第7話 情けは人のためならず1

 さて、改札から少し離れた柱にもたれかかったことで俺のピンチは去った。

 むしろレリエルという道連れが出来たことで100人りき、いや10……1人力くらいか……?


 不安になってきたけど、レリエルが合流してきたことで足を引っ張ることとかないよな?

 もしそうなったらアプリをアンインストールさせればなんとかなるかな。

 

 嫌な想像が脳内を駆け巡って思わずレリエルに視線を向ける。


「な、何ですか!? こんな往来の真ん中で私をはずかしめようと――」

「やかましいこのムッツリ天使が」

「なななっ、誰がムッツリですかー!?」

「お前以外にいないだろうに。異次元の方向から無理やりエロに繋げやがって。誰が相手だろうが結婚前にそういうことはしないって言ってるだろ」

「つまり人妻萌え……?」

「何でそうなる!?」

「ほら、誰が結婚したら、とか言ってませんし。お相手が結婚してないと燃えないタイプのフレンズかも知れないじゃないですか。背徳的なスリルでゾクゾク……!」

「お前、本当にそういうの好きだろ……?」


 にゃあにゃあと小うるさく反論するレリエルにお札を一枚渡し、ICカードを買ってきてもらう。俺用ではなく、レリエルに使ってもらうためのものだ。


「おお。これがあればあのにっくき改札を抜けられるんですね?」

「憎きってお前な」

「意地悪ですよ意地悪! 他の人はささっと通してるのに私だけ通せんぼですからね!? きっとレリエルちゃんの美しさに見惚れてしまったとか可愛すぎて思わずタッチしたくなっちゃったとかだと思いますけど! いやー可愛いって罪ですねぇ……主よ、このレリエルの美しさを許したまえ、アーメン」


 大真面目に十字を切り始めたぽんこつだけど、主もこんな祈りを捧げられても困るだろうなぁ……。

 とりあえずラッシュアワーは無理なので、ちょっと時間をずらすことにする。

 時間が過ぎるのを待っていると、通勤通学の人混みに紛れて和装のおばあさんが改札を通ろうとしているのが見えた。

 腰が曲がって足元が覚束ない様子の老婆は、カートを押しながらえっちらおっちら進んでいる感じだ。流石に周囲の人もやや距離を取ってぶつかったり進路の邪魔をしないようにしてはいるが、見てるだけでハラハラしてしまう。

 混雑緩和こんざつかんわのために立っている駅員さんあたりを呼んできて介助してもらった方がいいんじゃないだろうか。


 いやでもそういうことをすると「老人扱いするな」って怒られたりすることもあるらしいし……。


「なんですか優斗さん、おばあさんにアツい視線を向けて」

「もう何が言いたいか分かったけど誤解だから言わなくて良いぞ」

「もしかして熟女萌えですか? 見た感じ優斗さんとの年齢差は80歳前後ですけど、私そういうのはあんまり偏見へんけん持たないって決めてるので応援しますよ? おそらくですけど、広義の人妻ではあるでしょうし」

「言わなくて良いって言ってんだろう――がっ?!」


 手押しカートの車輪が改札に当たり、老婆が態勢を崩すのが見えた。

 咄嗟とっさだった。

 届かないことが分かっていながらも、おばあさんへと手が伸びた。それはレリエルにぶつかり――


「きゃあケダモノ! おばあさんにぶつけられない欲望をこのレリ――」


 レリエルが全てを言い終える前に、俺の股間は破裂した。



 ……。

 …………。

 ………………。


 意識の覚醒。おばあさんが改札に差し掛かろうとしているのを確認し、即座に走り出す。

 しかし、関係のない女性にぶつかってしまって即座に股間がお星さまになった。




 ……。

 …………。

 ………………。


 即座に走り出す。


「優斗さん!?」


 レリエルが抗議と驚きの声をあげるが反応している暇はないので無視だ。

 先ほどぶつかった女性を避けたところで、改札から出てきた女の子の手がぶつかってしまい、俺の股間は夜空に瞬く流星のように消えた。




 ……。

 …………。

 ………………。


 走り出す。女性を躱して身を捻る。そのまま一歩分身体をずらすことで女の子の手を避ける。


「すみません! 構内は走らないで――」


 駅員さんの制止の手にぶつかり、俺の股間は閃光を放ち消滅した。




 ……。

 …………。

 ………………。


 走る。

 姿勢を下げ、身を捻り、隙間を縫うようにしておばあさんの元へ急いだ。駅員さんが伸ばした手は荷物を投げ渡すことで塞ぐ。


 おばあさんのカートがガツッと引っ掛かる。

 姿勢が崩れる。


「間に合えぇぇぇぇぇぇっ!」


 ヘッドスライディングをかまし、タイル貼りの構内を滑った。

 おばあさんの下に滑り込み、自らの身体をクッションとして受け止める。


「ぐべッ」


 肺を無理やり潰されて、変な声が漏れた。


 ――そしておばあさんと接触した俺は下半身を破裂させた。


 ……そうだよね、おばあさんってことは女性だもんね……。




 ……。

 …………。

 ………………。


 気づけば再び、あの白い空間に来ていた。


「えっと、母さん……?」

「えっ。優斗さん、バブみ適正があるんですね……私相手にオギャりたいんですか?」


 普通にレリエルかいっ!

 っていうかガチで引いた顔してんじゃねぇ!

 必死で否定したところで、レリエルがハァ、と大きな溜息を漏らした。


「さっきから何をやってるんですか……?」

「いや、おばあさんを助けようと思って」


 あの年齢の人が転んだら、ほぼ確実に骨折するだろう。

 ちょっと前にテレビで見たが、お年寄りは骨折が原因で寝たきりになったり痴呆ちほうになったりすることが多いらしい。


「知ってる方なんですか?」

「いや、知らないけど。目の前で人が怪我したら寝覚め悪いだろ?」

「私には首輪とむちを使って体と心に消えない傷を負わせようとするのに……!」

「お前と俺って違う次元に住んでる? それとも変な電波を脳で受信してる?」


 俺がいつそんなものを使おうとしたよ?

 ジト目を向ければ、レリエルにも同様の視線を返された。


「優斗さん、良いですか?」


 レリエルは何時になく真剣な口調で俺に説明を始める。


 俺が爆発すると、肉片が飛び散るらしい。それも半径1.5メートルの爆発だ。

 巻き込まれて怪我を負う者がいる。

 爆発の衝撃で吹き飛ぶ者もいる。

 肉片と血液を浴びて半狂乱になる者もいた。


「分かりますか!? 何の説明もなく地獄を二度三度と見せられる私の気持ちが!」

「そ、それはごめん……」


 阿鼻叫喚あびきょうかんとしか言いようのない地獄絵図が広がる姿を、レリエルは何度も見せられたのだ。そりゃ怒りもするだろう。時間がなかったとはいえ、意図を説明してないわけだし、普通に意味わかんないもんな。


「……まぁでも、優斗さんがおばあさんを助けたいっていう優しさとスケベ心から動いていることは分かりました」

「俺のことディスらないと生きていけない病気かなんかなの?」

「私が代わりに助けるので、優斗さんは失敗したら爆発してください」


 レリエルの言葉に頷くが、改めて考えるととんでもない発言である。

 『失敗したら爆発してください』とか暗殺失敗からの自爆テロくらいしか使うシチュエーションが思い浮かばない。


「さて、それじゃあ戻りますか」

「ちょっと待って。この空間って、何?」

「天使のマル秘スキルですね。爆発で飛び出た魂を回収したり死に戻りしたりするときに、別空間に呼んでお話するための場所です」


 母さんと同じ説明だった。

 ということは、だ。


「戻るためには、もしかして俺に触っ――」

「えいっ」


 ――レリエルに股間を破裂させられました。




 ……。

 …………。

 ………………。


 覚醒と同時、俺の傍にいたレリエルが走り出す。

 彼女は俺と違って何の呪いもない。

 それどころか、


「きゃあっ!?」「なんだっ!?」「翼だっ!」「人が飛んでるぞっ!?」


 大勢の前で翼を出し、そのまま頭上を飛び越えた。大勢の人々がその姿に声をあげるが、レリエルはそんなことは意に介さず、着地と同時にスライディング。

 バランスを崩したおばあさんが地面にぶつかる前に抱き留めた。


 何が起こったのかを理解したのか、しんと静まり返った人混みから歓声が挙がる。


「すげぇ!」「よくやった!」「カッコよかった!」「もっかい飛んでみせてくれ!」「羽根!? 飛んでなかったか?!」「偉いぞ嬢ちゃん!」「ぱんつ丸見えだったぞ!」「凄かった!」「かっこいー!」「何だ今の!?」「水色のシマシマだったな」「翼出してたぞ! すげぇ!」「ワンポイントのリボンまで見えたぞ!」


 拍手と歓声に紛れてなんかとんでもないセクハラ発言が入ってたけども、何はともあれ一件落着である。っていうかぱんつが見えたからってそれを大声で叫ぶなよ……。

 さっさと翼をしまったレリエルは両手を広げて歓声に応えた後、慌てて駆けよってきた駅員さんにおばあさんを引き渡した。

 介助がつくならここから先は安心だろう。


「ありがとうねぇ」

「いえいえ。礼なら彼に。彼が気付いてくれたから助けられたんです」


 おばあさんがレリエルに礼を告げ、それから俺に向かってぺこりと頭を下げた。

 実際のところ俺は何もしていないんだけども、こうやって感謝されるってことは母さんからもらったスキルが効いているって事なのかな。

 失敗したけど、俺がおばあさんを助けようとしていたときの感情だけは繰り越されたんだろうな。


 なにはともあれ、無事で良かった。


 へへへ、とはにかみながら戻ってきたレリエルに「やるじゃん、ありがとうな」と声を掛けるが、応答はない。

 ただ黙ってレリエルは俺にタッチ。


 ――然ながら、俺の股間は破裂した。


 死に戻り直後、レリエルがさらにもう一度俺に触ってこようとしたので必死に回避した。

 空振りしたレリエルが不満そうな視線を俺に向けたので、意図を尋ねる。


「……何? 無差別テロ? それとも新手の拷問?」

「いえ。ぱんつ見られちゃったので、やり直しをしようと思ったんですけど」


 俺の危険とは何の関係もなかったので、死に戻りのスタート地点はおばあさんを助けた後である。

 つまるところ、破裂損はれつぞんだ。


「……もう一回だけ試してみて良いですか? 次こそぱんつを見られる前に戻れるかも!」

「良い訳ねぇだろっ!?」


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