第12話

「そ、挿入始め!」


 アイリーンさんの指示で、スーさんが持ち上げるダムガーン像の右腕部の隙間に、担ぎ上げたウォルフメタル球を運び入れる。丁寧に入れなければ、その衝撃で像が壊れてしまいかねない。慎重に担いだ球体を関節部に納め、ゆっくりと手を離す。


「挿入確認!」


 私が叫ぶと、別の工員が状態を確認し、「挿入よし!」と叫んだ。


「確認よし! 次の珠をお願いします!」


 言われて、私は再び積み上げられたウォルフメタル球を担ぎ上げ、運ぶ。

 ひたすら、この繰り返しだ。

 一つ、一つ、珠を運んでは積んで行く。

 崩れないように、慎重に。

 生まれてこの方、戦いの中で汗などかいたことはなかったが、この作業では、額に幾つもの汗が浮かんだ。超重量の物体を運ぶという重労働というだけではない。やはり、安全を第一に考え、気を張り続ける作業だからこその疲労を感じる。

 

 しかし、それでもなんとか、両腕に計画通りの珠を全て挿入することができた。残るは頭部だ。

 そして、頭部の珠を収めたら、間髪入れず、ゴーレム化の術式を走らせる。

 あとは、ゴーレムが姿勢を維持してくれるはずだった。


「頭部、挿入確認!」

「挿入よし!」

「確認よし! では、ゴーレム化の術式を開始します! 魔力炉、本起動して下さい!」


 ようやく作業が終わったと、胸をなでおろしながら像から離れる。

 しかし、すぐに問題が発覚した。


「炉からの魔力供給が来ません!」

「なんですって!?」


 アイリーンさんの叫び声が現場に響いた。


「大至急、炉の担当班に連絡を!」

「それが―――連絡がつかなくて…!」

「えぇ!?」


 そうこうしていると、巨大な光が、魔力炉のある方向から放たれた。

 爆発だ。

 と、すれば、直ぐに強力な衝撃が襲ってくる。

 そして、その影響をもろに受けるのは、当然、超重量が不安定のままスライムと巨人によって支えられているダムカーン像だった。

 私はとっさに、ダムカーン像の腰側へと飛び込んだ。


「デモン山さん!!」


 それは果たして、誰が叫んだものだったか。

 次の瞬間、予測通り、巨大な衝撃が襲ってきた。


「うおおおぉぉぉぉぉぉッ!」


 私は衝撃によって倒壊しかけたダムガーン像を全力で支え、雄叫びを上げる。

 やはり重い。かなり重い。

 全身の骨が軋む音が聞こえるかのようだった。


「くそっ! ヨヨの奴、失敗したか!?」


 私と同じく、衝撃からダムカーン像を守るために、支えに入ったスーさんが私の傍で叫んだ。


「いいえ、これは、おそらく暖気中の魔力炉の暴発です…。何度か事故に立ち会ったことがあります」

「馬鹿野郎! 安物使いやがって!」


 スーさんが悪態をつく。

 なんとか衝撃からは耐えきった。だが、ダムガーン像はグラグラと揺れている。

 衝撃による倒壊は防げたが、内部の珠が揺れ動いている。これではバランスを崩すのは時間の問題だ。


「デモン山! あんたは全速力でヨヨのところへ! ここは私がなんとかする!」


 私が答える前に、スーさんは動いた。

 揺れ動くダムカーン像に向け、自分の体をロープのような形状に変えて飛びつき、絡みついた。スーさんの体を結束ロープのようにして、地面と接続したことで像は一時的に安定を取り戻す。しかし、ミチミチとスライムの体が悲鳴を上げていた。


「いけ!」

「はい!」


 私は両翼を羽ばたかせ、魔力炉へと向かう。

 ダムカーン像ゴーレム化の為に、魔力を作り送り込むはずだった魔力炉は、木端微塵になっており、残骸が黒い煙を上げていた。


「ヨヨさん!?」

「うー…大丈夫…。なんなの、一体……」


 私は少し離れた場所に倒れているヨヨさんを見つけ、慌てて抱き上げた。とにもかくにも、回復魔法で傷を癒す。魔法は得意な方ではないが、応急処置にはなるはずだ。


「魔力炉が爆発したみたいです」

「マジ…? ったく、これだから安モンは…」


 悪態をつきながら、回復したヨヨさんは私の腕の中から降りた。


「ヨヨさん、一先ず医務室に」

「バカ。そんな事してる暇ないっての! 魔力を送らないと、像が崩れちゃう!」

「そ、それはそうですが―――」

「これだけは絶対にやりたくなかったけど――ま、仕方ない!」

「よ、ヨヨさん?」

「ウチがしばらく炉の代わりをやるから! アイリには、ちゃちゃっとゴーレム化しちゃえって伝えて!」

「なっ」


 ヨヨさんはそういうと、本来魔力を通すはずだった魔力ケーブルの焼ききれた端を手にした。そして、全身から魔力を沸き立たせる。


「そんな、魔力炉の代わりなんて無茶です!」

「500年間、猿どもから吸いに吸った精力、ようやく使うときがきた、ってね!」


 ヨヨさんが私に向けてウィンクをしてみせた。

 私は―――


「直ぐに代わりの炉を手配させます!」

「うちの魔力が切れる前に、お願いね!」


 私はヨヨさんを信じ、アイリーンさんの元へと飛んだ。

 現場指揮所へと飛び込むと、アイリーンさんは魔力炉の納入業者に、別の魔力炉を早急に手配するよう申し付けているところだった。


「アイリーンさん! 魔力の融通がつきました! 大至急、ゴーレム化の術式をお願いします!」

「え!?」


 アイリーンさんは大いに驚いたが、私の表情と、爆発したはずの魔力炉から魔力が流れ込み始めたのを見て、全てを察したようだった。


「―――…分かりました!」


 アイリーンさんはすぐさま指揮所を飛び出し、魔法を織る。


「アウェイク・ゴーレム!!」


 ヨヨさんから流れてきた魔力を用い、アイリーンさんが放った魔法は、スーさんが必死に支えるダムガーン像に向けて発動した。

 瞬間、ダムガーン像の内部に収められた金属球が、意思を持っているかのように、連携して動きだし、ダムガーン像は自らバランスを整えた。そして、自らの二本の足で自立する。

 現場のあらゆるところから、歓声が轟いた。

 ついに、ダムガーン像が完成したのだ。

 報道陣達がカメラを向けて像に殺到するのが見える。

 本来ならば、私もあの場にいなければならなかったのだが―――

 まだだ。まだ、戦いは終わっていない。


「代替の魔力炉の手配は!?」


 アイリーンさんが、調達担当者に叫んだ。


「流石に、今日中に融通をつけるのは困難です! せめて、どこか別の場所から魔力を供給してもらえればいいんですが…」

「………」


 何ということだ。このままではヨヨさんが干からびてしまう。


「……私に考えがあります」


 誰もが閉口するこの問題に、アイリーンさんが口を開いた。


「ヨヨさんの魔力に限界が近づいたら、私が交代します。それでなんとか、数時間は時間を稼げるはずです」

「なるほど」


 のっそりと、ダムガーンを支える必要のなくなったエルダースライムのスーさんが、我々の傍へとやってきた。何とも無いように見えるが、スライム質の繊維の端々が変色している。彼女も浅くないダメージを負っていた。

 

「なら、アイリーンの次は私が交代する番」

「なっ!? スーちゃんはもう十分働いてくださいました! だから、帰って休んで下さい…!」

「では、スーさんの次は私が」

「デモン山さん!?」

「はい。我々、上級種族4名で魔力供給をローテーションすれば、なんとか1日は魔力を保たせられるはずです」


 軽く計算してみたが、最終的にはジリ貧となるが、どうにか保たせることはできそうだ。私が計算に関して説明すると、スーさんは頷いた。


「なら、今夜も残業だ。残業手当は、あのバカな姫様と、粗悪品納入しやがった魔力炉業者から分捕ろう」

「ええ、そうしましょう」

「ま、最終的には、社長のお許しが出たらになるけれど」


 私とスーさんは、揃ってアイリーンさんを見た。

 アイリーンさんは、怒っているような、笑っているような、あるいは、泣いているような表情を浮かべている。


「…もう、皆さん…無茶ばっかりして!」

「アイリーンさんだけに無茶はさせません」

「早くヨヨを助けに行こう、アイリーン」

「本当に、本当に…まったくもう…!」


 私達を映すアイリーンさんの瞳に、涙が滲んだ。

 ぐしぐしと、アイリーンさんはそれを拭う。


「仕方ないですね! もう一仕事、頑張りましょう!」


 私達は歓声と栄光を背に、ヨヨさんの元へと急いだ。

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