第9話 サークル エターナル
「じゃあ、今日もわがサークル、『エターナル』新刊の完売を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
クラウスの乾杯に、サークルのメンバーも同じくソフトドリンクのグラスを持ち、乾杯し始める。
そして、食事を始めるサークルメンバーたちだ。
場所は東京ビックサイトから移動して、秋葉原のある一角のバー。祝福会を開催していた。机には焼き鳥、チキンライス、からあげ、フレンチフライ、軽食が机の上に展開している。
メンバーは自由にその食事をとりながら雑談を繰り広げていた。
亮はこの空気にはなれず、おろおろしながらサークルのメンバーの顔を交互に見る。
隠キャの亮は物事を馴染めずに、一人でお茶を飲んでいた。
ここにいるメンバーは咲良先輩を除けば、初対面だ。
イベントが終わり、帰れると思いきやクラウスから首根っこを捕まられて、「打ち上げ行くぞ!」など、ここへ連れてこられたのだ。
そんな名も知らない打ち上げに心配していると、招待した本人が亮へ声をかけて来た。
「おい。新人、こっちだ!こっち!」
手を上げてこちらに招くクラウス。店の一角の奥にある4人席の向かい合わせ席だ。
その席には咲良先輩が座っていた。向かい席で座っていたのだ。テーブルには軽食の数々が置いている。
亮は手にお茶を取ったまま、よろよろと彼らの元へと歩き、咲良先輩の隣に腰を掛けた。
「いやー!今日はマジで助かったよ!咲良先生は何もしてくれないから、いつも売り子のサボテンちゃんに仕事を押し付けているんだ」
「わたし、箸より重いものは持たない主義なの」
「ほらな?こんな最低ぶりなんだぜ?咲良先生は」
にひひひ、と白歯を剥き出して、笑うクラウス。
咲良先輩は「失礼な人ね」など、とふんと、黒い長い髪をほどくと、ふんと鼻を鳴らす。
美貌が台無しだ。大和なでしこな咲良先輩が反感を買うような態度をするのはどこか残念な気がした。
だが、亮からすれば彼女の態度が新鮮だった。
高校の中では、咲良先輩が楽しそうにしている話や噂は聞いたことがなかったのだ。
彼女は海内奇士で、欠点は見たことがない。
こんな子供のように怒りを上げる態度を見ると、この人も人間なんだな、と亮は心の中で納得する。
「それにしても、咲良先生とはどんな関係だ?こいつが知り合いを連れてくるなんて、考えられないな」
「へえ。わたしのこと、友達がいない可哀想な人間だと見ていたんだ」
「事実じゃないか。君は他のサークルを次々とクラッシュしている。サークルクラッシャーじゃないか!」
「あれは、あのサークルが弱すぎただけよ。わたしが書いた脚本に文句を言うのよ?それは滅びても当然じゃない。無能のくせに」
二人は口論を張り合うようになると、亮は彼らの関係を疑った。
クラウスの方が年上に見れるが、まさか、この二人は付き合っているのではないかと、自然にそう考えてしまう。
だが、その考えは間違いだという風に、咲良先輩は「あなたとは永遠に付き合わないわ」など、吐き捨てるように口を滑らせたのだった。
うむ、人間関係は難しいものだなーと、亮はそう考えた。
「ああ、話が脱線してしまったね。それで、君たちの関係は?」
「えっと。咲良先輩と同じ高校の後輩です」
「いや、後輩というのは知ったけど、それよりの関係はないの?」
クラウスは興味津々で顔を寄せるように近づくと、亮は首をかしげる。
自分はどうして、咲良先輩とともに行動したのだっけ?どうして、この場にいるのか、思い出してみる。
確か、自分は問答無用に東京ビックサイトに来るように言われてきた、じゃないと、何か大切なものを返せない。
あ、と亮は思い出したかのように大切なものを口にする。
「あ!スケッチブック!そうだ、僕は咲良先輩にスケッチブックを返してもらっていない!」
「チッ」
「今舌打ちしませんでした!?」
亮の突っ込みに対して、何も動揺せずに、咲良先輩はカバンの中からスケッチブックを取り出す。
そのまま亮に返すものか、と思いきや。
「あら、手が滑ったー」
と、わざとらしく、向かい側席に座っているクラウスに亮のスケッチブックを投げ出した。
クラウスはあるがままにスケッチブックを受け取る。
「ん?これはなんだね?」
「かわいい後輩の落書き集よ。すごいわよ?」
「あ、ああ!」
と、亮は取り乱して、そのスケッチブックを取り返そうとするが、隣にいる咲良先輩に止められる。彼女は亮の足を踏み、亮が立てなくなったのだ。
そんなことを知らずにページをめくるクラウス。
すると、亮は焦り始める。自分の黒歴史が開いてに見せられる!
自分が隠れて一人で描いたものが他人にばれてしまう!と暴れ出した。
が、クラウスから反応は思った以上には違っていた。
「なんだ!すごいじゃないか!何年練習したんだ」
「え」
素っ頓狂な顔になり、暴れ出すのをやめて、亮は目をぱちぱちと見開く。
褒められたのか?など、と愕然する。
そして、クラウスは目を細めて次々とスケッチブックを捲る。
「線の描き方が繊細だ。細かく線を描いているね。練り消しの後もあるし、練り消しで何回も消して、描いたのだろ?それに、この『魔法少女のアイラ』の衣装、アニメの最終話に登場したやつ。お! ポーズと構図を変えて描くなんて、やるな、新人!」
クラウスは熱弁すると、亮は嬉しく感じる。
生まれて初めて、絵について褒められた。十年間絵画を創作していたが、ここまで褒められてうれしく感じるのは初めてだ。
いままでは自分勝手に創作し、コンクールに応募していたのだけど、褒められることには慣れている自分だけど、偉大な神絵師が、本心から褒めているのが、すごく嬉しかった。
亮は元通りに椅子に腰を掛けて、嬉しさをぐっとこらえ。
「わ、わかるのですか?」
「神絵師だから、わかるさ!」
なははと大きな声で笑いだして、自慢をする。
……神絵師。
その言葉を聞くと、亮は戦慄を覚える。
今日のでき事。2千冊を完売させた実力者のこと。
さすがにないと思ったできことが、2時間で完売する。絵が綺麗だけではなく、根強いファンもいるからこそ実装できた。
「神絵師。それは神のように作品を創作する絵師のことよ」
「それって、どう言う基準ですか?」
「そうね。ざっくり言えば同人即売会ではシャッターというところに配置設置されたり、開幕で同人誌が完売されること。知名度が高く、崇拝される絵師のこと」
「すごい。さすが、クラウスさん」
亮は向かい側に座っているクラウスに憧れの眼差しを送る。すると、からからとクラウスは自信満々で笑い出す。
「大したものじゃねえぜ。絵を描いて、毎日S N Sに投稿すればいいぜ」
「そんなわけないでしょ。あなたは流行を調べて、それに合わせて絵描いて、人の心に刺さるから神絵師になれたのでしょ?」
「そうか? 俺は当たり前のことをやっただけだぜ?」
苦でもない様子で首を傾げるクラウス。
まるで当たり前のことをやり遂げただけだ。
これこそ努力の才能の一つ。クラウスからすれば、毎日ネットの流行を調査し、人の心を刺す絵を考えてから描いて、ネットに投稿する。それらの努力クラウスからすればでも何でもない。
ただ、それらを当たり前だとやっていただけだ。
亮は彼の行動に戦慄を覚える。
『神絵師』と呼ばれるのは伊達ではない。
そんなことを考えていると、クラウスは少し離れているサボテンに声をかける。
「おい!サボテン、こっち来い!」
「なあに、お兄ちゃん?」
彼女はオレンジジュースが入ったコップと共にてくてくと歩いてくると、クラウスの隣に座った。
……この二人の関係は兄妹だったのか
即売会ではなにもそういう素振りを見せていなかったから、売り子の助っ人だとずっと思っていた。
「見てみろ」と、クラウスが亮のスケッチブックを渡すと、彼女は口を大きく開いた。そして、ぱっとしてキラキラした目つきで、隣にいるクラウスに向ける。
「すごい!これ誰が描いたの!?お兄ちゃんじゃないよね」
「これはなあ。新人の絵なんだ」
「新人さんが描いたの!?すごーい!」
と、彼女はそのキラキラした目を亮の方へと向ける。
そのキラキラとした目に亮は思わず、赤面作りながら俯いた。
照れ隠しだ。正直誉められることにはまだ慣れていない。特に、遊び半分で描いた落書きの絵に対して。
「君、何年絵を描いているの?」
「厳密に言うと二か月です。4月から二次創作の絵を描きました」
「すごーい!わたし、3年描いてもここまで上達しないよー」
サボテンは取り乱して、亮の方へ顔を近づける。
純粋のキラキラとした瞳が眩し過ぎて、亮は汗だくになり、彼女から逃げようと顔を引っ張る。
自分の特徴、陰キャ属性を披露してしまったのだ。
「そこまでにしておけ、サボテン。見ろ、彼が怖がっているぞ」
「ああ、ごめんなさい」
クラウスの忠告で、サボテンは顔を引っ込める。
亮はほっとし、正しい体勢に戻る。
そんなやりとりの中、咲良先輩は口を開く。
「言ったでしょ?この子、素晴らしい才能を持っているって」
「なるほどね。咲良先生が気になるのが分かる気がする。こいつは傑作だ」
「ええ。だから、他人に奪える前にこっちに引っ張ってきた方がいいと思って」
「おい。それは、そういう意味なのか?」
咲良先輩の真剣な顔で告げると、クラウスは怪訝な声を上げる。
亮は彼女たちの会話している意味がよくわからなかった。
横でお茶を飲みながら、二人の会話の行く末を見守る。
だが、それは自分のことであるとすぐにわかった。
「ねえ。この子。このサークルに使えない?」
「……それはもちろんいいが。お前の意見だよな?新人の意見は?今日見た感じ左も右も知らないやつじゃないか。この業界を知っているとは思えないだけど?」
「ええ。そうよ。彼はこの業界について何も知らないわ。私が無理やり連れてきたのだから。これから了承を得るのよ」
「ひでえな、おい!」
クラウスは頭を掻きむしりながら、やれやれと声を上げた。
一瞬むしゃくしゃの態度を取るが、すぐに冷静さを取り戻し、亮の方を見る。
そのサングラスの下には、真っ直ぐな視線を送ってきていた。これから、真剣の話になるのだと、亮は心構えをした。
「新人。いや、亮といったな。お前に頼みがある」
「……な、なんでしょうか?」
「俺たちのサークルに入らないか絵師として」
その誘いに亮は目を大きく開く。
絵描きとしてサークルに入る?それはこの薄い本を描くのか?
一瞬意味を理解できなかった。それはどう言う意味なのか。いや、意味は理解できていたが、すごい人から勧誘されたのが、驚きだった。
(……僕はただ、落書きをしていただけ)
心の中でそう呟く。自分がすごいことをやっていない。
遊び半分で落書きしただけ。色塗りもしていない、鉛筆一本で描いた絵だ。
途中で投げ出し、描かなくなった。未完成な部分もあるし、才能があるとは言い難い。
「お前は才能もある。経験は浅いが、絵師としては一流だ。誰もが出来るものじゃない。この絵を描くにも、一種の目と腕が必要だ。凡人にはできない。いや、お前にしかできないものだ」
「ま、待ってください。これはただの落書きです。そんなにほめられるほどでもありません。それに僕は漫画を描いたことがありません。同人誌を描くことは出来ないと思います」
「同人誌を漫画だけじゃないぜ? イラスト集もある。お前ピッタリの方法だな」
……知らなかったら。てっきり、同人誌は漫画だけだと勘違いしていた。
と、亮は唖然していると、クラウスは口を開く。
「漫画が描きたかったら、俺が教えるよ。俺は『神絵師』だ。そこら辺は安心していい」
クラウスは胸を張って言う。それを見たら誰でも安心出来るような態度。
さすがはサークル代表。面倒見がよく、心が広い。自分がもっている能力を惜しまずに人に教える。
芸術の業界では、厳しい社会。
芸術家が弟子を出迎えるのは、易々に行わない。才能、努力、運、この三つに左右されることが多い。師匠が弟子を受け入れるのに、才能で判断基準する者もいれば、努力で判断基準をする者もいる。そして、何よりも絡まってくれるのが「運」だ。師匠の気まぐれで、弟子入りすることもある。
そう考えると、今の状況も運に近い。
クラウスがこう言う弟子入りの話をもってくるのは正直驚いた。
「それぐらい。お前の能力を買っているんだよ。落書きの絵でも、人の心を動かす力はあるんだ。そうだろ?サボテン」
「うん! 亮さんの絵はすごいよ!他の絵もすごいよ! これ! 最近アニメになった作品だよね? 第三話を再現したシーンだよね? ヒロインが主人公を告白するシーンけど、先生に呼ばれて告白できなかったシーンだね! すごく、インパクトがあるよ!」
サボテンはパラパラとスケッチブックを捲りながら褒め称える。
そして、あるページに停めると、彼女はそのページを広げ、みんなが見る。
今期放送している学園物アニメ、『あの日の約束』。ライトノベルを原作にして放送している青春アニメだ。
主人公とヒロインは両想い。だけど、すれ違いばかり発生する物語。視聴者は毎週ハラハラドキドキさせる、物語の展開が素晴らしく恋愛ものだった。
今期ではダークホースと呼ばれている作品だ。
だけど、こうして広げられると、なんか照れ臭く感じる。
と、亮はまたも頷いた。
「あら、嬉しいことをしてくれるわね。その作画を描いてくれるなんて」
「咲良先輩?」
「その小説。わたしが執筆したものよ」
「えええええええええ!?」
咲良先輩が涼しい顔で自慢すると、亮は絶句をあげる。
あの名作の原作者がこんな身近にいるなんて。知らなかった。
「本当だぜ? こいつは、あの『咲良先生』のライトノベル作家なんだよ」
「だから、みなさんは『咲良先生』と呼んでいるのですね」
一つの謎が解決した。
なぜか、『咲良先輩』のことを『咲良先生』と呼んでいるか。
それは彼女が本当に『先生』であるからだ。
咲良先輩はかなり才能がある噂は聞いているが、まさか、本当に作家だったとは思いも知れなかった。
と、亮があけらかんで口を開いていると、咲良先輩は物嬉しそうに腕を組みながら、武勇伝を語る。
「ふふふ。アニメ化で印税が貰えてうれしいわ。アニメを放送した所為で、原作のほうもばりばりと繁盛しているわ。金が入ってきて、気持ちよくてたまらない。最高に入って奴だね」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 汚い話は聞きたくなーい! あんな素晴らしい作品がこんな汚い人が創作したなんて! 知りたくなかった!」
サボテンはエンエンと泣きながら耳を塞ぎ、顔を左右に振る。
綺麗な物語に汚い裏話がある。それを聞くのは誰でも好むものじゃない。あの作品は素晴らしいのは本当だ。青春物語を完全に描写されている。
そんな輝いていた青春物語を大人の事情という汚い物語が絡んでいるのは痛ましいことだ。
しかし、この世の中資本主義で構成されている限り、汚い大人の事情、金銭から逃れる事はできないのだ。実際、亮が描いた絵画でさえも、受賞は出来なくても、販売するといい値段になっていた。
「あれ?何を話してたんだっけ? そうだ。お前の歓迎だな。どうだ?俺たちのサークルに入らないか?」
サボテンが泣いているそばに、クラウスはくりっとサングラスを持ち上げて、勧誘をする。
そのサングラスの下には、軽い言葉とは裏腹に真剣の眼差しだ。彼の本気が伝わってくる。
亮はその視線を受けて、1日の出来ことを振り返る。
即売会というイベントは本当に楽しかった。クラウスの同人誌を通して、客に届ける。客たちは同人誌を受けると嬉しそうになっていく。
それは見れば、自分自身も嬉しく思った。
だが、それはクラウスの作品で合って、今度は自分の作品を届けたいと思える。
次は自分の手で同人誌を創作して、自らの手で客に満足させる。
……そんな楽しいイベントに、自分は参加していいのか?
亮は大きく深呼吸してから、考えてから答えを導き出す。
「僕は……」
そして、その答えを自らの口で勧誘へ答えた。
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