22.<-MacKinnon->

 


■22.八つの署名 -The Sign of Eight-



「ではっ、次に紹介するのが、新聞記者に悩まされる若い警部さん――”マッキノン警部”――です!」



 ◆◇◆


【7】マッキノン警部<-MacKinnon->


◆『隠居絵具えのぐ師』に登場する。

 なお『隠居絵具師-The Adventure of the Retired Colourman-』は、全五十六作品ある短編のうち五十四番目に発表された”ホームズシリーズ”後期の短編小説であるが、最後の短編集『シャーロック・ホームズの事件簿-The Case-Book of Sherlock Holmes-』の収録順では”最終エピソード”となっている。つまりマッキノン警部は、書籍上では”ホームズシリーズ最後の事件”に登場した警部となる。


◆ワトソン博士は『隠居絵具師』事件にて”マッキノン警部”のことを「スマートな若い警部」と表現している。


◆浮気した妻を”失踪した”と見せかけて殺害した絵具会社の経営者アンバリー氏に、誘導尋問で犯行を自白させた名探偵ホームズだったが、その手際に対して”マッキノン警部”は「われわれ警察が、この事件に関して何の展望も持っておらず、そして犯人を逮捕する事もできなかっただろうとは思わないで下さいよ。われわれ警察が使えない手法でもって、あなたに手柄を横取りされたとあっては、こちらの機嫌が悪くなったとしても気にしないで下さい」と苦言を呈している。

 だが、名探偵ホームズが「そんな横取りはしないよ、マッキノン君。ここから先は手を引くと約束しよう」と述べると、”マッキノン警部”はホッと安堵した様子で「それはどうもご親切に、ホームズさん。世間から褒められようと責められようと、ホームズさんにとっては大した問題じゃないかもしれませんが、われわれ警察はそうもいきませんからね。新聞記者がうるさく嗅ぎ回りますから」と愚痴をこぼしつつ、謝意を述べている。


◆また、名探偵ホームズから事件の真相を解説されると、その推理力に対して”マッキノン警部”は素直に「お見事です」と畏敬の念を込めて述べている。そして、名探偵ホームズから事件の調査結果を全て委ねられると「警察を代表して御礼を申し上げます」と感謝の気持ちを伝えている。


 ◆◇◆



「たしかこの『隠居絵具師』事件って、この若い警部さんが最後に手柄を全部横取りしちゃって、マッキノン警部が絶賛されている新聞をホームズ達が苦笑しながら読むシーンで終わるのよね!」


「あのラストシーン、コミカルでいいですよね。わたし結構好きなんですよっ」

 あいり先輩が愉快そうに笑うと、めぐみが笑顔で応酬する。


「まあ、たしかに俺も小学生の頃に『隠居絵具師』を初めて読んだ時は、この若いマッキノン警部を何となく”お調子者”のイメージで見てたけど……いまは”違ったのかもな”とも思ってる」


「あらっワトスン君、また面白そうなこと言ってるわね!」

「それって、どういう意味ですか?」

 俺の言葉を聞いて、あいり先輩とめぐみが質問してくる。


「この『隠居絵具師』って話は――、普段から”名探偵ホームズ”と比較されて、マスコミに叩かれてしまう”スコットランヤード警官”のツラさが伝わってくる”迷エピソード”じゃないですか。そう考えた時に、マッキノン警部が『地元警察の知性を永遠に実証する例として、犯罪史で語り継がれるに違いない』と絶賛されているこの新聞記事は……マッキノン警部が手柄を横取りしようとしたわけではなく、世間体を気にした”スコットランヤード”がそのように発表するよう指示した可能性もあるのかなって?」


「あははっ、なるほどね、その解釈もおもしろいわ!」

「なんか大人になって、”社会のしがらみ”が分かってくると、その”考察”の説得力が増してくる気がしますぅ……」

 俺の考察を聞いて、あいり先輩が腹を抱えて笑い、めぐみが苦笑する。




 さて、いよいよ次が”八人目の警部”――……あれ?

「なあ、今回は『ウィステリア荘』に登場する”ベインズ警部”は対象外なのか?」


「あっ、さすがワトスン先輩ですね。実は検証した上で――先ほどの”グレゴリー警部”と同様に”ベインズ警部”は対象外にしましたっ」

 俺の質問を聞いためぐみはニパッと微笑むと、ノートをめくりながら答えてくる。



 ベインズ警部<-Baynes->

 『ウィステリア荘』に登場する”サリー州の警察官”だ。

 英国南部サリー州にある”ウィステリア荘”で起きた失踪事件を捜査するなかで、ホームズ達の下宿先を訪問した”グレグスン警部”が連れてきた仲間だ。


 この『ウィステリア荘』事件において、ベインズ警部は――”おとりの犯人を逮捕して、新聞報道を通して真犯人を油断させる”――という、まさに名探偵ホームズがよく使う手法でもって真犯人が動き出すを誘っており、その手腕を知った名探偵ホームズは『君はきっと警察で偉くなるだろう。なにせ君は素晴らしい才能と冴えた直観を持ち合わせている』と手放しで称賛している。警察関係者に対しては”皮肉屋”なところがある名探偵ホームズが、真正面からその腕前を讃えた数少ない警察官なのだ。



「この警部さん、名探偵ホームズが認めた凄腕の田舎警部さんなんですよねっ」

「ああ。名探偵が登場する推理小説において、多くの警察関係者は事件捜査のプロとして”名探偵の引き立て役”を演じさせられる事が多い。だが、この”ベインズ警部”だけは唯一”ホームズシリーズ”において、名探偵ホームズと対等に渡り合った警部だと言えるな」


「あらっ、そんなにスゴい警部さんなのに、今回は対象外なわけ?」

 俺とめぐみが大層褒めるものだから、あいり先輩が不思議そうな声を上げる。いや、そこは俺も気になるんだよな……。



「あっはい、実はこの”ベインズ警部”は、先ほど述べた”グレゴリー警部”と同様に――”スコットランドヤードの警部”――と明記されていない人物なんですっ」

 あいり先輩と俺の視線を受けて、めぐみがノートを見ながら説明を始める。


「まず”グレグスン警部”が同行する”ベインズ警部”を紹介した時、ワトソン博士は――”He shook hands with Holmes and introduced his comrade as Inspector Baynes, of the Surrey Constabulary.”――記述しました。これは直訳すると――”グレグスン警部はホームズと握手すると、仲間である『サリー州の警察官』ベインズ警部を紹介した”――となります。

 ここで問題になるのが『サリー州の警察官-The Surrey Constabulary-』の部分です。

 英国南部にある”サリー州”はロンドン特別区ではないので、普通に翻訳すれば『サリー州にある州警察の警部さん』となります。ところが、当時は”サリー州”の一部も『ロンドン警視庁スコットランドヤード』の管轄区域だったそうなので――『”サリー州警察管区”を担当するスコットランドヤードの警部さん』という解釈も成り立ってしまうんですよっ」


 めぐみの説明を聞いて、俺とあいり先輩が「ほうほう」「なるほどぉ」と頷き返す。


「で、ここからは今回、わたしが調べた内容なんですが――この『-Constabulary-』という英単語は、普通に翻訳すると”警察官”という意味になります――が。実は英語圏においては――”地方警察、州警察”――という意味合いもある事がわかりましたっ。なので”ベインズ警部”に関しては――『”サリー州の州警察-The Surrey Constabulary-”の警部さん』――だと判断して、今回の”スコットランドヤードに関する考察”の対象外としましたっ」


「ふむ。なるほどな、それなら納得だよ」

「いろいろ調べたのね、すごいじゃない! それにしても、こうやって見てみると、たくさんの”スコットランヤードの警部さん”が作中に登場していたのね!」

 あいり先輩と俺が称賛するように拍手を送ると、めぐみが「でへへ」と照れ笑いする。



 そして、めぐみがノートの最後のページをパラリとめくった――。

「では最後に紹介するのが、”ホームズシリーズ”でも一番有名な”スコットランヤードの名物警部”さん――”レストレイド警部”――です!」



   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


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