【再掲&分割】05 (後編)やがて世界は牙を向ける






  成り行きで魔王と呼ばれた果てに、ついには名実そのままの魔王となってしまった。


 ただ自らの平穏な日常の為、周辺の部族、諸侯の頭をぶっ飛ばしたり、時には話し合いを交えた結果として、もはや国と言えるほどの勢力に拡大した。


 そうなれば魔王と呼ばれる俺も、正直面倒だと思いつつ名実ともに魔王として、一つケジメを付けることとなった訳だ。


 会場となる魔王城の大広間は聴衆で溢れかえり、収容できない分は中庭で立ち見となる。


 警備、会場整理の為、イベントスタッフの業務を行う部下たちが居並び、集まる聴衆達を前に緊張する場面……うむ、とても良い眺めだ。


 それよりもだ、皆様静かにしてくれないと俺は一言もしゃべれないよ? こう見えて意外と人見知りなんだぜ? HAHAHA!


 あまりに熱狂している観客の皆様を静めるべく、右手を掲げて制止をしたつもりが、かえって歓声があがる人気者ぶりに思わず困惑を覚える。

俺はローマ式敬礼をするドゥーチェか? 決して総統万歳じゃないよ?


 全く、そろそろ少しぐらいは、静かにしてもらいたいね……あなた達が静かになるまで何分必要だろうか?


 これじゃあまるで弾が足りないね。HAHAHA!


 演説と扇動の天才よろしく、しばらく沈黙を保っていれば徐々に聴衆たちは静まり返って行き、今か今かと待ち受ける彼らの手のひらはよく回るもの。


 頭の中でスピーチとスカートの関係性について考察し、とどのつまりらそれは履いている女性次第と言う結論に纏まった頃、ようやく口を開くことが出来たナイスタイミング。


「諸君……まずは結論から言おう……今、ここで魔王軍の創設を宣言する!」


 戸惑いの声と歓声、聴衆の予想とは反する構成だろう……これなら止める必要は無い。

こちらのペースに付き合ってもらおう。


「諸君、魔王とは何か? 例えばそうだな、恐怖、支配、あるいは力の象徴か?」


 聴衆への問いかけに対し、様々な返答が生まれる素晴らしい多様性……が、敢えて俺はこう言う。


「……否、魔王とは何か?……それは、この世界にもたらされるべき新しい価値観、概念の象徴そのものである!」


「「「「「「Woooooo!!」」」」」」


「……もっとも、私はただの代弁者にしか過ぎんがね?……しかし、その代弁者たる我の元に集う者たちよ、このまま肌の色、毛色が違うからと迫害されるがままで良いのか?……変わろうとは思わないのか? 変えるべくして行動しようと思わないか?……共に生存する権利の為、立ち上がろうとも思わないのか?」


「「「「「「Nein!」」」」」」


「……そうか、そうだよな! 諸君らと心を同じくして、その代弁者となる魔王の私は、違うと断言する! 我々は負け犬か? 違うだろ? そうだ、私はこのクソッタレな世界の見方、その全てを変えて行くための同志たる諸君たちを導くべく、この世界に君臨したのだ! 諸君らの過ごす今日という最高の一日を! 明日をもっと良い日にしようと夢見て安心して眠りにつける平穏を! そして、諸君らと子供たちの描いた輝かしく、素晴らしい未来を望む当たり前の平穏を! 心を同じくした諸君らの夢見た先を掴み取る為に、私は行動することを宣言する!! 余は常に諸氏の先頭にあり!!」


「「「「「「Woooooo!!」」」」」」


「……私は、諸君ら達と共に生きる今日を、明日を、そして未来の平穏を求め、我々の手で、真の独立を勝ち取る為に私は行動するのである!!」


「「「「「「Fooooooo!!」」」」」」


「……諸君、いずれ我々を淘汰するべく、もう一つの正義を語り挑んでくるであろう奴らに思い知らせてやろう。……我々の威信と誇りにかけて……ここが、我々の祖国であると知らしめてやるのだ! 諸君自らの手で尊厳を、祖国を、そして愛するものたちを護るべくして立ち上がり、我々に牙を向けたこのクソッタレな世界を共に変えるぞ!! 生存競争に挑戦状を叩きつけてやろうではないか!!」


「「「「「「Woooooo!!」」」」」」


 スピーチとスカートは短い方が良い、例えとしてそれには同意しつつ、伝えることはシンプルにこんなもので良いだろう。うん、タイトスカートのキツネ顔美人……最高だ!


 ま、スカートに関して言えば、長かろうが短かろうが、個人的にどちらも魅力的で良いと思う……何よりもスカートを履いているその人が素晴らしいのだ。


 一方で、聴衆達の反応はと言うと……。


「「「祖国!!」」」

「「「万歳!!」」」

「「「魔王様!!」」」

「マラビジョソ!」等のワードで埋め尽くされた歓声に包まれ、校長先生は嬉しいよ……って、俺は魔王だったね。

どさくさ紛れにラテン系の言語も耳に入ったが、いったい誰なんだ?……まぁいいか。


 さて、校長先生のお話のような、つまらんお堅い演説はおしまい。レジェンドはいったいどんなお話をしていたのだろうね?


 そろそろ次のプログラムに移ります、皆さん静かにしてくださいね……弾がいくつあってもまるで足りないのでね、ご協力お願いします……一応弾を装填しておこうか。HAHAHA!


 それからしばらく、聴衆たちの熱狂がだいぶクールダウンした頃合い、次のプログラムに移りますよ。


「諸君……今後、我を倒すべくして勇者が現れたその時は……」


 静まり返る聴衆よ、さぁ祭りの始まりだ。


「全力で逃げろ! 想定、勇者襲来! 総員、避難訓練の時間だ!」───。







「これは酷いな……たかが勇者のクソガキ一人にここまでやられたか……」


 積み上がったもの達は何も語らず、身体裂けども心は裂けなかったつわもの共の行く末。


 意地、尊厳を護るべくして戦って逝ったもの達を、変わり果てて何も語らぬもの達を、目を閉じて見送る事だけの虚しさは前世と変わらない。


 いつ、いつか迎えるだろう魔王と言う名の宿命か、ついに世界が、その牙を向けたのだ。


 周辺の諸侯、部族を制圧して一息ついた段階で魔王軍を設立し、それから幾月か平穏なまま時ばかり過ぎ去っていった。


 表面上変わらぬようで着々と内政、軍備を整えて外交も無難に展開した結果、友好的な訪問者が多くなり、その反対である魚の餌、あるいはグールの餌候補がほとんど途絶えた。


 何事もなく通り過ぎていき、それまでと一変した日常はまやかしを思わすような、まるで実感の湧かない平和を甘受し、平穏な日々を謳歌していた……はずだった。



 ───それは突然の事だった…。



 いつものように領内を巡回している警備隊から、本来ならば来るはずの定時連絡。

それが突然途絶えた事で、やはり平穏な日常がまやかしだった事を思い知らされた。


 即応可能な部隊をかき集め、展開して警戒ラインを形成。情報収集に勤める。


 仮に警備隊を襲ったのが勇者クラスだとしたら……防衛ラインを敷くには間に合わず、そもそも意味をなさない程の脅威である。


 それから程なくして、敵と見られるものを捕捉したとの情報が入り、続く詳細を待つ合間に城に詰めている部隊の編成が整い、合戦準備は完了した。


 しかし、届いた続報は最悪であった。


『.-.---.-..-...-..--..---.-..--..-....-.-..-..-...-...-.--.-.--.(敵は勇者と認められる)』


 使い魔であるダークフェアリーから発せられたカナモールスの点滅光、即座に『待避』と命じた。


 思った以上に相手が悪すぎる、少し悠長に構えすぎたようだ……後程もたらされるであろう被害状況報告を考えただけで頭が痛い。


 今出来る最善の行動は……こちらが定める合戦場に誘導し、魔王である俺が直々に迎え撃たなければならないか。



───世界よ、牙を向けるべき相手は俺だろ?



 やがて……魔王城に勇者パーティーが襲来。彼らを迎え撃った戦闘そのものはあっけないもので、終わってみればそれはもう酷い有り様だった。


 あらかじめ勇者が襲来した場合、逃げるように通達していたものの、実戦ではそう簡単に事は運ばないものだ。


 得られた戦訓は実りある一方、犠牲は大きく続々と運ばれてくる死者、負傷者を尻目に事後処理を淡々と進める。


「被害状況、確認出来る範囲で集計、報告をしろ」


 配下からの報告を待ち、しばらくしてもたらされた情報は以下の通り。


「魔王様、我がウェアウルフ族の戦死者2名、負傷者5名です」


───ウェアウルフ族、分隊換算で壊滅。


「報告! コボルト族、戦死者5名、負傷者20名…」


───コボルト族、小隊換算で壊滅。


「コチラゴーストゾク、ソンガイカイムデス」


───ゴースト族、健在。


「報告します。ゴブリン族、戦死者7名、負傷者10名……」


───ゴブリン族、小隊換算で全滅判定。


「報告、タウルス族、負傷者若干名……」


───タウルス族、損害軽微。


「報告します。我がオーク族の戦死者2、負傷者4……」


───オーク族、分隊換算で壊滅。


「-.----.-.-.----..-.-..-.....-.-.--.-.(ワレ、ソンガイナシ)」


───ダークフェアリー族、損害無し。


「……族……戦死者1、負傷者4……」


……族、分隊……壊滅……。


───族、分隊───損害───。



「……」



……戦死者……負傷者……。



……隊……滅……。



───戦死───負傷───。



───。






「……魔王様、我が軍の損害の集計が終わりました事を報告いたします。内訳は……」


「不要、無用。戦死者49、負傷者150……間違いないか?」


「はっ! 間違いありません」


「報告に上がっていない行方不明者はどうなってる?」


「はっ! 行方不明者に関して、手空きの部隊を派遣。先行しているダークフェアリー族と合流後、連携して捜索・救助に勤めます。また、応援としてドラゴニュート族、ハーピー族を加え、徐々に捜索範囲を拡大していく予定でございます」


「完璧だ。ジロー、追加オーダーだ。捜索範囲と勢力圏が被る氏族に状況を説明……具体的にはダークエルフ族、エルフ族、トライアド族諸々に話を通した上で協力を要請する」


「はっ、早速手空きの者を向かわせます……ところで協力を得られない場合は?」


「そりゃシンプルだよ?……BANG、ってな?」


「「HAHAHA!」」


「魔王様らしいですね、わかりました。それでしたら私が向かいましょう」


「そりゃ心強い、それでは頼んだ……」


 ジローの背中が小さくなるまで見送ってとりあえず一段落、ようやく存分に一息を吐き出せると思ったその時だ。


「魔王様! た、大変です!」


 慌ただしく転がり込んで来たチャゲを前に、吐くべき一息は飲み込んで続く言葉を傾聴する。


「大変です! さっ、先の勇者が……」


「勇者がどうした? 間違いなく頭を撃ち抜いたはずだぞ?」


「そっ、それが……いっ、息があります、息を吹き返しました!」


 なんだと?……いったいどうなってやがるんだ?


「まっ、魔王様、とにかくこちらへ!」


 クソッタレ! 勇者の方がよっぽど化け物じゃないか───。






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