剣玉

ゆきお たがしら

第1話 剣玉

えー、しばらくの間、おつきあいをお願いします。師走と言うと師が走る・・・、つまり師僧が経を上げるため東西南北、馳せ参ずるということらしいのですが、なぜ師僧が走り回るのか? 檀家が風呂場でヒートショック!  風邪をこじらせ肺炎でお陀仏! そのため経をあげる・・・、これではどうも縁起が悪うございますが、師走ということの有力な説は万事を為し果たすから師走と言われるようになったようですな。ところでおいでの皆様も用事をすべて済ませ心おきなく・・・、(見回す)どうも違うようで、しかも中高年! 掃除は毎日のことだし、目が覚めれば明日、そして今日も明日も同じなんだから師走と言ったってバカバカしい! な~んて思っている方も多いようですが、年を越せば一つ年齢が・・・、これは年寄りにはありがた迷惑なことですが、今年も無事に過ごせたと祝いの気持ちを持てば師走、年越しもありがたいものです。ところが・・・、もし歳が減ったならえらいことで『せっかく成人になったのによ、来年はまた十七だぜ』な~んて戸惑いと不満が、そして十七と十八で行ったり来たり・・・。おい、おい、それは壊れたカセットテープかレコードじゃないか! たしかにそのとおりですな。それはともかく、歳をとる、歳をとったと言えるのは老人の特権のようで、これが幼児や少年・少女、青年・・・、青年には女性・男性の区別がないようですが、こうした年代の方・・・、とくに著名な方がうかつに歳を取ったなんてことを言ったら、すぐさまSNSで悪口、誹謗中傷! 考えてみれば怖い世の中で、好事門を出でず、悪事千里を走るですな。ただ牛も千里、馬も千里ということわざもございまして、早くても遅くても、上手での下手でも、行き着く先は同じということらしいのですが、これを歳に当てはめれば皆、墓場行き、いやでも全員、死ぬということになりますな。これはどうも・・・、いくら真実だと言ってもあまりにもあからさまな・・・。それはさて置き、高齢になると前期と後期、これも青年と同じで男女の区別なく呼ばれておりますが、前期・後期はなんか違和感・・・、大学受験を想像してしまいましてなじめませんですな。それにどちらに合格しても墓場大学入学と相成りまして、墓地一直線ということでしょうか。なんともいやな・・・、せめて呼び方を前期はヤング、後期はシニアくらいに呼んで欲しいものですが、人は高齢になればいろいろと病気・・・、と言ってもガンはいやですな。早期発見ならいざ知らず、発見が遅れて進行すれば、それはつらい、痛い、大変なことです。まあガンになるのはどれくらいの確率なのか分かりませんが、老人が罹る病気の第一位は・・・、ジャラジャラジャラジャン! 表彰式じゃありませんよ、第一位は認知症だそうです。えっ、お前も? なんともはや失礼な! わたしの場合はもう少し先でござんす、な~んて文句を言えるうちは大丈夫のようですが、この認知症、真っ先に思い浮かぶのが徘徊ですな。ほかにも物忘れ、盗られ妄想、自分の家族が分からないなど自分で制御できないわけですが、ではどうやって予防・・・、体が動かなければムリのようですが、元気なうちは自分で予防と考えるのが自然ではないでしょうか。けれどもどうやって? 大事なのは運動、脳トレのようで、まず手、手は第二の脳・・・、ただし腸も第二の脳と呼ばれておりますから第二の脳もいろいろあるようですが、それはそれとして指先、手を動かす手芸、料理、お手玉、テレビゲームは脳を活性させ認知症予防になるようですな。また剣玉も、手はもちろん膝、腕、視神経と全身を使うものですから、脳の活性化には大変有意義なようです。


「おーい与太郎? 与太郎いるか!」

与太郎、押し入れに頭をつっこみゴソゴソ『はぁ、誰だぁ? どこのどいつ・・・、どいつ! ドイツ・・・、都々逸・・・、やっぱ、都々逸だな。惚れて通えば千里も一里、逢えずに帰ればまた千里、なーんて唄があるくらいだからな、やっぱ都々逸だ。しかしあの声は伯父さんか・・・、 バカみたいに大声出して! 伯父さんのバカ声は百里、いや千里・・・、千里先まで聞こえるぞ。俺は今、忙しいんだ、ターザンじゃあるまいし、窓ガラスにヒビでもはいったらどうするだい! 母ちゃん、いや父ちゃんだって、与太郎! またけん玉振り回したな、お前ってやつはもう我慢ならねえ、お仕置きだ! ていうことになっちまうぞ。そうなるとムチ打ち・・・、それはないか、ムチのあとがついたら児童虐待見え見えだからな。そしたら石抱き、しかもウーンと重いやつを膝に乗せられ、俺は地獄の苦しみ。痛いよ、痛いよ、父ちゃん、母ちゃん、許しておくれよ・・・。ところが母ちゃんと父ちゃんはウシッシ、ウシッシ・・・、世間にバレないよう虐待しまくる。ああ、考えただけでも、イヤだ、イヤだ。とにかくおじさんは世間体というものが分からねぇみたいだから、俺の保身のためにも教えてやらないといけないな。だけど・・・、本当に窓ガラスが割れたりしたら、念力? アハハ、それは絶対にないな。なぁ~んたって、おじさんはおばさんには絶対に勝てない! 尻の下に敷かれたままだからな』与太郎ブツブツ、ニヤニヤ。そして玄関に

「いるぞ。」

叔父の与一、せかせかと戸を開け

「おめえ、剣玉、得意だったな。」

「はぁ? 突然、どうしたんだい? そりゃあ剣玉するけど、別に得意な訳じゃないぞ。」

「得手不得手はいわねぇが、正月に甥っ子が遊びに来るんだ。そしてどうしても剣玉教えろと、ひつこく言ってんだよ。」

「へー、そうなのか。でもおじさんだって、昔したことあるだろう。」

「ああ、大昔にな。しかし、忘れちまった。だからおめえに頼んでいるんだ。」

「だけど、なんで剣玉の話になったんだ?」

「おめえがしているのを、ちょくちょく見ていたからよ、頭のどこかにあったんだろう。つい、はずみで言っちまったんだ。」

「へえそうなのか、まあいいけど。ところで、教えたらいくらくれるんだい?」

「バカ、剣玉教えるくらいで金取るな。」

「えへへ、しかたないな。おじさんだから、まあタダにしとくか。じゃあ、とってくるからな。」

与太郎、おもちゃ箱へ、叔父の与一、与太郎についていくと肩越しにオモチャ箱をのぞき見

「おっ、あった、あった。それじゃあこれからやるから、おじさんよく見ときなよ。」

叔父の与一、変に感心

「へー、お前、意外と几帳面なんだな。」

無視する与太郎、さっそく剣をもって玉を振りながら

「おじさん、つべこべ言わずに見とけよ。ここに皿があるだろう、この皿三つに・・・。」

与太郎、視線を大皿、中皿、小皿に飛ばしながら

「玉のせ。」

そして

「次はとめ剣。」

まっすぐに下げた玉を引き上げ剣先でうける

「そして、これが飛行機。」

今度は玉のほうをもつ与太郎、剣を前後に振って、逆さまに落ちてきた剣先を玉の穴で受け止める

「それから、これが世界一周。」

持ち直した剣で玉を真上に引き上げると、小皿、大皿、最後は剣先に

「与太郎、すごいじゃないか! やっぱり、いつもやってるからか?」

「えへへ、まあね。おじさんもこれが全部できたら、俺と同じで名人だぜ。」

「なにが名人だ、バカなこと言ってんじゃねぇ。しかし俺も、頑張ってやってみるか。」

叔父の与一、勇んではじめるが

「ところで与太郎、剣玉はなんの木でできているか知ってるか。」

「いや、知らねえ。」

「せっかく剣玉してんだから、それくらいのこと知っといたほうがいいぞ、じゃあ教えてやる。まず玉だがな、これは桜の木だ。」

「へぇー、桜?」

「だけど桜は桜なんだが、使われているのはほとんどが山桜だ。」

与太郎

「山桜・・・。」

考え込むが、突如

「咲いた桜に、なぜ駒つなぐ、駒が勇めば、花が散る・・・。」

「うん? なんだそりゃ?」

「おじさん、知らねぇのか、都々逸だよ。」

「どどいつ?」

「そうだ、都々逸。俳句や川柳みたいなもんで、七・七・七・五の二十六文字を唄うんだ。それに、これはおじさんとおばさんの唄・・・、まあ、馬肉でもいいけどな。」

「うん? 俺と女房の?」

「そうだ。おばさんは可哀想に、おじさんにつかまったらばっか、せっかくの花が~散る。」

「うん? ・・・このマセガキが! お前は・・・、いったいなにを考えてんだ! それと・・・、なんで馬肉の唄だ?」

「おじさん、馬肉知らねぇのか。」

「ばか言え、馬肉くらい・・・。」

与太郎、無視すると

「君は吉野の千本桜、色香よけれどき~が多い~。」

「?」

「これはおじさんのうただな。この間見たぞ、知らない女の人をチラチラ見てただろう。」

「? だ、誰がチラチラ見ていたんだ! 変なこと言うな!」

「いいや見てたぞ。俺、たしかに見たんだ。櫻という字を分解すれば、二階の女が気に~かかる。」

「お前は・・・、ほんとにクソガキだな! 小学生のくせして、都々逸なんか唄うんじゃねぇ。」

「怒るとこみたら、図星だな。おばさんに言ってやろう。」

「このヤロウ、あれはたまたまきれいな人だなぁと、つい・・・。」

言いながらも叔父の与一、気を取り直し

「そんなことはいいから、剣だ。剣はブナの木・・・、とにかく与太郎、つまらないこと考えずにちゃんと聞け。」

「へ~い。」

しかし与太郎、首を傾げ

「ブナの木・・・、ブナの木ってなんだ?」

「ブナというのはよ、落葉広葉樹と言って葉っぱが秋になると黄色くなる木だ。」

「へー、葉っぱがね・・・。じゃあ緑から黄色、そして赤になる・・・。まるで信号だな、ストップ、ゴォ。」

「ばかやろう、信号機じゃねえ。冬が来れば、木は水分不足から我が身を守るため、葉っぱを落とすんだ。」

「へー、水分不足? じゃあ、おじさんは真逆だな。」

「真逆? なにが真逆なんだ?」

「だってよう、寒くても太鼓腹・・・。」

「太鼓腹・・・、誰が太鼓腹だ! 人よりちょこっとでているだけだ。」

「そうかなぁ・・・、俺にはくまのプーさんに見えるぞ。おじさんは・・・、越冬体型だ!」

「誰がクマのブーサンなんだ? どうして越冬体型なんだ? 俺は冬眠もせず、正月だってお前と遊んでやっているだろうが。」

「アハハ、自分で言ってりゃ世話ねぇや。でもおじさん、うちに来ちゃあコタツで寝ているぞ。いつも俺、言ってるぜ。おじさん遊んでくれよ・・・、な~んて何遍言ってもイビキかいて知らん顔じゃないか。」

「バカ、あれはちょっと・・・、御神酒を飲み過ぎたからよ。」

「だって毎年のことだろう、この飲み助が!」

「飲み助? お前というヤツは、俺に何か恨みでもあるのか。」

「ああ、あるぞ。おじさんは世間相場を知らねえみたいだな、お年玉だって百円だ。初詣のさい銭じゃねぇんだ、もっとおくれよ。」

「おめぇは小学生なんだから、それくらいでいいんだ!」

しかし一瞬、考え

「剣玉・・・。仕方ねぇ、六年生だったよな。それじゃ・・・。六百円だ!」

満面の笑みの与太郎、だが腕組みをしたまま

「ブナの木・・・、ブナの木・・・、イマイチ思い出せねぇな。おじさんの作り話じゃないのか?」

「おめぇ、いちいち・・・。まあいいか、剣玉教えてもらうんだからな。とにかくブナの木っていうのはよ、ブナの林に風が吹き抜けるときに『ブーン』という音がすることから『ブーンとなる木』、『ブナの木』、『ブナ』となったんだそうだ。」

「なーんか、ヘタな落語だな、語呂合わせか。」

「そういえば、たしかにな。まっ、それはともかく、ブナは大地からたくさんの水を吸収して根をしっかり張るから、大雨や台風に見舞われても森や俺たちを守ってくれるんだそうだ。それに栄養価の高い実をたくさんつけるから、リスやネズミ、熊の大好物で、多くの生きものを養っているんだとよ。」

「へぇー、おじさん、詳しいな。もしかして、ブナの実で育ったのか?」

「なんで俺が、ブナの実で育たなければならないんだ。とにかく剣は・・・。」

「ブナの実がねぇ・・・、そんなに美味いのか? じゃあ俺も、一度食べてみたいもんだな。」

「ああ、人間も食べられるらしいぞ。だが俺は、食わねぇ。」

「どんな味かな? 分かんないが、ゾクゾクするぞ。でもよ、リスはともかく熊が来るんだろう、眼飛ばしあったら俺、絶対に勝てねぇな。」

「なにバカなこと言ってんだ。熊と出くわしてみろ、大変なことになるぞ。それにひとの食べ物・・・、熊の餌を横取りしたら、怒り狂って袋だたきのうえに、簀巻きにされて川に放りこまれっちまうぞ。まあ・・・、それは冗談としても、大けがするのは間違いねぇ。」

「そうだよな、どうこう言っても熊も生きるのに大変だからな。しかしおじさん、こんな話ばかりしてたら剣玉、上手くなれないぞ。」

「おう、そうだったな。分かった、分かった、これから練習する。しかし与太郎、人間誰しも一つくらい取り柄があるというかなんというか・・・、お前、剣玉、上手いんだから日本一・・・、いや世界一を目指してみてもいいんじゃないのか? 何ごとも頑張れば・・・、一芸に秀でた者はすべてに秀でると言うから、お前にも道が開けるかもしれないぞ。」

「はぁ? おじさんの言ってること訳分かんねえな。それよりおじさん、甥っ子にいいとこみせたいんだろう。だったら、一に練習、二に練習しなくっちゃ笑われるぞ。それに俺、じつは水泳も得意なんだ。だから二兎を追う者、一兎をも得ず! まあそれは置いておくとして、おじさん鈍そうだから、口八丁もいいけど、手八丁じゃないといけません。」 

お後がよろしいようで・・・、テケテンツクテンツク、テケテン。

                                完
















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剣玉 ゆきお たがしら @butachin5516

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