下がれない亮は、友人の行動に震え出す。
「ねえ!亮!わたし、そんな亮が大好きなんだ!いつも芸術に悩む姿も、いつも芸術に誠実な姿も、同人活動でコソコソと活動している姿も、仮病をしてまで同人活動で必死に活動するなんて」
彼女が歌うように言葉を告げると、右手でどんとかけて、亮を追い詰める。
亮の逃げ場は完全に無くなった。
「捕まえたよ♪亮」
「ひ、ひい」
ミチルがにっこりと笑う、亮は表情を緊張させる。
彼女は全て知っていた。
最初から最後まで全て知っていた。
自分が芸術から引退したこと。自分が同人活動を始めたこと。
決め手としては、来週の同人即売会に参加することも知っていた。
彼女は亮のことを全て知っている。
どうして、そんな全てを知っている。
亮が恐怖で動けなくなっているところ、ミチルは唇を亮の耳まで近寄らせて、こう囁く。
「ねえ、亮。わたしのものになってよ」
「や……やだ」
ガタン、と扉が大きく開かれる。
亮が振り向くと、そこには咲良先輩が立っていた。
「……来たわね。泥棒猫」
ミチルが吐き捨てるようにいうと、咲良先輩は何事もなく、涼しい顔でこう語る。
「私も完全に騙されていたわ。あなたの正体……」
「しょ、正体って?どういうことですか?咲良先輩」
「彼女は、サークル「カオリ」の副代表よ」
「え?」
亮は顔をミチルの方へと振り向くと、彼女は「ち」と舌打ちをする。
ミチルが舌打ちするなんて、他の男子生徒が見たら、彼女に抱いているイメージが幻滅する。ミチルは天使で素直ないい子の面が崩れていく。
「まあ、見破ったところで、何?」
ミチルはイラついたように言葉を上げる。
「亮を私たちに返しなさい」
「それはこっちのセリフよ。泥棒猫」
ミチルはきっと目を張り上げて言う。
「わたしの計画はね、亮を育成して、徐々に成長したら、サークル「カオリ」に加入するように育成していたの。そこで、まさか泥棒猫に横取りされるなんて、最悪だよ」
ミチルの計画に亮は戦慄を覚える。
まさか、彼女は自分を他のサークルを招く計画を立てたなんて、思わなかった。
それもサークル「エターナル」と対立しているサークル。サークル「カオリ」所属しているだなんて、予想をしていなかった。
「ねえ、咲良先輩。西園寺亮をわたしにくれないかな?」
「いやよ。私が見つけた人材よ。あなたの都合なんて知らないわ」
ミチルの提案に、咲良先輩はキッパリと断った。
「えー。わたしが先に彼の能力を見出した人なんだよ?」
「サークルに誘わなかったあなたが悪いわ。なんと言いようが、彼は私たちのものよ」
語弊が生むような言い方をするが、それは気のせいだろうか?
「えー。わたしの方が亮の能力をもっと引き伸ばせるよ」
「それは嘘ね。私たちには神絵師がいるわ。彼なら亮の能力を引き伸ばすことができる」
両者とも目から火花がぶっつかり合うように、バチバチと、火花が走らせた。
これはまずい、と亮はそう考えている。
「じゃあ、こうしよう」
先に口を開いたのはミチルの方だった。
「亮の新刊何冊『トラ祭り』に販売する予定?」
「500冊よ」
「なら、その500冊、それを「トラ祭り」で完売しなかったら、亮は私たちサークル「カオリ」に移動するのはどう?」
「ちょっと、どう言う意味?」
「あれ?わからないの?咲良先輩は言ったじゃない。神絵師がいて、その人が亮の才能を引き伸ばせるって」
ミチルは咲良先輩を侮辱するように鼻で笑う。
「ひょっとすると……」
「そう。才能を引き伸ばしている神絵師さんなら、亮の同人誌も完売できるはずよ?」
ミチルはまたも鼻で笑い、咲良先輩を上眼使いで見る。
咲良先輩は沈黙し、苦虫を噛み潰すような、苦しい顔を浮かべる。
それは、宣戦布告であった。
……お前のサークルは素人で500冊を完売できる能力を身につけられるのか?
など、宣言しているようでもあった。
その数は異常だ。素人が作った枚数でもかなり多めの数だ。
会場予想は3000人と公式で言われている。その6分の1のお客さんが見知らない素人の本を購入するなど、普通で考えたらあり得ないのだ。
咲良先輩はそのことは理解できているはずだ。
彼女は一瞬、深呼吸をする。スーハー。
そして、大きく目を開くと、彼女に宣言する。
「いいわ。その提案を受けましょう」
と、潔く、その提案を飲む。
彼女は堂々とミチルの前に立ち、宣言する。
「亮の新刊500冊を完売させて見せるわ」
「いいね。その顔!」
ミチルは楽しげにそう回答すると、ニヤリと笑う。
またも、二人の目先からバチバチと、火花が散っていた。
亮は自分が蚊帳の外にいることに気づき、彼女たちに尋ねる。
「ねえ二人とも、僕が意見はないの」
「「ない」」
二人が合わせるように声を上げると、トホホ、と亮は涙目で返していた。
どうやら、自分の意思はそこにはない。その戦いはもう決定事項であった。
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