第5話 ネックレス

 それからも毎日のように拓海と出歩き、ときには智行くんの家でゲームをしたり、四人で鎌倉散策に出掛けた。これだけ一緒に過ごしていると、何年も前からの友達に思えてくる。東京での一人暮らしも心細くないのが嬉しかった。なにせ拓海も智行くんも、春から通う学校は私の住む家の近くなのだから。


 拓海がサーフィンに行くときも、もちろん誘われて一緒に出掛けた。

 その日は拓海のサーフィン仲間が集まっていて、前に会った男性が「拓海の彼女の花音ちゃん」と、皆に私を紹介した。拓海はイトコだと訂正する気はまるでないらしい。


「なんだよ、こんな可愛い彼女が居たのかよ」

「花音は長野に住んでたんですけど、春からコッチの大学に入るんですよ」

「遠距離してたのかー。花音ちゃん、拓海はサーフィン馬鹿だからデートよりもサーフィン優先だと思うぜ。退屈したら他の男見つけた方がいいぞ」

 などと言われ、返答に困り愛想笑いをするしかない。

「大丈夫っすよ。花音にもサーフィンの楽しさ教えますから」

「おお、それだ! それが一番だな」


 楽しそうに笑っている皆を見て、チクチク胸が痛んだ。後ろめたさを感じつつも、その奥で拓海の彼女と言われてときめいている自分も居る。私は拓海に恋愛感情を抱いているのだろうか。そうではないと思う。拓海は私にとって居心地が良くて安心出来る存在だが、何よりそれは拓海がイトコで小さい頃から一緒に居たからだ。


「みんなに本当のこと言わないでいいの?」

 帰りの車の中で拓海に聞いた。

「いいよ。花音がフリーだって知ったら連絡先聞かれたり誘われたりするぜ。花音そういうの苦手そうじゃん」

「それなら私を紹介しなければいいじゃない」

「花音にはオレの交友関係知ってもらいたいし、これからは一緒に遊びたいから。彼女だって思われるの嫌だった?」

「そういうわけじゃないけど……なんか……みんなを騙しているわけでしょう。ホントにこれでいいのかなって思って」

「花音が嫌ならもうサーフィンのときは誘わない」

「ううん。拓海が波に乗ってるのを見てるのは楽しいから、また海には一緒に来たい」


 それを聞いた拓海は嬉しそうに微笑む。

 拓海にとって私はどういう存在なのだろう。喉まで出かかった言葉を飲み込む。答えは分かっているではないか。ハンバーガーショップで言っていた。私は「可愛いイトコ」で「これからは一緒に遊びたい」存在。それ以外の意味があるはずがない。そう思うと少し気が楽になった。


 *


 三月十九日。この日は私の十八歳の誕生日だ。早生まれなので、やっと十八。長野の母からは電話で祝ってもらい、その夜は伯母が腕によりをかけて料理やケーキを作ってくれ、伯父からは大学で必要なものを買いなさいと商品券が贈られた。


 食事が済むと、拓海は部屋に私を招き入れた。そして机の引き出しから小さな箱を取り出し、「誕生日おめでとう」と、私に差し出した。

「もしかしてプレゼント? サーフパンツ買ってもらったのに」

「今年は特別に大サービス。開けてみぃ」

 箱の形状からアクセサリーだと分かる。リボンを解き、蓋を開けると綺麗に澄んだ淡い水色の石が付いたネックレスが入っていた。


「すごい綺麗」

 手に取ってみると、石は光を受けて優しく輝く。

「アクアマリン。三月の誕生石だって」

 拓海は私が持っていたネックレスを優しく持ち上げると、私の首に付け、そして棚に置いてあった鏡で見せてくれた。

「よかった。花音の肌の色に合う。大きな石はさすがに高くて買えなかった」

「ありがとう。すごい嬉しい」


 でも……アクセサリーを贈られて私は戸惑う。こういうのは普通彼女に贈るものではないのだろうか。何故拓海はネックレスを贈ってくれたのだろう。もしかしてという考えが浮かび、すぐに打ち消す。

 鏡に映る拓海と目が合った。その表情は満足げで嬉しそうだ。私も素直に喜ぼう。

「入学式にも付けていくね」

「あのスーツにも似合うよ、きっと」

「拓海の誕生日にも奮発しなくちゃ」

「すげー期待してるからヨロシク」

 そう言って屈託のない笑顔を私に見せてくれた。



 四月に入り、入学式前に母が長野から出てきた。私の入学式に出席するためだ。まあそれは建前で、本当は伯母のところに遊びに来たかったのだろう。

「あら、あんた可愛いネックレスしてるじゃない。どうしたの」

 母がすぐに私の首元を見て言う。

「えっと──拓海からの誕生プレゼント」

「へえ。似合ってるじゃない。拓海ちゃんありがとうね。この子、男の子からプレゼントなんて貰ったことないのよ」

「いえいえ。花音も大学生だから、こういうプレゼントもありかなって思って」

「そんな気が利く拓海ちゃんに、お土産いろいろ持ってきたよ」

 母はそう言うと大きな紙袋をテーブルに置いて、拓海にあれこれ渡している。アクセサリーをもらったことで意味深に取られるかと思ったが杞憂だったようだ。


 母が来てからは伯母もしょっちゅう出掛けていた。二人で逗子にあるイタリアンや高級な和食料理を食べ歩いて楽しんでいるらしい。私たちは連れて行ってもらえず、ランチは駅前のチェーン店で済ます。二人で親の文句を言いながら食べる牛丼も、それはそれで美味しい。


 その日は拓海の家に義弥くんと智行くんが遊びに来ていた。お昼ご飯難民になっていた私たちのためにピザを買ってきてくれたので、皆で食べながら談笑していると伯母と母が帰ってきた。義弥くんが

「おばさん、自分たちばかり美味しいもの食べてずるいですよー。花音ちゃん、ますます細くなったら可哀相ですよ」と笑いながら伯母に声を掛けた。

「花音だけなら連れて行ってもいいんだけどね。大食いの拓海を連れて行くと予算オーバーになるからダメダメ」

 伯母に続いてリビングに入ってきた母が義弥くんと智行くんを交互に見る。

「拓海ちゃんのお友達?」

「花音ちゃんのお母さん? はじめまして。オレたち拓海の元同級生です」

「あら、いい男が二人も。花音のこと宜しくね。慣れない一人暮らしになるから、これからも仲良くしてあげてちょうだい」

「もちろんですよ。それにしても二人は似てますね。花音ちゃんの可愛らしいところはお母さん似なんですね」


 義弥くんは人を持ち上げるのが上手いなあと感心してしまう。甘いマスクでさらりとこういう台詞が出る義弥くんは、きっと三人の中で一番モテただろう。

 拓海と智行くんは「また始まったよ」と言う顔で義弥くんを見たあとは二人で車の話をしていた。

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