過ちと未来と

 彼女の……いや、彼女じゃないのか……ウェレダの股間には、おれの予測していなかったものがあった。おれはほんの僅かな間硬直したあと、念のため胸にも手を伸ばしてみた。


 ウェレダは普段、ゆったりした上衣をまとっていたから、まああまり豊満ではないのだなくらいにしか分からなかったのだが、まあこの段になれば予測の通りではあるわけですが胸はぺったんこで、普通に硬かった。


 要するに、ウェレダは男だった。そしてこれだけいじくり回せば、当然既におれのやっていることに気が付いている。


「ティー君……ウチのこと襲うつもりなん?」


 この体勢と状況で否と答えて言い抜けられるとも思えないので、正直に返事をする。そのつもりだったが、予想外の展開になってどうしたらいいか分からなくなっている、と。


「えっとね。もしかしたらずっと知らなかったのかもしれないけど、アルキ神に仕えるかんなぎは、男がやる決まりなんだよね」


 もしかしなくてもずっと知らなかった。でも服は? あれ女物の服だよね?


「それもそういう決まりなの。アルキの男巫おとこみこは女の装いをしなければならない、ってことになってる。ずっと昔から」


 なるほど。はい。うん。分かりました。


「ウチのこと女の子だと思ってて、それで抱こうとしたの?」


 そうです。


「……ほんとだ」


 何がほんとなのかというと、ウェレダの手がおれの股間に伸びた。行き場を失ったおれのプリアポス神に、彼女……じゃない、彼の手が触れる。え、プリアポスとは何かって? 男の象徴を司るローマの神だ。


「ティー君のやろうとしたこと、みんなにバレると流石にちょっとまずいんだけど……ウチから誘ったってことにするから。だからちょっと、じっとしててね」


 ウェレダは上体を起こして寝台から降り、おれの前に膝をついた。そして、その口が大きく広げられる。そしておれのプリアポス神が。ああ。おれのプリアポス神が、嗚呼!


「んっく、んっく……ん。いっぱい出たね、ティー君」


 数分前に想定していた流れとは大きく異なっているが、しかしそれでもおれは至福の感覚に包まれていた。その日は、そのまま自分のねぐらに帰って寝た。


 翌日、ウェレダは司法会議を招集した。といっても村の顔役何人かが集められて話し合いをするというだけの場ではあるのだが、議題はこうだった。


「姦淫の罪を以てウェレダを裁き、またその祭司の任を解くべきこと」


 アルキの男巫は純潔を守るべきことを義務と科せられているのだそうだ。似たような風習はローマにもある。炉と家庭の和を司る女神、ヴェスタ神に仕える巫女は代替わりするまで処女であることを求められるのだ。つまり彼女らは女だが、本質的には話がそんなに違わないし、それ自体は驚くには値しない。


 さて、おれは奴隷であるに過ぎないので発言権がない。ウェレダに課せられるべき刑は、頭から袋を被せて沼に沈める、というものだった。要するに死罪だ。おれが死刑になる覚悟はしていたが、まさかウェレダが殺される羽目になるなんて思ってもみなかった。とんでもないことになった。


 で、おれはそれでどうなるのかということだが、おれはウェレダの処刑が終わり次第、別の誰かに下げ渡されることになるそうだ。奴隷として。


 村に牢屋なんてものはないので、おれたちは部族長の屋敷に置かれ、監視を付けられた。


 そして、その夜。


 おれはウェレダを連れて逃走を図った。見張りはいたが、居眠りをしていた。そいつの持っていた剣を奪い、おれはウェレダとともに馬小屋へと走った。ナハナルウァリ族はあまり馬を用いないが、さすがに部族長は自分の馬を持っている。


 おれの実家は解放奴隷で、たいした家柄ではないが金だけは持っていた。おかげでおれは幸運である上に、馬術というものができる。


「ティー君……ウチのこと、どこまで連れていくつもりなん?」


 さてな。


「分からない。だけど、行こう。二人で、行けるところまで」


 ウェレダは満面の笑みを浮かべて、答える。


「うん……いいよ。ティー君がついて来いって言うんなら、ウチ、どこまでも付いていくから」


 おれは馬に鞭を当てた。そして走り出す。未来へと向かって。

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アルキの森の男巫 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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