【再掲&分割】05(前編) やがて世界は牙を向ける







「……ボス、どうやら俺は孤立したらしい」


「あんた、藪から棒になに言うとるんや?」


 俺はここのボスに実戦経験を買われ、数日前に異動してきた。


 これまでの経験を元にした見識、見解、見聞等を報告書、あるいはレポートへ反映するデスクワークに追われる日々が故に、運動不足が心配だ。


 運動不足と言えば先日の事、思わぬ再会を果たす前の熱い準備運動的なロマンスがあった二人だけの秘密……。


 あれは最ッ高にいい運動だったよ!HAHAHA!……今のところ誰一人としてバレてはいない。


 秘密は秘密のまま、その一方でやさぐれていたボスの表情がとても明るくなった、と同僚達から評判である。


 しかし、どういう訳か……初日から数日間、感じの良い同僚達も今日に限っては一転、急によそよそしくなったもので困り果ててしまう。


 こう言うときはボスに相談をするついで、スマートにランチへと誘ったわけだ。

こんなイカした男なんてそうそういねぇぜ?


 ……とまぁ、前菜として何か面白い話題でも振ってみるか。


「過去の実戦での経験を元にレポートを書き上げて、同僚達にチェックしてもらったらな…、どういう訳かドン引きされてね」


「……そらあんた、『世界各国・各地域別 断末魔一覧』なんて表題のレポート、いったい誰が得するねん?」


 ボスは怪訝そうな顔をして問う。


「断末魔に至る方法も色々あったからな、出来る限り網羅したつもりだ。これをマニュアル化すれば戦地におけるPTSD対策になるかもしれない……おかげで今日は誰もランチを一緒にしてくれなくてね…」…


「そらそんなん見たらな、医者かサイコパス以外は食欲不振に陥るやろ? あんたはアホか?」


「うーん、ステーキに誘ったのが良くないのかな? あそこのランチはコスパが良さそうなんだけどね」


「やっぱアホやったわ……それな、チョイスに悪意あるやろ?」


「まぁそうかもな、ステーキ以外でも今日は遠慮するってさ……そんな訳でボス、ランチをご一緒してくれない?」


「はぁ……ま、ええけど、ステーキは無しやで?」


 ため息一つ吐かれる有り様、どうやら俺が悪いらしいが、それでもランチをご一緒してくれるボスの優しさが染み渡る。


  もっとも、最初からボスならそう言うって確信してたけどね、HAHAHA!


 さて、候補から外れたステーキ以外の良いお店を提案しようじゃないか。


「海鮮系、焼き魚定食のおいしいお店なんてどうだい?」


「うん、ええで」


「マグロ丼もおすすめ……「焼き魚でええやろ?」……え、駄目?」


「さっきの話から連想してまうやろ?」


「あ……そう言うことか。それじゃ焼き魚だな」


「ええ判断や、ほな行きましょか」


「ありがとうボス、誘った甲斐があったよ」


「ええんやで、部下に寂しい思いをさせるのもあれやからな……もっとうちに感謝してもええんとちゃいますか?」


「勿論、優しくて部下思いで笑顔がとてもチャーミングな綺麗で美しい素敵なボスに恵まれて感謝しているさ?」


「……大尉、なにナチュラルに口説こうとしとんねん?……そらもっと言うてくれてもええんやけど、今は勤務中やから自重してな?」


「オーライ、かわいいボスに嫌われて泣かずに済んで良かったよ」


「かめへんかめへん、ちょうどうちもどないしようか悩んどったんや……せやけどな、食事中は、一旦その話は無しやで?」


「うむ、ボスの分も食べたら苦しいからね?」


「「HAHAHA!」」


 俺のことをよく理解し、尊重してくれるボスのお陰で、一部の世界からは蔑まれ、いついつか牙を向けられてもおかしくないのにも関わらず、ここで平和な日常を謳歌する事が赦されている。


 ランチの後、同僚たちにフォローを入れてくれたボスには感謝しきれない。


 同僚たちもなんだかんだ良い人揃いで恵まれている。


 ここに来たおかげで心の底から救われていることを、俺は信じても良いのだろうか?


 それだけに先日の件はともかくとして、日を追う毎にボスを注視する事が増え、少しでも時間を共有したいと思うようになっていった。

……そう、彼女に惹かれるまでそう時間を必要としなかった。


 いったいどんな魔法が掛かったのだろうか?───。








「答えを聞こう、お前は俺の下に付くか、族滅か、選べよコラ?」


「わ、わかった、魔王様の実力はよくわかった! あんたの下に付く!」


 手にしたマカロフPMは良い仕事をしてくれる。


 デモンストレーションで血祭りを演出した後、相手の頭に突き付けて交渉すれば、大概素直に応じてくれる。


 全く、この手に限るが…いったいこれで何件目だ?


 俺は全然覚えていない、それは使った弾と散った御霊に聞いてくれ? HAHAHA!


 さて、素直な奴にはもう一つ、こちらの要求を飲んでもらわないといけないね。


「それでいい…ところで、うちの所領を荒らした落とし前はどうするつもりで?…さっさと答えろよ?」


「そ、それは…『BANG!』───」


 交渉相手だったものは頭から血飛沫を飛ばしながら床に転がり落ち、赤黒く染まったものと化して動かなくなった。


 また弾と御霊の追加だね、HAHAHA!


 この場に残る彼の側近と思われる者は、デモンストレーションから終始、呆然と立ち尽くしたまま空気に呑まれていた。


「落とし前はついたな……で、そこの側近か?  もう一度聞くが……」


「あなたの下に付きます。この度は我が当主……いいえ、改めて先代が魔王様の領地を荒らしてしまったこと、大変申し訳ございませんでした……どうか、我が一族の働きでもって、魔王様への贖罪とさせていただけませんでしょうか?」


 つい先ほどまで呆然と立ち尽くしていたとは思えない頭のキレ、回転の早さは側近を勤めるだけあるのか、切り替えのよさに思わず感心してしまう。


 即座に当代だったものを先代呼ばわりする、まさに機を見るに敏であり、この一族は彼の存在に支えられていたのであろう。


 ブラックユーモアのセンスもあるようで、どことなくだが気が合いそうだ。


「既に落とし前はついた故、詫びなど無用、不要だ。あなた方の一族、これからの働きに応じた待遇を約束する」


「はっ、ありがたき幸せ……魔王様、私が申すのも難ですが、本当によろしいのですか?」


「たった今、道理のわかる奴に代替わりした……それだけの話だろ? あんたは時勢が読める優秀な奴だ、名は?」


「はっ、私はウェアウルフ族のアンドリュース家の……あの、魔王様。私は妾の子、嫡子ではありませんので……」


「決まった名前は無いのか? 先代はともかく、名のありそうな……そうだな、嫡男はどこだ?」


「魔王様が真っ先に撃った相手でしたら……ああ、そこに転がっていますね。そう言うわけですので、嫡流は本日を持ちまして途絶えました」


 デモンストレーションで真っ先に倒れた奴か……他に数体転がっているが、唯一この場で生き残った彼以外、一族の大物は御霊となったようだ。HAHAHA!


「そうか、アンドリュース家に代々伝わる名は?」


「代々当主は"タロン"と名乗りますが、まさか私が?……流石に畏れ多いばかりか、つい先ほどから縁起も悪くなりましたので……私は遠慮しますよ?」


「「HAHAHA!」」


「タロンの名はお前の後継者にくれてやれ」


「えぇ、繁殖期を迎えたら新妻と励んで参ります」


 新妻か……もう会うことすら叶わない前世の嫁が恋しいね、全く……って、いかんいかん。ノスタルジックに浸っている場合じゃないね。


 アンドリュース君のジョークを笑えないのはらしくない。


「HAHAHA! それがいい、お前はお前だからこれからはもっと自由に生きろ。しかし、名前が無いのは不便だな……ジローなんてどうだ?」


 タロンから連想すると、太郎っぽいから次郎と連想し、アンドリュースも安藤っぽいから日本人っぽい名前でもよかろう。


 果たして、"ジロー"と言う名を気に入ってくれるかな?


「はっ、ありがたき幸せ。これより私は、ジロー・アンドリュースと名乗らせていただきます」


 どうやらすんなり受け入れてくれたようで何よりだ……安藤次郎という名が頭を過ぎり、思わず口角が上がりかけたのは内緒ね?


 そんな彼には早速ひと仕事をしてもらおう。


「ではジロー君、早速だがお前の仲間を呼んできてくれ……ああ、俺に言えた義理ではないが、彼らを埋葬する。一族の掌握も同時進行で済む事だろう」


「はっ! 先ほどまで敵だったものに情けをかけていただけるとは……深く感謝いたします。それでは早速仲間を呼んで参ります。失礼」


 言うが早く駆け出したジロー君の背中は、あっという間に消えていった。


 凄い脚力だ、スタミナもあるのだろう。

頭がキレて道理がわかり、時勢の読める上にブラックユーモアも上手い有能な家臣となりそうだ。


 さて、この次も話がわかる奴ならいいんだけどね?───。




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