第10話 ナームのカバヤキ

「で、僕が呼ばれたという訳ね。まだ一日もたってないけれど流石に早すぎない?」

「だって相談できそうな相手が他にいなかったから」

 例の真石に呼び掛ければすぐにファルチェが飛んできたので、内心めちゃくちゃビビった。転送は基本、オーブが設置された街同士でしか使えないはずだが一部の者たちは何らかの方法で移動可能と噂で聞いたことがある。この石がそうなのだろう。もしかしなくてもとても貴重な代物ではないのかと思ったが気にしないことにした。

 ファルチェを頼ると見返りを要求をされるに違いないと思ったが、事情が事情だけにそうも言ってられない。何しろ池に放った雷撃で沼の主と思わしき者を倒してしまったのだ。なんとなくマズイ気がするが正直、駆け出しの身では、何がマズイのかが分からない。知らず知らずの内に法律を破って捕まってしまい、実家に連絡されることだけは絶対避けねばならない。ゆえに専門家に頼るのが一番であった。

「まぁちょうど暇だったし、君に頼られて悪い気はしないからいいけれどね。しっかし、これまたお目にかかったことのないレアモンスターだな。文献で読んだだけだけど、この頭部の形や体の模様、尻尾の形状からしてナームだと思うよ」

 ファルチェは池に浮かぶ沼の主に飛び乗ると、頭から尾部までふむふむとうなずきながら歩いた。

「ナーム?」

「そう、ナーム。ドラゴン属の一種。その昔、とある村の井戸に住み着いて、家畜を貪り食らったり毒を吐いて人を襲ったりしたため、最終的に毒入りパイで退治したとその文献には書かれていたな。好物はウサギ、馬、迷子の子供」

「最後のが聞き捨てならないけれど、つまり人喰いってこと?」

「そういうこと。ちなみにまだ生きているよ」

「マジで?」

 よく見れば巨体の周りに静かに波紋がたち、息をしているのが分かる。あの雷攻撃で死んでいないとはさすがドラゴンだ。

「問題なさそうで安心した……じゃなくて、そんな危険なモンスターならトドメを刺した方がいいかな。目が覚めた時に怒って集落に向かわれると困るし」

「そうもいかないんだ。大型モンスターは生態系の頂点にたっていることが多いから、倒してしまったばかりにその地域一帯の生態バランスが崩れてしまうことがあるのさ。オオカミがいなくなったかわりに、シカが増え過ぎた結果、森が荒れてしまったという例えが分かりやすいかな」

「なるほど。生態で思い出したけれど、この周辺にいそうな生物があまり見当たらなかったんだよね」

 ファルチェにここに来るまでの話をすると顎に手をやり、ふーむ、と考える顔をした。

「スライムまでいないのは異様だな。このナームを恐れてみんなどっかにいってしまったみたいだ。本来ここにはいなかったはずのモンスターの可能性もある。ところで、大型モンスター討伐の話だけれど、人命に関わるなら倒しても止むなしという抜け穴があるんだ。目の前で人が襲われているところを無視するなんて人道に反しているからね」

「つまり、俺が危険な目にあっていたからファルチェがやむなく退治したことにすればいい?」

「君ってば話が分かるね。ぶっちゃけ、こんなレアモンスターを解体する機会なんて滅多にないし、どんな味なのかも気になっているんだ。沼で証拠隠滅しやすいのもいい。君も大型モンスターの解体を間近で見てみたくないかい?」

 心の底から見たいかと言われると、そうでもない。中から人骨が出てきたらトラウマになりそうだ。そもそも解体を見たいかと言われ、見たい!と即答する人間がこの世の中にどれだけいるだろうか。だがハンターたるもの、いろんな生き物の体の構造を見ておくべきものかもしれない。でも人喰いモンスターなんだよな、この沼の主。微妙な顔をしてうなずくと、ファルチェは満足げに笑った。

「そうと決まれば話は早い。まずは喉刺して放血だ。本来なら逆さ吊りにしたいところだけれど、この巨体を運ぶのは無理だから諦めよう。ここが沼でよかったよ」

 ファルチェは鎌を背から取り出しナームの喉をかっさばくと、俺の腕ぐらい太くてドクドク脈打つ赤黒い血管を取り出してスパッと切った。失神したナームの体がびくびくと揺れ動き、血管から血が勢いよく噴き出ていく。しばらくナームは体を震わせていたが血の勢いが弱くなるにつれ動きも小さくなり、やがて動かなくなった。赤く染まった沼も、どんどん周りへと血液が拡散されていくにつれ、エメラルドグリーン色に溶け込んでいった。

「次は頭部から尾部にかけてお腹側の皮膚をまっすぐ切って、内臓を取り出していくよ。僕が頭から切っていくから君は肛門付近からお願い。腸管は傷つけると内容物がこぼれて大変だから、深く刃物を入れすぎないように気をつけてね」

 見学するだけのつもりだったのに、まさかの参加型だった。俺の返答を待たずにファルチェは頭部の方へと言ってしまったため、しょうがないやるかと沼に入りナームの尾に沿って肛門を探していれば、それっぽい穴が見つかった。ウロコがない腹側は柔らかく、手持ちのナイフで肛門付近を刺せばスッと内部まで刃がとおった。そのままゆっくり刃を滑らせるとスーッと皮膚が切れていく。ある程度切り開いたところで、皮膚の端と端を持って開いて中をのぞくと、空気を含みぷっくりふくらんだ茶色くて長いものがグネグネ曲がりながら詰まっていた。おそらく腸管だ。死んだばかりだからか、まだ温かくビクビクと動いていて不気味だ。頭に向かって後退りしながら切っていれば、トンと背中に何かが当たった。振り返ればファルチェがヨシヨシとうなずいていた。まだこっちは尾から十分の一も切っていないというのに、頭からここまで切り終わっている。早い。

「じゃあ内臓を取り出していくから、ぐっと開いてそのまま抑えてもらっていい?」

「こういう感じ?」

「そうそう、いい感じ」

 ナームの体を抑えていると、ファルチェは中に手をツッコミズルズルと腸管を取り出した。内臓はガッツリ体に張り付いているものかと思っていたが、簡単にペリペリと剥がれていく。白物は今回はいいやとファルチェが沼へと腸を投げていけば、すぐに小型水生モンスターが集まってきて突つき始めた。強者だろうと死ねは食われるのみ。自然の掟だ。

 内臓を取り出しては沼に投げ入れる地味な作業を繰り返して腰が限界を迎えたころ、内臓がすべて取り出されナームは骨と皮になった。ここまで来ると生を感じられず、ただの物のようだった。

「こうして中身がなくなると、肉っぽく見えるね。焼いたら食べられそう」

「その考えは甘い。世の中、とりあえず焼けば問題ないと思っている輩が多いけれど、そんなことはまったくない。一見焼けているように見えても、中心が生焼けだったばかりに内部に潜んで生き残っていた寄生虫を食べてしまい、血液を介して筋肉に寄生されてしまったりすることもあるよ」

「筋肉に寄生? その後どうなるの?」

「大抵は自然治癒するけれど、筋肉痛になったり呼吸麻痺を起こして死ぬ場合もある。それに百度を超える高温に耐えられる毒素をだす細菌だっている。ヤバいものを食べて下痢や嘔吐で済むなら幸運な方で、失明したり神経疾患を抱えてしまうことだってある。口にするものはいくらでも気をつけるにこしたことはないのさ。それがモンスターならなおさらだ」

 ゾッとしない話だった。安易に焼けば大丈夫だと思っていたが、それがどれほど無知による行為なのか改めて思い知らされた。

「ということで折角だし、焼いて食べてみようか」

「今の話はなんだったのさ!」

「何事も誰かが率先して犠牲になって初めて道が切り開けれるものさ。それに文献でもナームは適切な処理をすれば美味と書かれていたし、なんと言っても僕は国家帰属の専門家だ。安心したまえ」

 何も安心できない。疑いの目でじっと見るがファルチェはお構いなしに、食べる準備を始めた。

「ぬめりが強いし脂がのっているから素焼きにしてタレを絡めて食べるか」

 そう言いながら、網のついた円形の道具をどこからか用意すると沼岸に置いた。本で見たことがある。はるか東の島国で使われるシチリンという代物だ。火を起こしてある程度シチリンが温まると、ファルチェはナームの腹部を切り取り、木の枝を串がわりに刺して網目に乗せた。脂が垂れてバチバチと音が鳴る。ある程度焼け目がついたら、いつの間に手にした壺からタレをつけてひっくり返し再びジリジリ焼いた。

 もくもくと煙がたち、香ばしい香りがあたりを漂っていく。美味しそうだと思ったら、ぐるぐるとお腹が鳴り始めた。そういえば早くクエストを終わらせて宿舎に帰ろうと、村長に用意してもらったご飯を食べずに出かけたため今日はほとんど何も食べていない。すすっとシチリンに近づくとファルチェはにんまり笑った。

「食べるかい?」

「……このナーム、人のこと食べていない? 倫理的に大丈夫?」

「命は循環するものさ。気にしない、気にしない」

 ファルチェはシチリンからナーム焼きを串ごと寄越してきた。鼻腔に広がる匂いが食欲を刺激し、唾液が込み上げる。食欲が倫理に打ち勝った。一口齧るとじゅわりと脂が口の中に広がった。

「うわ、めっちゃ美味しい」

「そうでしょう? 僕特製の秘伝タレを絡めて焼いたんだ。確かカバヤキという料理名だったかな」

「ナームからにじみ出る脂とこのしょっぱいタレがいい感じに合わさって食べた瞬間、ブワッと味や香りが広がるのすごく好き」

「そうでしょう、そうでしょう」

 二人でカバヤキを存分に堪能したのち、ファルチェが使い魔で送ったもの以外はナームの体はいつの間に小型モンスターにすべて食われていた。

 片付けが終わり何事もなかったかのように沼が静けさを取り戻したころには日が沈み、沼の湖面に夕日が静かに輝いていた。

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