第22話 トランク箱


「はっ!?」

亮は目を大きく見開き、意識を戻す。

目を見渡すと、もう暗闇の中で二人の姿はもういなかった。

ベッドから起き上がり、机には何か置いてある。メモだ。


『私たちは先に帰えります。体をお大事に』


 と、丁寧に書かれている。

 咲良先輩とミチルはもうすでに帰ったのだとすぐにわかった。

 壁にかけている時計を見ると、そこは午後10時を回っていた。かなりの時間、意識を失っていたことがわかった。

「よし!絵を再開しよう!」

 亮は一人で気合を入れながら、パソコンの前に再び座る。

 そして作業を再開する。

 残りの枚数は7枚。時間の猶予はない。あと2日しかない。

 明日も学校を行かずに……失神したことを理由……、ぶっ通しに作業をするのだ。

 ギュルと、腹の虫が鳴った。

 夕飯を食べていなかったことを思い出す。


「……その前にご飯、作らないとな」


 あのマグマを夕飯にカウントするわけにも行かない。(一口しか食べていない)

 腹が減っては戦ができない、まさにそのことだ。

 亮は何か作ろうと、立ち上がり、大所へと向かったのだ。

 


 木曜日の午後。亮と咲良先輩はとある場所へとやって来た。秋葉原の例のファミレス店だ。前回と同じファミレスだった。

 もう既にサークル会議場所になっていた。

 保護者の管理がなく、高校生二人が制服のまま秋葉原に来るのは多少危なっかしい。が、先客がその保護者役に担っていた。

 亮たちがその保護者役のところに行くと、彼はきらりとサングラスを光らせ。二人を歓迎する。


「やあ、二人とも」

「クラウスさん。こんにちは」

「来たわよ」

「まあ、座れ。絵を見ようじゃないか」


 クラウスは楽しみに笑うと亮たちに座らせる。

 席は先週と同じだった。窓際には咲良先輩、通路席に亮。亮の向かい席はクラウスだった。

 今回、サボテンの姿はいない。彼女は別で重要な役割を持っているため、不参加だ。

この3人でサークル会を行うのだ。


「じゃあ、始めようか、絵を見せてもらうか」

「はい」


 亮は少しトーンの落ちた声で回答した。

そして、自分のノートパソコンを取り出し、電源をいれる。そして自分が描いた10枚の絵を彼に見せた。

 それは努力の結晶の作品。眠り時間を削り、お休みを取ってまで、作業に没頭し、創作したものだ。

 実に言うと、今日はギリギリまでに作業していた。

ズル休みを三日間使用し、家で作業を没頭して、描きあげた。出来上がったのは、今日の17時まで作業していたのだ。

作業が終われば、そのままノートパソコンに保存して、秋葉原まで走って来た。

集合時間を間に合わせるために、咲良先輩はタクシーを利用した。


「絵は全部で10枚です」


亮は緊張した様子でパソコンを操作する。作業用フォルダーを開くと10枚の画像ファイルが並んでいた。

 全ての絵は『魔法少女アイリ』のメインキャラクター『アイリ』が主役になっていた。

 順番の構図は、普通に立つ構図。魔法少女ステッキを振る構図。可愛らしくステッキをポーズする構図。かわいく体操座りの構図。フルスイングの構図。ステッキでおまじないの構図。片足をあげて可愛くポーズする構図。魔法陣を詠唱する構図。水着で泳いでいる構図。魔法光線を放つ構図。

 全部で10種類の絵を描き上げた。

 どれも手を抜かずに描いたものだ。模作の絵も含めて自分の色彩に染め上げた。


「……ほー」


 絵を一つ一つ見ると、クラウスは「うむ」と声を捻った。

 向かい側に座っている亮はぐっと拳を強く握りしめる。

冷房が効いているのに、汗が一滴、額から流れる。

亮はぐっと緊張を押し隠し、目の前の審判を見る。

クラウスの反応を伺いながら、祈る。

……どうか、この絵で合格をお願いします。

亮は祈るように、拳を強く握り締めた。

クラウスが絵を変えるたびに、ますますと緊張がと跳ね上がり、いても立っていられなかった。

……落ち着かない!

咲良先輩は亮の反応を見ると、励ましの言葉を送る。


「大丈夫。自分を信じなさい」

「は……はい」


 亮はうなずき、落ち着きを取り戻すと視線を目の前の審査員へと向ける。

落ち着け、落ち着け、と亮は自分に言い聞かせた。

 すると、クラウスは「ふむ」と声を上げると、ノートパソコンの蓋を閉じた。

 どうやら全ての絵の審査が終わったようだ。

 亮はゴクリと唾を飲んでから、恐る恐ると口を開く。


「どうですか?これでいけますか?」

 クラウスはニッと笑みを浮かべると、こう判断する。

「……まあまあだな。初心者にしてはうまい分類だ。これならいけるな」

「やった……!」


 心の中でガッツポーズをとりながら、緊張感から解放される。

 緊張感が抜けるように体全体をうっとりする。

長い戦いの終止符を打てたのが快感だった。

そんなだらけている亮に笑い、クラウスは絵のことを指摘する。


「まあ、100点満点60点だけど、新人にとっては悪くない点数だ。まだまだ技量が足りない。構図で似ているものもあるけど、うまい具合に描けている。まあ、目のいい人からすれば同じ絵にも見られる。これは構図の描き方を練習するのだな」

「は、はい。ご教示ありがとうございます」

「後、模作する案を出したのは、咲良先生からだろ?よくやった。時間がない時はその技を使うのもありだ。でも、俺以外の絵で模作するなよ?問題になるから」

「そんなことわかっているわよ。どうにも、この子が無能だからこうして模作という技を使わなければならないのよ」


 クラウスはからからと面白おかしく笑うと、咲良先輩は模作について苛立っていた。

 実際に、模作元はクラウスの絵だ。身内の模作はあまり問題ないが、出来ればやりたくないものだ。

 今回は異常事態というわけで使用した秘策。今後にはないことを祈ると、亮はそう思う。


「じゃあ、これで印刷会社に送るぞ。1000冊で各会場500冊販売することにしよう。この絵をサボテンのメールに送れ。そのあとはサボテンがうまくやりとりしてやるから、本番まで待機だな。まあ、一週間後のイベントだ。気楽で行こう」


 クラウスの指示に従い、亮は再びバソコンを開くと、サボテンへメールを送る。

「印刷会社への連絡をお願いします」、とメール文に記載した。

 すると、サボテンからは「合点承知!」という短い文字とかわいい絵文字が返ってきた。

 どうやら、彼女もパソコンの前に張り付いて、作業をしているらしい。次の工程、本を出来上がる工程はサボテンが担当しているものだ。

 それは、絵を本の形式にしてから印刷会社に連絡する。一週間後で会場に納品するスケジュール調整をする。

 ……とは言え、印刷会社さんの締め切りはもうすでに経っている。今回を印刷する限り、割り増し額が発生する。一週間に1000冊を刷るなんて、印刷会社からすれば大迷惑な話だ。


「でも、各会場500冊は多い気がしますが」

「何言っているんだ。お前は自分の力を信じろ。お前が描いた作品は絶対に売れるさ。それも全部売り切るはずだ。俺が太鼓判を押すから、気にするな」


 亮が少し弱気になったところで、クラウスは大笑いし、勇気を与えた。

 彼が絶対に売れる、といえば絶対に売れるのだろう。

 なぜならば、クラウスは神絵師だ。売れる絵は売れると断言できる。と、亮は彼の発言に感動していると、クラウスは話を変える。


「難しい話は後だ。じゃあ、雑談に入ろうか。最近、学園ではどうだ。亮」

「えっと、いつも通りですね」

「いつも通りって……それ回答になっていないぞ」

「すみません。何を話せばいいのかわからなくて」

「友人から話せばいいだろ。今日友人と何話したか……」

「友人って……あ」


 亮は喉を詰まらせる。

 唯一の友人、ミチルについて思い出す。

 彼女は学校での唯一の友達、同じ部活で活動している、優しい女の子。

 亮が仮病で学園休んだ時に、彼女は亮が仮病だと知らずに、お見舞いに来てくれた。色々と良くしてくれた友達だ。

 そんな彼女に、亮は罪悪感を抱いている。

 芸術をやめて、この同人活動をやっていることについて。


「僕には大切な友達がいます。彼女の名前はミチルです」

「ほう、女子か」

「はい」


 亮がそう答えると、クラウスは「続けろ」と言うように手を差し伸べる合図をする。


「けど、僕は彼女に嘘をついています。芸術をやめて、二次創作していることを隠しているのです」

「それで?」

「明日……僕は彼女に本当のことを言うと思います。僕は、芸術を辞めたと。部活も辞める予定です」


 亮は少し苦しげな様子で告白する。

 自分の大切な友達に、裏切ることはできない。嘘もつきたくも無い。

 だから、亮はこうも、二次創作活動をしているにも、ミチルに隠していることに罪悪感を抱いている。

 本当なら、彼女に事実を伝え、同人活動のことを説明して、部活を退部する。

 だが、勇気がない亮はそんなことを話せなくて、臆病で、嘘を重ねることしかできなかった。

これ以上は嘘を重ねたくはない。けど、嫌われたくもない。

 このまま隠し通すのは、自分に嘘をつくようで、嫌だった。


「俺が思うにはな、亮」


 クラウスは飲み物のグラスを置くと、サングラスの下から目線を送り出す。そして真剣な言葉を告げようとする。


「はい」

「芸術、辞めなくていいと思うぞ」

「え?」

「お前は芸術に囚われ過ぎるんだよ。芸術を創作するのが芸術家だけでもないだろ?芸術を無理に創作しなくていい。まあ、気が乗ったらやる程度でいいさ」

「……あ」


 その言葉に亮はポカーンと開いた口を閉じなかった。

 父の助言を思い出す……

 

 デュシャンという芸術家のことを語ろう。

 彼は1923年に芸術家を引退し、チェスの選手となった。だが、彼は芸術作品を創作し続けた。1941年に「トランク箱」という、レプリカを創作していた。

 なら、そんな芸術家が引退したデュシャンが芸術を創作していることは許されるか?

 答えはイエスだ。


 ……確かに、クラウスの言う通りだ。

 芸術を創作するのが芸術家だけではないのは確かだ。

 自分が芸術家を辞めたとしても、芸術を創作できる。


「二次創作の同人活動をしながら、気が向いたら芸術を創作する。芸術は苦しむために創作するものじゃない。部活を辞めなくていいんじゃねえの?気が乗らなかったら、ただただ、デッサンしてもいいだろ?」

「そ、そうですね」


 亮はそう答えながら、振り替えてみる。

 自分は苦痛と戦いながら、芸術を創作していた。それは審査員の目を叶うように必死に芸術を考え。血と涙を引き換えに、創作していた。

 だが、それは芸術の意味を見失っていた。

 

『芸術はコミュニケーションのツールの一つだ』


「サークル代表も、たまにはいいことを言うわね」

「ははは!俺は美大生だぜ?芸術の意味はもちろん知っているさ!」

「……いつも、授業サボっているのを威張っているのに?」

「こまけえことはいいんだよ!」


 と、クラウスは話を台無しにした。

 そのあと、クラウスの奢りだった。

 新刊の完成祝いというわけで、ガンガン注文をするように煽る。

 しかし、小腹である亮はそれほど食べることはなかった。

 ピザ一枚ということで腹が一杯だ。

 だが、今日という日は楽しい一日だった。

 そこで、亮は覚悟を決める。


『ミチルに嘘をつかない』


 そう決めたら、亮は明日ミチルに事実をいようとする。

 明日の放課後にて、彼女に包み隠さずに伝えようとする。

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