CASE2 もしも宝くじで8億円が当たったら②



その日の夜。学園から帰ってきた俺は大事な話があると両親に言われ、リビングにやってきた。もちろん宝くじのことなのは分かってる。

半日かけて両親も気持ちが落ち着いてきたのか、朝のようなテンパリ具合はもう治まった様子だ。


「さて……おほん。とりあえず、ちゃんと手続きは済ませてきた」

「ほんとに大丈夫? うっかり書類の書き間違いとかなかった?」

「大丈夫だ、そんな――大丈夫かな? なぁ、真由美、大丈夫だったよな? 間違いとかなかったよな? 無効になったりとかしないよな……?」

「だ、大丈夫だと思うわよ? えーと、でも何かあったら……あ、銀行の人に名刺貰ってたわ、連絡取れば……」


俺の余計な一言をきっかけに、また騒ぎ始める両親。

やっと落ち着いたかと思ったらそんなことはなかった。

まあ、人生が一変するだけの金額が当選したのだから当然といえば当然か。


「ん、げほんげほん……あー、いいか? とりあえず、今回のことなんだが……宝くじが当たったことは、家族だけの、秘密にしておこう……」

「なんで小声?」

「誰が聞いてるか分からないでしょう? 他人に知られたら、きっとろくなことにならないわよ……」

「…………」


そこまで神経質にならなくてもいいんじゃないかと思うものの、口出しできる雰囲気でもなかったので俺は黙ってうなづいた。


それを確認した父さんは再び咳払いをひとつすると、真剣な表情になって俺の顔を見据えた。


「――という訳だ悠人、これはお前が責任をもって管理しなさい」

「え”」


差し出された自分名義の通帳を見て、ヘンな声が出てしまった。


「なぜ驚くんだ? お前が買ったくじなのだから、当然だろう?」

「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。俺まだ学生だし、そんな大金の管理なんて出来ないよ。俺はいいから、父さんと母さんが家族のために自由に使ってくれれば……」

「「……………………(こくん)」」


そう言うと、両親が顔を見合わせて頷いた。


「今の回答を聞いて安心したわ」

「ああ、父さんも悠人ならそう言うと思っていた。だからこそお前に預けるんだ」

「え、ちょ、そんな、困るって……」

「お前はもう18歳になっただろう? 知っての通り、今年から18で成人扱いになる――つまりもう子供じゃないてことだ。だから、悠人には大人としての責任を持ってもらう」

「うっ……」


まったく想定外の展開に、上手く言葉が出ない。

たしかにその宝くじは俺が買ったものだし、人として間違った使い方はしないだろうと信用してくれているのかもしれない。

しかし目的はあくまで両親の反応を楽しむ――じゃなくて、少しでも楽をしてもらおうと思っただけで、それを今になって俺に預けるだなんて言われてもこっちが困る……


「まあ、一生働かないで遊んで暮らそうなんて言おうものなら、その時は覚悟することね?」


そういって意味深な笑みを向けてくる母さん。隣に座る父さんも腕組みをしながらうんうんと頷いている。

そこで俺は、ようやく自分の根本的な読み違えに気付いた。


両親は根っからの善人だ。ふっと湧いたあぶく銭に溺れるような底の浅い人間であったのなら、血縁関係もない――人を恨み世界を呪っていただけのクソガキだった俺を引き取ろうとなどと考えるはずもない。


だから、本来得るはずのないこの汚れた金を受け入れないのは、彼らにはとっては自然な流れだったのかもしれない。

仮に使い道を見つけたとしても、それはきっと自分のためではなく、俺や聖良……あるいは世の中のために使うはず。


そう思うと、いままでの自分の言動と思考がどれだけ彼らに対して無神経だったかということを思い知らされる。


「……分かったよ。ひとまず俺が預かるけど、お金が必要な時は遠慮しないで言って。だいたい1人の人間が使い切れるような額じゃないんだからさ」

「ははっ、息子を頼るにはまだまだ早いとは思うけどね。まあ、父さんが会社で何かやらかしてコレになった時はよろしく頼むよ」

「ハハハ……」


自分の首を切るジェスチャーを交えながら笑い飛ばす父さんに、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


……というわけで、我が家の方針としてこの当選金は極力使わないことにすると決まった。


だがやがて俺たちは思い知る。


自分たちの認識の甘さを――











7月20日。


『この間のお墓参り、びっくりしたわよ。お墓もぼろぼろになっちゃって……大分長いから、仕方ないのかしらねぇー』

「はぁ」

『放っておいたら、中の人たちがかわいそうでしょ? でも石屋さんとか、結構かかるのよー。ほんと、どうにかならないかしらねー』

「それは大変ですね。あ、父が帰ってきたのでそろそろ切りますね。叔父さんにはよろしくお伝えください」

『え、ちょっと悠人く――』


がちゃん!


俺は受話器を耳元から離すと、やや乱暴にして電話機に置いた。

これでいったい何回目だろうか……


「ただいま……あぁー、まいったまいった」


リビングに入るなりソファにダイブする父さん。

父のくだりは電話を切り上げるための方便だったのだが、本当に帰ってきた。


「おかえりなさいあなた。今日は遅かったじゃない、トラブルでもあった?」

「お父さま、お酒臭い……」


台所で洗い物をしていた母さんと聖良が出迎えにやってくる。

聖良の言うとおり、父さんはひどく酒の匂いを漂わせていた。


「いやー、無理やり飲み会に連れてかれちゃってね……あんな強引なやつらじゃなかったはずなんだけどなぁ」

「同僚の人が豹変? 心当たりはないの?」

「それがなぁ……どうやら宝くじのことがばれてるみたいなんだよ」

「えっ、どうしてよ、秘密にしてたんじゃないの?」

「そっちだけじゃないよ。最近よく親戚とかから電話がかかってくる。さりげなくお金くれって言ってる感じ」

「あ、あぁー……確かにそうね。さっきのもでしょ? 紀子おばさん、向こうからかけてくるなんていままで滅多に――」


ピリリリ……


そこへまたしても電話の着信音が鳴り響く。


「はい、小日向です」


今度は聖良が応対に出る。


「……はい? あぁ、はい。はぁ……すみません、我が家ではエビをあまり食べませんので。間に合ってます」


がちゃん。


「聖良、なんだって?」

「エビ養殖場のオーナー権に興味はありませんか、とのことでした」

「おいおい……なんでそんな――」


ピリリリ……


「はい、小日向です。…………はぁ、せっかくですが我が家は揃ってお兄様教なので。異教徒は死んでください」


がちゃん!!


「な、なんだって……?」

「死後の安息のために寄付をしませんか、とのことでした。ちなみにお兄様教というのはですね――」

「聞きたくない聞きたくない聞きたくない」


俺は両目両耳を塞いで首をブンブンと左右に振った。

そんなろくでもないカルト教団の教義なんて聞いたら最後、俺は穴を掘って死ぬしかない……


ピリリリ……

ピリリリ……

ピリリリ……


その後も鳴り止まぬ着信音に、ついに父さんがキレた。


「おかしいぞ! どうしてこんなに、うちの宝くじのことが知れ渡ってるんだ! 異常だぞ!」

「まさか、盗聴器とか仕掛けられてないかしら……いやだ、家の中ちゃんと調べないと……探偵とか雇ったほうがいい?」


盗聴器って……さすがにそれはないでしょ母さん。


「なにか、近所の人に見られたりとかないの? 心当たりは?」

「ありえない! 銀行行くときだって、心配だから金庫に入れたまま頑張って持っていったからな! だからくじは見られてないはず……!」

「明らかにそれが原因じゃないか!!!」


俺の、一度でも抱いた両親に対しての罪悪感と尊敬の念は一体なんだったんだと叫びたくなるような一言であった。


ピリリリ……

ピリリリ……

ピリリリ……


ひっきりなしにかかってくる電話。

親戚だろうが知り合いだろうがまったくの他人だろうが、揃って等しく金金金。

きっと周囲の人も同じように態度を変えて両親に迫っているのだろう。だからここまで追い詰められてしまっている。


既に立ってしまった噂は止められない。

ことわざ通り、75日で終わるかも怪しいものだ。


とにかくほとぼりが冷めるまで、軽率な自分の行動を反省しながら慎重に生きていくしかないな……



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7月が永遠にループする世界で俺は自由に生きる がおー @popolocrois2100

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