第7話 民法897条

「‐死‐」とは、どういう意味なのだろうか?


 日本では、[遺体] [遺骨]の所有権は、 民法897条でも触れられていない。

つまり、[所有権] について定めた民法上の規定は存在しないのだ。


 日本の裁判では、度々、争われる事となる。現在、最も有力なのは「祖先の祭祀さいしを主宰する者」に [所有権] があるという考え方だ。


 死んだあとですら、 [所有権] が争われる現代である。


 遠いむかしは、身体には『魂魄こんぱく』が存在すると考えらていた時代。

死後に『魂』は天へ昇り、『魄』は地へと還ると信じられてきた。


 また、ドイツの哲学者ヘーゲルの言葉は、人々のうれいを現したとされる。

「人は死んで『市民社会ゲマインデ』の子となる」と。

彼自身は、コレラによって亡くなったが、その哲学論を弟子たちが受け継いだ。

『魄』が人々の精神こころに残ったという事だろうか?


 日本では、死を前にした 侍が、[辞世の句] を詠んだとされる。

これも『魄』を人々の精神こころに残す方法であった。


 だが、現代はどうだろうか?


「‐死‐」が、遠のけば遠のほど、「死後の世界の否定」が主流となってきている。


 莉拝りはいにとっても、そうだった。


 両親は、健在。 衣・食・住で困ることも、ない。

「‐死‐」を覚悟するような病気や事故にも 縁の遠い 人生だった。


―――――そう。


ひとを殺す前までは………………。



 莉拝の家族は、葬儀社で生計を立てていた。

だから、莉拝が次に思い浮かんだことは、贖罪しゃくざいだった。


「そうだ。殺してしまった人の家族に謝らなければ………」


 保身ではなく、自己犠牲の道を選んだ 姿勢 は、称賛されるかもしれない。

どこかに、そんな気持ちが芽生えたようだった。


「また、犠牲者を増やす気か?」 ルトアに嫌気が差す。

「ははっ。やっぱり、殺されちまうかな?」


「当たり前だ。それに、お前はどう見ても、良質な食材だろう。

 そうなれば、ここが [ゾンビ タウン] と化してしまう。

 主は、人類の存続をご希望されているのであって、ゾンビの量産ではない」


 莉拝のエゴを、切り捨てた物言いだった。


「だったら、俺はどうすればいいんだ?」

「お前がすることは、『布教』だ。疫病が流行らぬように [火葬] を広めることだ。

 そして、『薬中』は見つけ次第、殺せ。秩序を乱すだけで、利用価値がない」


 さらりと、「‐死‐」を振りまく、天使。


 莉拝も心咲も、簡単に承服しかねる話だった。

 哺乳類はもちろん、鳥類ですら殺した事が無いふたりだ。


「ならば、奴らが人を殺すところを目の当たりにすることだな。

 恐れこそが、防衛本能を目覚めさせる。

 それが、殺人衝動への引き金トリガーだ」


 莉拝は、地面をにらみ付けた。

 心咲は、そんな莉拝に 自分と同じ答えきょうかんを 期待して見つめた。


「おい、お前ら。水でも飲むか? 非日常から日常へ戻るには、普段から何気なくこなしている行為を繰り返すのが、一番良いと聞く。こちらの世界に来てから、一度も水を飲んでいないだろう」


 ふたりは、目配せをして思い当たった。

 この身体にして、昨日から飲み食いをしていない。その必要がなかったのだ。


 ルトアはふたりの反応を見ると、薄い笑顔を浮かべる。

そして、水筒すいとうを何もない空間から取り出した。


 「「―――ッ?!」」


「な、なんでアンタがそんな物を持ってんだ?!」

「それ。私たちも、持ってます!」


「これは魔法瓶といってな、冷たい物は冷たいまま。温かいものは温かいまま持ち運べる、便利なアイテムだ」


「そんなの知ってるッ!!」 ふたりの言葉がハモった。


「よし。気を取り直したな。

 では、ここから動くとしようか。

 ひと通りこの街を見て、この世界のことを少しは知ってもらいたい」


 ルトアへの疑問が解消されぬままに、誰も住んでいない民家を後にした。



 簡単に人を殺すことはできない。それが、法に触れないと言われても。


 日本では、刑務所にいれて、改心させようとする。

「人は本来、善である」という考えが、童話やアニメを通して刷り込まれた結果。



 いわゆる、『性善説』である。



 莉拝も心咲も、無神論者ではある。

 しかし、根底には『性善説』があった。


これが、次なる『悲劇』をもたらす事となった―――。



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