第8話 鹿間千百合

 時間をずらして登校しようと思ったけれども、意外となんとかなりそうだったので電車に乗った。

 ……乗ってしまった。


 がたんっ。ドカンっ!

 ごとんっ。ドカンっ!

 キキィ~。ドカンっ!


 そんな感じで、最寄り駅に着くまでに17回爆発しました。

 ちなみにそのうち10回は横でアイスを舐めているぽんこつ天使が原因だ。バランスを崩して俺につかまったり、他の乗客に押されて俺にぶつかったり、「何見てるんですか? 公共交通機関で卑猥ひわいな動画ですか?」とか言いながら俺のスマホを覗き込もうとして接触したり。


「まぁ、残る7回はレリエルが助けてくれてなんとかなったんだけど」


 何度も俺の股間爆発に付き合わされたレリエルだが、ついに学習してくれた。

 股間が爆発した後の地獄絵図を見るのが相当嫌だったらしく、俺と女性の間に割って入ったり、さりげなくガードしてくれたりするのである。

 ……いや盾になったレリエルが押し負けたせいで股間が爆発したりもするけど。


「ふっふ~ん♪ もっとこのレリエル様に感謝の念を向けてくれても良いんですよ? 今の気分はカスタードクリームです。あ、でも生クリームも通年で受け付けてますけど」


 いや、アイスおごったじゃん。

 あと電車賃も俺が出してるからな?

 ちなみにレリエルが舐めているのはピスタチオ味ので、俺はチョコミントである。

 マンゴー味のアイスとかバニラ味のアイスを買おうとしたら目の前のぽんこつむっつりが色々連想して文句つけてきたので、そういうのが想像しにくい味になりました。

 何でもそっちに結びつける思考はマジでヤバいと思う。

 色とか語感とかで文句つける前にアイス作ってる人とか売ってる人に土下座で謝罪したら良いと思うよ。

 夏の日差しにあぶられ、アイスは予想以上の速度で溶けていく。

 二人とも無言でアイスをやっつけようと舐め続ける。


 そして。


 ――唐突に俺の股間が爆発した。




 ……。

 …………。

 ………………。

 日差しに炙られて溶け始めたアイスが指を汚す。

 何でだ。

 何で俺は死に戻りした!?

 何が何だか分からず、嫌な汗がぶわりと噴き出す。


「レリエルッ!?」

「何ですかもー。味見ですか? そうやってレリエルちゃんの唇とか唾液で触れたものを強請ねだるのって本当に変態チックで良くないと思うんですよ。あ、もしかして変態ってさげすまれることで快感を覚えちゃう系なんですか? 一言につきアイス一本で手を打ちますよ?」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! 戻ったろ!?」


 確認の問いを口にするが、やはり何が起きたか理解する前に股間が弾け飛んだ。




 ……。

 …………。

 ………………。


「レリエル!?」

「だから一言につきアイス一本ですよ? 『俺のアイスを味わいな』みたいなのはなしですからね? 本当に優斗さんってそういうの好きですよねー。同人誌読みすぎ? エロゲやりすぎ? これが昨今さっこん問題として取り上げられているゲーム脳ってやつですか。優しいレリエルちゃんはコンセントに股間突っ込んで感電死したりしないか心配です」

「アホなこと言ってんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ?! 戻ってんだろ?! 原因は!?」


 思わず突っ込みをいれると、レリエルはジト目で俺の背後を指さした。

 そこには、


「お、おーっす白神。何か怒鳴ってたけど、機嫌悪い? タイミング悪かった?」


 クラスメイトの鹿間千百合しかまちゆりがいた。

 ショートレイヤーにまとめられた栗色の髪。ネコ科の猛獣を思わせるような無駄のない引き締まった肢体したい。快活な笑みにつり目気味のぱっちり二重がネコっぽさに拍車を掛けていた。

 ハードル走で全国まで行ったことのある彼女は生粋きっすいのアスリートで、下手な男よりもさっぱりしていて付き合いやすい奴だ。

 今はちょっとぎこちない笑みを浮かべつつ俺の様子をうかがっているが、多分これはレリエルに突っ込んだときの大きな声を聞かれたからだろうな。

 鹿間はぽりぽりと頬を掻く。


「何か白神が美人な子と歩いてるから、うしろからおどかしてからかってやろうと思ったんだけど、失敗失敗」


 ……なるほど。

 過去二回の破裂は鹿間が原因か。

 音もなく忍び寄って俺にタッチ。おどかそうとしたけど、声を出す前に俺が破裂して死に戻ったってところだろう。

 俺が奇声をあげたのが原因か、触るのをやめてちょっとだけ距離を取っている。


「そんで、お隣の美人さんは誰? 彼女?」

「どうもー。優斗さんの家にホームステイすることになりました、レリエルと申します」

「おー、外国の人なんだ! 日本語上手! 白神の家なんかやめてウチに泊まりにおいでよ!」


 ぶんぶんと握手した鹿間は、そのままレリエルの腰を抱く。

 やや強引な、しかししなやかな動き。抱き寄せられて密着したレリエルは小さな悲鳴をあげる。


「悲鳴も可愛い! ね、私レリエルちゃんのこともっと知りたい。お友達になろう? ウチに泊まりにおいでよ!」

「えへへへ。何か嬉しいなぁ。やっぱりこのレリエルちゃんくらいになると、隠してても隠しきれない神聖さがにじみ出て思わぬところで信徒を獲得しちゃうんですねぇ。苦しゅうない苦しゅうない。わらわは生クリームを所望しておるぞー」


 何か勘違いをしてニヤけているレリエルだが、勘違いで言えば鹿間も負けてなどいなかった。


「えっ!? 真性しんせい!? マジで!? タチ? ネコ?」

「タ……? えっとイタチ、ですか?」

「もう、今更隠さなくても大丈夫! 私はどっちでもイケるから! 白神、レリエルちゃんは今日から私の家に泊まるから荷物よろしくね!」

「よろしくされるわけないだろ」

「なんだよ! 友達の恋路くらい応援してくれてもいいだろ!?」

「恋路、ですか? 誰が誰にですか?」

「私が、レリエルちゃんに」

「エッ?!」


 そう。

 何を隠そう、鹿間はバイセクシャルである。

 最初は水泳部だったが女子部員に手を出してクビになり、現在は陸上部で着々と彼女作りに勤しむ超肉食系ハンターだった。彼氏でも良いと公言はしているものの、可愛い女の子にアタックしてる姿しか見たことがない。

 普段のさっぱりした態度とかが『女の子にモテる女の子』なのだから仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。


「ゆ、優斗さぁぁぁぁん!」


 レリエルから悲鳴があがったので、助け船を出してやる。


「鹿間、とりあえず放してやれ。あー……そう、レリエルはお嬢様育ちで、誰かに触られるのが苦手なんだよ」

「つまり純真無垢よごしほうだい白百合しらゆり……!」


 ゴクリと生唾を飲み込んでレリエルを見つめる鹿間。その瞳にはじっとりした熱が浮かんでいた。

 なんか邪悪な発言をしていた気はするけども、一応は俺の言葉を聞き入れてくれたのか、引き寄せていた腰を放してくれた。

 レリエルは逃げるようにパッと離れる。

 やや警戒した表情で鹿間から距離を取ると、俺を盾にするように隠れた。


「んで実際のとこどうなの? なんか白神とレリエルちゃん仲良さそうだし、付き合ってる?」

「付き合ってねぇよ」

「なら良かった! NTRは趣味じゃないんだよ」

「ぜ、全然良くないですぅぅぅぅぅぅぅぅ!? 初対面ですよ!? こんなにぐいぐい来られたらいくら超絶美少女のレリエルちゃんでもたじたじですよ!?」

「レリエルちゃんって恋愛経験ないの?」

「あ、ありますし? 年間5万人くらいとお付き合いしてますし!」


 どういう付き合い方してんだよ。

 俺の親父以上とか控えめに言ってイカレてるぞ。

 一人10分弱しか付き合えない計算だし。


「そっかそっか。ないのかー。じゃあ私が初めてなのかー」


 にひひ、と笑う鹿間に、レリエルの表情がさらに歪む。


「優斗さぁぁぁぁぁん! この人、勝手に私と付き合う前提で話を進めてるんですけど!? こんなに話が通じないことってあります!? 初体験すぎてどう反応すれば良いかわからないですぅぅぅ!」

「ああ。俺はお前と話すとき、だいたいずっとそういう気持ちだったぞ」


 日本語でやりとりしてて意思疎通ができないのって焦るし困るよな……俺も今朝からずっと焦ってたし困ってたから、少しは俺の気持ちを味わえ。


「そんなに邪険にしないでよー。ものは試しって言うしさ。ほら、ブチッとしないように優しくしてあげるから。ね? 補習サボって私の家いこ? シーツも丁度洗い立てだし」


 もはや隠す気すらない発言にレリエルはおののき、それからハッとした顔で俺を見た。


「……類は友を呼ぶ……ッ!」

「俺を巻き込むなよッ!? 関係ないだろッ!?」


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