第2話

 案内された工房の中は、凄まじい量の設計図と建築資料、設計法の指南書や、魔王領における建設法に関する書籍で埋め尽くされていた。

 工房の職人のというよりも、まるで図書館のようだというのが、私の素直な感想だった。

 ちなみに、その書籍の中に月刊ダンジョンマスターも並んでいるのもしっかり確認した。本当に有り難い。


「あ、その…部屋が汚くて、すいません…。普段、お客様が直接来られることが無いものですから…」

「突然訪問したのはこちらですから、お構い無く」

「とりあえず、こちらにお掛け下さい。お茶を御用意しますね」

「ありがとうございます。いただきます」


 私はおもてなしを辞することなく待つ。こういう場合、安易に断ってしまう方が、逆に相手を気を遣わせてしまうと長年の記者生活から学んだ。

 アイリーンさんが淹れてくれた悪魔草茶をいただきながら、私は早速インタビューに入った。


「本日は、お時間を取っていただきありがとうございます。よろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

「さっそくで恐縮なのですが、アイリーンさんのキャリアをお伺いしてもよろしいでしょうか? エンシェントヴァンパイアということは、かなりの高キャリアだったと邪推するのですが―――」

「いえいえ、そんなとんでもない!」


 アイリーンさんは、顔を赤くし焦った様子で両手を振った。


「1000年ほど前に、エルダーヴァンパイアの御方に見初めていただき、眷属になりました。けど、あまり戦いや策謀に向いていなくて、もっぱら、主様の城―――ダンジョンの守衛をしておりました」 

「そうだったんですね。それでは、生前に設計等のお勉強を?」

「いいえ。デザインや建築、設計の勉強は、そのダンジョンの修理の為に学んだんです。当時はダンジョン全盛期で、冒険者の方が大挙して来られることも多くて…。そうなると、職人さんの手が回らなっちゃうんですよね、どうしても。だから守衛の私も、修理や整備が出来なきゃ…と思って」

「設計術や建築術に関しては、実戦での叩き上げということなんですね」

「ええ。そこで勉強したことが、今もちゃんと生きています」


 アイリーンさんが何気なく向けた視線の先には、古びた製図机があった。おそらく、彼女が設計に使う愛用の品なのだろう。


「ダンジョントラップの世界へ飛び込まれた切っ掛けは?」

「はい、ダンジョンの修理という業務には発動後の罠の整備も含まれておりまして、最初は単純に性能の保全や再設置だけだったんですが、あまりにも冒険者の方々が暴虐で、少しばかり懲らしめてやろうと思い、徐々に手製の罠を手掛けるようになりました」

「最初はどんな罠をお作りに?」

「やっぱり、基本の落とし穴からですね。掘った穴の底に尖った石や剣なんかを仕掛けて。でも、素人仕事だったせいか、あんまり成果を上げられなくて、余計な罠を増やすなって本職さんに怒られちゃったりも」

「その悔しさから、腕を磨かれたのでしょうか?」

「そうですね…それもあると思います。けど、やっぱり、罠にかかった犠牲者の苦しそうな顔が忘れられないっていうのが大きいかな…。瞳孔が開いて心臓が止まっていく様にドキドキしちゃったり…」

「わかります」

「えへへ、友達からは隠れドSだよね、って言われました。で、それならいっそ罠職人、目指してみようかなって」


 そう笑うアイリーンさんは、外見相応の少女のようだった。ヴァンパイアといえば長命種で有名だ。

 長い時を生きる内に、自身への執着を失い、自ら灰へと還る者が後を断たない。近年の魔王領勢調査でも、種族別自殺率でトップをキープしている。

 しかし、目の前のアイリーンさんには、そんなもの無関係であるように見えた。


「なるほど…。ルーキー時代はやはり大変だったのでしょうか?」

「ええ! そりゃもう、大変ですよ! やっぱりヴァンパイアから罠職人目指す人は珍しくて、上級種が鼻につくって、当初は同業さんから仕事を回してもらえなかったり」

「それを乗り越えて今があるんですね」

「はい。一番大きかったのは――今はもう閉鎖されちゃったんですけど、邪道に堕ちた人族の大魔導師さんからの依頼です。あ、元人族のよしみでお仕事いただいたんですけど、ダンジョン第8階層の罠を任されたんですね。第8階層っていうと、来られる冒険者の方もベテランが多くて、もう時間稼ぎと嫌がらせするだけの階って感じだから、とにかく低コストで作って欲しいって言われて、それで、思いきって回転床だらけにしてみたんです」

「そ、それでどうなったんですか?」

「他の階層担当の方々からめちゃくちゃ笑われました。そんな罠でどうする気なんだって。ほら、回転床って致死性もないし地味じゃないですか。でも、運営開始してすぐに、8階層で月間の踏破率を一桁に抑えることができたんです」

「それは凄いですね」


 一般的に、ベテラン冒険者達のダンジョン踏破率は月別平均で約80%と言われている。これを一桁に抑えるのは本当に凄い。一体どんな回転床だったのか。


「はい。私もビックリしちゃって。ダンジョンマスターの大魔導師さんにもとても満足してもらえて…。その時、天啓っていうのかな。あ、私、これで食って行こう…って思ったんです」

「それからずっと回転床を手掛けていらっしゃるのでしょうか?」

「弊社は迷宮工房なので、手掛けるのは回転床だけじゃないですけど、そうですね…。回転床は沢山作ったと思います。魔法で身体を浮かべても発動する機構で特許を貰ったりとかも」

「たしかにあれは凄かったです。え!? あれ?! ってなりましたよ」

「あぁ! 試されたんですね! ありがとうございます」


 アイリーンさんの屈託のない笑顔に、一瞬絆されてしまいそうになる。

 出来る限りの中立の視点から記事を書かねばならぬライターの身だと言うのに。


「このお仕事をしていてお悩みなどは?」

「悩み、ですか…? 悩みは沢山、沢山ありますね…」

「例えば、どんな?」

「それは――」


 アイリーンさんが答えようとしていたところ、突如、ドォゥーンッ! と、大きな音と振動が響き渡り、アイリーンさんの背後で、本や書類を詰めた棚が前のめりに転び、書類の山脈が土砂崩れを起こして道を塞いだ。


「い、一体何が…!?」

「……」


 突然の爆発魔法のような音に焦る私に対して、落ち着いているアイリーンさん。

 彼女は小さく嘆息すると、


「これが悩みの一つですね…」


 そう言って、苦笑した。

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