第28話 結審 ※本日2話目


「グググッ……!」


 俺はくたりと崩れた。背中の傷が深いのか、それとも毒のせいか。

 動くことすらままならない。


 だが、目的は達成した。


 俺たちを見て固まっているのは、何が起きたか分からずにいる弁護人席のみんなに、検事席の天使たち。

 中央にいるのは崩れかけたサソリと、そのサソリの中にいるレリエルだ。

 ほぼ自由が利かない中、全力を振り絞ってで何とか視線を全裸に向ければ、今までとは明らかに違う表情でレリエルと俺を見つめているところだった。


「レリエル様! 優斗さんっ!?」


 サキさんの悲鳴が響く。翼をはためかせて俺に駆け寄ろうとしたサキさんだが、全裸によって動きを止められた。

 サキさんだけではなく、全員の動きが阻害される。


「全員動くな。――天道の99、『白棺しろひつぎ』」


 白く輝く棺のようなものがそれぞれの体を囲み、一切の動きを封じたのだ。


「ば、馬鹿なッ! 天道の90番台を無詠唱だと!?」

「流石は裁判長……!」


 クソ上司とサキさんの上司が何か言ってるが、全裸は取り合わない。


「治療がるな。天道の69、『月光癒エクストラヒール』、天道の72『闇瘴祓キュア


 ぽわっと放たれた光が二つ、俺の身体に染み込んでいく。

 同時に俺の体内で暴れ回っていた痛みと、縛られたかのような不自由さが消える。

 慌てて立ち上がると全裸に怒られた。


「傷そのものは治したが体力は戻っておらん。動くならばゆっくりにしなさい」


 全裸の癖に理知的でちょっとムカつく。

 とはいえクラクラするのは事実だし大人しく従う。俺を取り囲んでいる変な立方体――恐らく『白棺』は移動を阻害するためのものらしく、中ではわりと自由に動けるのでぺたりと床に座り込んだ。


「さて、レリエルにも加療が要るな――それから証拠の保全もだな」


 砕けて消えつつあるサソリにも光を飛ばした。

 どういう力が働いたのか、サソリ内部にいたレリエルがふわりと浮かんで俺の横まで移動してきた。

 レリエルが抜けたサソリの残骸も光に包まれて崩壊が止まる。


「さて、何か申し開きはあるかね?」


 全裸が視線を向けるのは俺たちではなくクソ上司だ。


「私の目にはレリエルくんの魂に禁術が刻まれているように見えるが、どういうことか説明できるかね?」

「いえ、その、」


 顔色を悪くした上司に、サキさんの上司がニヤけた面になる。こいつはこいつでムカつくが、今回に限っては我慢する。

 何しろここまで漕ぎつけたのはサキさんのお陰であり、引いてはこいつのお陰でもあるからだ。


 ……ムカつくけども。


「わ、私はその役立たずの暴走を防ぐためにこの処置をほどこしたのです!」

「誰が役立たずだゴラァ!」

「下界のサルが喚くなァッ! お前も! お前の両親も! 大人しく私の指示通りに生きていれば良かったんだ! それを余計なことばかりしおって!」


 取り乱した上司は、血走った眼で弁護人席を睨んだ。


「証言! 証言を聞いてください! どれだけ迷惑を掛けられたかハッキリわかるはずです!」

「このタイプの術式で縛られたとなると、あらゆる言動が君の責任になると認識しているが」

「違います! 私は何も命令していません! 今までもこれからも! 使うつもりなんてなかった!」

「使わないのであればこんな術式は要らないだろう」


 冷徹かつ理知的な全裸に問い詰められた上司は大きく歯噛みをする。


「お前らのせいだ! 全部全部全部! 何もかもがお前らのせいだッ!」

「ふむ。これ以上は別の審問を開くべきだろうな。……一応、レリエルくんの言動について聞いておこうか。人間を何度も法廷に呼び出すのも酷だろうしな」


 そう告げた全裸に促されたところで、レリエルの体から白い光が湧き上がった。

 今までとは違う、温かく大きな光。


 それは、俺の母さんを形作った。


「んぅ……ようやく術式が解けたみたいね」


 大きく伸びをした母さんは、にっこりと俺に微笑む。


「優斗。レリエルさんを助けてくれてありがとうね」

「母さん……」

「でも、お母さんがつけてあげた加護がとんでもない方向に進んでるのは感心しないわよ?」


 【忘れ得ぬ想い】のことだろう。

 レリエルを助けるためとはいえ、全員の心に深いトラウマを刻み込んだのは間違いない。

 何度ああなったとしても同じことをするだろうが、確かに申し訳ないとも思う。


「術式の縛りも抜けたし、あとはお父さんを何とかするだけで私は力尽きちゃうだろうから、今のうちに助けてあげるわ」

「母さん……」

「自慢の息子だもの。モテモテになって欲しいしね」


 にっこり笑った母さんが指を振れば、全員がぼんやり輝いた。きっと【忘れ得ぬ想い】で積み重なった感情をリセット――


「感情だけが残るから優斗のことを怖がったり嫌いになったりするのよ。優斗の言動を全部しっかり思い出させてあげたから、あとは誠心誠意対応してあげなさいね」

「ヴェッ?!」

「女の子を泣かせるようなことしたらダメだからね♡」

「ちょっ、まっ――」


 いたずらな笑みを残して、母さんはそのまま溶け消えた。

 残されるのは、とんでもない表情をした女性陣である。


「優斗さん……私の着替えを何度も覗いて、その度にアツい抱擁ほうようを……」


 友香子が熱っぽい視線を俺に向ける。


「そうかそうか。白神は股間を爆発させ続けるなんて不純なことをしていたのか。これは指導が必要だな――身体に」


 教師失格な台詞とともに舌なめずりをする三峰先生。

 肉食獣が二名ほど目覚めたのとは対照的に、とんでもなく冷たい視線を向けてくる者もいる。


「私を呼び出したのは、別に告白じゃない……つまり私の純情をもてあそんだってことだな?」


 静かにクナイを抜き放つ鹿間。


「無差別股間爆発テロ……」


 ナチュラルにドン引きするるり。


「ち、違う! レリエルのせいだ! レリエルも何か言ってくれ!」

「優斗さん……ちゃんと認めてごめんなさいしましょう? 愛しのレリエルちゃんに告る勇気が無さすぎて自暴自棄になって股間を爆発させまくった変態でも、ちゃんと謝れれば見捨てないであげますよ?」

「何でお前まで敵に回ってんだよ!?」


 怒鳴ったところで、全裸が大きな咳ばらいをした。


「あー……今回の責任は全てレリエルの上司に行くが……まぁ、その、なんだ……股間を爆発させて子女を巻き込むのは人としてどうかと思うぞ?」

「全裸に人の道を説かれたくねぇッ!?」

「神聖な法廷を股間で汚されても敵わん。レリエルくんは全面無罪! これにて閉廷ッ!」


 こうして。

 何とも締まらないままレリエルの審問は終わりを迎えたのであった。



 Result――Limit Over!

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