第29話 非日常的な日常 ※本日3話目

「お兄ちゃん起きてる……?」


 目を開ける。

 部屋の扉が少しだけ開けられ、るりが中を覗き込んでいた。


「起きてる。っていうか起きたとこだ」

「お、おはよ……あの、朝から爆発はやめてね……?」


 あれから一週間。

 結局俺の股間に掛かった呪いは解けていない。

 それどころか、爆発に巻き込まれた女性陣が『至近距離で爆発したことを覚えている』という厄介なオマケまでついてしまった。


「しないしない。るりが触ってこなければな」

「わ、私から触るわけないじゃん! 馬鹿! 変態! 白神優斗!」

「何? 俺の名前は本格的に悪口の仲間入りしたの?」


 るりは俺のつっこみを無視すると「ご飯できてるから」とだけ言い残して去っていった。代わりにベッドの下から声が挙がる。


「ふん。小学生が一丁前いっちょまえに色気づいて……完全に白神のことを意識してるじゃないか」

「……待って鹿間。なんでベッドの下にいたの? いつから?」

「昨日の夜からスタンバってたな。だから夜中に白神が『鹿間……鹿間ァ! ウッ! ……ふぅ』って叫んでたのも――」

捏造ねつぞうにもほどがあんだろうがッ! っていうか怖ェんだよ!? 何でベッドの下にいるんだよ!」

「一緒に寝たら白神が爆発しちまうだろ?」

「そうじゃねぇよ! そもそも一緒に寝ようとする理由は何だって聞いてんだよ!」


 俺の言葉に鹿間はニカッと笑う。


「ほら、意識させるには日常的に一緒にいるのが一番だって聞くし」

「ベッドの下に潜入するのは非日常だろうが! そもそもなんで意識させようとしてんの!?」

「別に私は白神のこと好きでも何でもなかったんだけど、何かフラれたっぽくなってムカつくじゃん? 告らせてから盛大にフッてやらないと気が済まなくてな」


 何か妙にこじらせたことを言い始めた。


「それより従姉妹のるりちゃんだっけか? あれ、完全に本気だぞ?」

「るりが?」

「ああ。性的なことに興味が出てきたところに白神の股間が脳裏に焼き付いて意識しちゃったんだろうな」

「待って。誤解を招く言いかた止めて?」

「ほら、何とも思ってない相手でも告白されてから段々好きになったりするだろ? そんな感じだ」


 分かるような分からないような説明に首を捻っていると、鹿間はベッド下から制服やらスクールバッグを取り出し始めた。

 いや、だから何でそこに全部あるの?

 俺のベッド下は四次元ですか?


「着替えるから出てってくんね? いや、まぁ白神がど―――しても私の裸を見たいっていうなら、その後首ねる約束で見せてやっても良いけど」

「処刑?」


 とりあえずクナイの出番が来る前に退散である。

 リビングに向かうと、エプロン姿の女性が二人。

 一人はレリエルだ。


「あっ、優斗さんおはようございます! 昨夜は右手の恋人とお楽しみでしたね!」

「だから捏造ォ!!! 疲れて横になった瞬間にバタンキューだったわ!」

「レリエルちゃんを思い過ぎて止められないリビドーを発散するのは悪いことじゃないですよ! ……汚いし臭いんで近づかないでほしいですけど」

「話を聞けよ!?」


 レリエルは俺を無視してキッチンに向かうと、消し炭らしき何かを取ってくる。


「はい優斗さん。レリエルちゃん特製の『オムライス風消し炭』と『消し炭のスープ』、それから付け合わせに『消し炭サラダ』です」

「待て。オムライスとスープは料理の腕前が残念だったってことで理解はできるが、サラダは火を使わないだろ!?」

「もう。細かいこと気にせず食べましょ? ホラ、愛情たっぷりですよ?」

「せめて食べ物出してくれよ……」

「炭水化物ですからカロリーです。熱量たっぷりですよ?」

「その理論だとガソリンも食えることにならないか……?」


 はぁ、と溜息を吐きながら食卓へ向かえば、そこには先客が二人。一人はるりである。何だかんだと理由をつけて俺の家に入り浸るようになったんだけど、叔母さんからは「何かしたら責任取らせるから」と言われてしまった。


 解せぬ。


 そしてもう一人は、


「おう、おはよう」

「おはよ」


 親父だ。

 久しぶりに帰国した親父は、母さんが何かしたのか恋愛狂いではなくなっていた。

 いやまぁ普通の人に比べれば充分頭おかしいんだけども、少なくとも数時間で破局したりとかはしなくなった。


 そして。


「はーい、朝ごはんよアナタ♡ 優斗も、お義母かあさんの手料理食べる? それとも可愛いレリエルちゃんのご飯が良い?」


 婚活モンスター三峰先生と奇跡的なマッチングをして、その日のうちに入籍しやがった。

 つまるところ、三峰先生は俺の義母になったわけだ。


「もー、この歳で高校生のママになるとは思わなかったけど、手間がかかりすぎだぞ♡」

「はははっ。紫音しおんは母性本能が強いんなぁ。優斗も若くて可愛いお母さんに世話焼いてもらえてよかったな」

「あら、そういう女はお嫌いですか?」

「いや、大好物だね」

「もう、やだぁ♡ お仕事頑張ってくるんで、そういうのは夜にお願いしますね♡」


 目の前で繰り広げられる地獄から視線を逸らせば、そこにいるのは消し炭をもったレリエルだ。


「ほら優斗さん。恥ずかしがらなくて良いんですよ?」


 フォークを使って無理矢理消し炭を俺の口にあてがう。


「待って何か目に染みるんだけど!?」

「レリエルちゃんの愛情の深さに感動ですか? 感激ですか?」

「変な気体が目に痛いんだよッ!? あと口に入れてないのに何か苦いんですけど!?」

「もー、ほろ苦い大人な恋愛がしたいってことですか? このセクシャルモンスターめ♡ レリエルちゃんじゃなかったら即座に別れて裁判沙汰ですよ? レリエルちゃんは優しいので少し距離とって二度と関わらないだけで許しますけど」


 欠片も許してねぇだろソレ。

 っていうかセクシャルモンスターって何だよ。

 俺の向かい側に座って「あ――――――――――――ん♡」とかやってるバカップルの方がよっぽどモンスターだろ。

 っていうか実の親と担任がイチャついてるの本当にキツいんでせめて俺がいないところでやってもらっていいですかね……?


 消し炭を口の中に押し込まれそうになり、必死の抵抗を試みていると玄関のドアが開かれた。

 現れたのはエプロン姿でお重を持った強面のヤクザ。

 蒲生さんである。


 叩きつけるような勢いでおじゅうを俺の前に置くと、あからさまに舌打ちをして去っていく。

 怖ェよ。

 そしてエプロン外せよ。

 入れ替わりに入ってくるのは制服姿の友香子だ。


「おはようございます……偶然にも作り過ぎちゃったので、炭を口の中に詰め込まれるという拷問に遭っている可哀想な優斗さんに、お食事をお持ちしました。お口に合えば良いのですが……」


 指先に沢山の絆創膏ばんそうこうを貼った友香子が頬を染めながら呟くが、重箱7段って作り過ぎでなんとかなる量じゃないからね?

 業者の発注ミスみたいなレベルだからね?

 つっこみたいのはやまやまだけれども、美味しそうな料理が詰め込まれているのは間違いない。

 少なくとも消し炭よりは食べ物っぽいし。

 朝食っぽくはないけど伊勢海老とか入ってるのでちょっと食べようかな、と思ったところでレリエルが勝手に手を伸ばす。


「むぐむぐ……ふん、まぁまぁの味付けですね。ですが愛情という一点において私の足元にも及びません!」

「ばかすか口に運びながら言う台詞かそれ」


 っていうか愛情以外に勝てる要素ないだけだろ。


「そもそもこれ、友香子さんが作ったものじゃないですよね!? 名探偵レリエルちゃんにはお見通しなんですからね!」

「あっ、止めてください! 優斗さん助けて……!」


 わざとらしい悲鳴を無視して推移を見守っていれば、指に貼られていた絆創膏がレリエルによってがされていく。

 露わになった肌は、傷一つない。


「ほら! 頑張ったふりして点数稼ごうなんてのはあざといです! あざといですよ! 優斗さんは脳が股間にぶら下がってますから騙されるかもしれませんが、このレリエルちゃんは違いますからね! 騙されませんよ!?」

「お前の脳はどこにあるわけ? 異次元?」

「やだなぁ……いつも優斗さんの心の中にありますよ♡」


 何で頭の中にねぇんだよ。

 ジト目で睨んでいると、絆創膏をすべて剥がされた友香子が匕首あいくちを取り出した。


「よくも優斗さんの前で恥ィ掻かせてくれたなァ!」

「いや取り繕わなくても知ってるから」


 蒲生さんがブチ切れてるのは友香子と俺が接触しているからだけではなく、一日の半分近くを、俺のためのお重づくりに費やすことになっているからだ。

 友香子だけではなく友香子ママも一枚かんでいるとのことで、逆らえないんだとか。


「……友香子のすべてを知ってくださっているんですね♡ 前世も今世も来世も全てを♡」

「こっちはこっちで会話のキャッチボールができないんだよなぁ」


 はぁ、と溜息を吐いたところで俺の部屋で身支度を整えていた鹿間がリビングにやってきた。

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