第6話 電話

 入学式も無事に終わり、大学生活が始まった。

 初めは緊張の連続だったが、学部内に友人もでき、誘われてサークルにも入ると気持ち的にも落ち着いた。拓海も何度か家に来てくれて夕食を一緒にした。どんなことがあったのか話しながら食べる時間はとても楽しい。


 智行くんとは科が違うので、なかなか会えなくなってしまったようだが、一度私の家に集まり、三人で食事をした。

「この本面白そう」

 食後、本棚にある本を手に取ってぱらぱらと見ていた智行くんが琉球王国の本を私に見せた。

「それ小説なんだけど、沖縄の歴史が分かりやすく描かれているの。面白いよ」

「へえ。このあたり全部琉球関係だね。興味あるの?」

「日本なのに本土と違う文化で、なんか惹かれるの。歴史もすごい激動だなって感じたよ。持っていっていいよ」

「ありがとう。読み終わったら連絡する」

「トモ良かったな。趣味の合う友達が出来てさ」

 拓海が智行くんの肩をポンと叩いて微笑む。智行くんは頷くと、また本棚に視線を移して物色し始め、その日は数冊の本を持ち帰っていった。


 数日後、智行くんからメールが来て本を返したいというので、大学の帰りに駅で待ち合わせをした。改札を出ると智行くんは既に来ていて、私に気づくと控えめな笑顔を見せ近づいてきた。

「待たせちゃったかな。ごめんね」

「いや。ついさっき来たところ。花音ちゃん、このあと予定がなかったら飯でも食わない? オレ、家帰っても飯がないから適当にこのへんで食ってるんだ。美味い店を見つけたから」

「ほんと? 行ってみたいな」


 二人だけで食事をするのは初めてだったけれど、智行くんはすでに気心の知れた友人になっていたので本の話をしながら楽しく食事が出来た。アジア料理のその店はガパオライスがとても美味く、自然と会話も弾む。帰り際、智行くんは読んで面白かったという本を貸してくれた。


 お互い電車通学なので読むペースは速い。本の貸し借りのたび、一緒にご飯を食べたりお茶をしたりしていたので、智行くんと同じ自動車整備科の人に見られるのは時間の問題だった。


 その日も駅で待ち合わせをしていた。

「智行ぃ」と背後から声がして振り返ると、二人組の男子が近づいてきた。智行くんがばつの悪そうな顔をする。

「なになに、智行の彼女? めっちゃ可愛いじゃん」

「違う。彼女は友達」

「そうなの? 名前なんて言うの? 今から一緒に飯でも行かない?」

「いいからお前達は帰れよ。邪魔邪魔」

 智行くんは二人をあしらうと、私の腕を掴んで歩き始めた。

「智行、明日いろいろ聞かせろよー」

 二人組の男子は楽しそうに手を振って改札内に消えていった。


「ごめん、嫌な思いしたよね」

「大丈夫だよ。トモくん、明日からかわれないといいんだけど」

「オレは気にしないから平気。飯、なに食べようか」

「ガパオライス、また食べたいな」

「決まり」

 店に向かい始めたとき私の携帯が鳴った。

「あ、拓海からだ」

 そう言いながら通話ボタンを押して電話に出ると、拓海の明るい声が耳に届く。

「花音、今日ヒマ? 今から家に行ってもいい?」

「あ、今トモくんと一緒に居るよ。これからご飯食べに行くところなの」

「え? トモと?」

 智行くんが「代わって」と言って携帯を指さした。携帯を受け取った智行くんは歩きながら通話を始める。

「今から『ジャスミン』って店に行くんだ。拓海も一緒に食べようぜ。うん、そうそう、セブンの隣にあるやつ。オッケー、じゃああとで」

「拓海も来るって?」

「ああ。店は知ってるからすぐ向かうってさ」

 私たちが店内に入って五分もしないうちに拓海もやってきた。


「おまえらこんなふうに二人でよく飯食ってんの?」

 席に着くなり拓海が聞いてくる。

「トモくんとは本の貸し借りしてるから。わりと会ってるかも」

「ふぅん」

 拓海は少し面白くなさそうな顔をしてメニューを手に取った。


「花音、そういえばこの間サークルのコンパだったんだろ。どうだった」

 ガパオライスを頬張りながら拓海が聞いてくる。

「楽しかったよ。友達に誘われてなんとなく入ったけど、先輩達も気さくな人ばかりで良かった」

「花音ちゃんが入ったの、絵画鑑賞のサークルだっけ」

「うん。でも美術館に実際に行くことは今のところ無くて、もっぱら自分で描いた絵を披露して飲みながらあれこれ言ってる人が多いかな」

「花音ちゃんも描くの?」

「無理無理。私はみんなの作品をすごいなーって思いながら見てるだけ」

「花音も小さい頃は絵描くの好きだったから、案外いいのが描けるんじゃね? で、サークルに気になる男は居たか?」

「え? 別に居ないよ」

「でも言い寄ってくるやつは居そうだな」

 ちょっと投げやり口調で言う拓海の声が少し冷たく感じた。


 その夜、拓海から電話があった。とりとめのない話をする拓海はいつもの口調に戻っていたが、話が途切れて少しの沈黙のあと

「なあ、花音」と言った声はどことなく切なさを帯びていた。

「ん?」

「トモと飯食うときは、オレにも声を掛けてくれよ。都合がつけば行くから」

「うん、分かった」

「なんか仲間外れにされた気分」

「ごめんね。そんなつもりはなかったの。拓海は家で伯母さまのご飯食べてるでしょ。トモくんは一人で食べてるって聞いてたから──でもこれからは声掛けるね」

 疎外感を与えるつもりはまるで無かったので、拓海の寂しそうな声を聞いて申し訳ない気分になった。

「いや、オレもごめん。花音の彼氏でもないのに縛るようなこと言った気がする。やっぱ今の忘れて」


 吹っ切ったように明るい声で拓海は言ったが、忘れることは出来ない。多分私と智行くんが二人で会っているのは面白くない──それが拓海の本音だと思うから。

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