第3話 百年に一度

 何でもいい。

 この状況、現状に僅かな歪、変化が欲しい。

 その願いが通じるのにそう時間はかからなかった。

 

 それは突然の事だった。

 ナナと白の魔人が先程産まれたばかりのレミナを連れて私達の元から離れ洞窟の奥へと去っていく。


 これはまたと無い僥倖だ!


 「チャンス!!行くわよアリサ」


 「え、ちょ先輩!」 


 その好機に私はアリサを連れて洞穴の入り口へと急ぎ走り戻る。

 

 たどり着いた外の世界で見たのは何一つ変わらない、いつもの世界。

 延々と続く灰色の砂漠、深呼吸しようにも空気は相変わらず塵や灰混じりでロクに吸えたもんじゃない。

 この景色とまずい空気を目の当たりにして改めてここは現実なのだと思い知らされる。

 

 「さて……これからどうしようか」


 「そりゃまだ任務中ッスよ。先輩忘れたんッスか?私達の任務はシエルムーンの落ちた都市ドラコニアへの訪問と調査ッスよ。ドラコニアに向かって旅を続ける以外に選択肢ってあるんッスか?」


 アリサの言葉は正しい。

 どうやら明星の吸血鬼ブラート・ルシファーという種族は精神面ではそこまでの変化が無いように思える。

 

 というのも元騎士のアンデッドどもは「死んだ後まで働きたくない」とか「食うには困らなくなった、食えないから」とか「幽体になったらやる事は一つ、女湯を覗く事だ!」とか好き放題言って任務を放棄どころか洞穴から逃げようとすらしない有様だったからだ。

 

 (まぁ死して尚、何かに縛られたくないという彼らの気持ちも分らんでもないが)

 

 「……待て」


 気配も無く突如私達の前に現れたのは六本腕の魔人であった。

 隙を突いて逃げたつもりがこうも簡単に追い付かれるとは。

 

 「アンタいつの間に?てか喋れたの」


 (やはり、そう簡単に逃がしてはくれないか)


 軽く身構え剣を手にかけた時、アリサがこちらを見て首を振った。


 「どうやらお話がしたいだけみたいッスよ。さっきまでの殺気が無いッスもん【さっき】だけに」


 「……たく、この状況でつまらない洒落をいうのはよしなさいよ」


 少し距離を取ってから剣を鞘に戻して魔人に問いかける。


 「それで?私らに何の要件あるっていうの?」


 「と言ったら分かるかしらね」


 「ひゃ、ナナ!」


 あの魔人がいるという事はナナも近くにいるとは思ったが……いきなり耳元で囁くのは反則だ、私は思わず飛び上がってしまった。


 「まったくイルってば、レミナの着替え中に旅立とうとするなんてせっかちにも程があるわよ」


 確かによく見るとレミナはさっきまで文字通り生まれたままの姿だったはずだったがいつの間にやら青地の衣装に黒ローブ姿のいかにも駆け出しという感じの魔術師の装束に着替えていた。

 

 「そうですよイル様アリサ様、私達を置いていくなんてメッですよ!」


 (先程姿をくらました理由はこれだったのか)


 しかし何故彼らは私達の目的地を知っている?

 いや、さっきの会話を聞かれたのか?


 「……ドラコニア、かの地へ行く事は帝国第七騎士団に与えられた任務であり貴様らには関係の無い話だ」


 「そうッスよ、それに自分達の立場分かってんスカ?騎士団を襲って崩壊させた敵なんすよ?」


 (おっ、珍しくアリサにしてはまともな事を言ってるわね)


 「はぁ……貴方達を襲ったのは此処にいる白くて無口のオッサンでしょ、むしろ私は死を進化の救済へと昇華した恩人なの、お分かり?」


 「……あの、だな先に襲い掛かったのは騎士……それに私はまだ十……」


 魔人は何か言いたげにボソボソと話しているがアリサがそれを遮るように口を開いた。


 「んあ?確かに!そう考えるとウチら確かにナナさんとは戦ってないッスね!」 


 アリサは手を叩いてナナの言葉に納得の表情を浮かべる。


 (いや、納得するんかい!!)


 「お、おほん。それでもだ、敵の一派と思われる者を旅に連れていく事など……」


 「あら、二人だけの寂しい旅で本当に大丈夫と思ってるわけ?……例えばここから一番近い村の場所とかご存じ?」


 試すような視線で私を見つめるナナに少しイラっとする。


 (そんな事も分からないとでも思っているの?こいつは!)


 「ふん、古地図によればここから北西約20キリにオアシスの泉があるそうだ、そこで水を求めた人が集まり集落が築かれているとの事だが」


 どうだ、この周辺には他に水場があるという情報は無い。

 この場所以外に正解は無いだろう。


 「ブブッーそこは15年も前に水源が枯れ村は滅びたわ。正解は南西300キリ先の多雨地域にあるノルポ村よ」


 「なんだと?」


 「あら、私が嘘をつくと思う?」


 こいつは……ナナという魔人は人間とは異なる倫理や価値観を持っているのは間違いない。

 だが今彼女が嘘をつく事のメリットはあるだろうか。

 

 旅に同行したいと申し出た者がわざわざ信用を得られない行為に及ぶとは考え難い。


 「300キリ!?そんな場所まで何もない砂漠を歩き続けるなんて不可能ッスよ!不死っぽい先輩はともかくウチは死んじゃうッスよ!」


 さっきまでのヘラヘラした表情が消え落胆を見せるアリサに対しナナは不敵な笑みで笑いかけた。


 「何がおかしいんッスか!私達の冒険はここで終わりなんスよ!!それにこのままオメオメ帝国に帰ったりしたら下手すれば貴族位剥奪ッス!それは流石に迷惑かかるし色々とマズイッス!」


 確かにアリサの言う通り騎士団を壊滅させ、何の成果も得られずこのまま帝国に帰る事など出来る筈がない。

 

 しかし、だったらどうする?

 灰一色の世界を300キリ歩き続けるというのか?

 それはあまりに無謀だ。


 「……くっ、どうする」 


 「フフフ、ならばいよいよ私を頼るしかないわねぇ……クスクス」


 ナナはここぞとばかりにそう言い放ち、手のひらを何もない場所に向かって広げる。

 するとそこから空間が割れる様なヒビが入った直後に真っ黒な空間の裂け目が出現した。


 「百年に一度しか使えないとっておきの空間魔法よ。これを使ってノルポまで行くかは貴方達次第……レミナ、お先にどうぞ」


 「はい!それではイル様アリサ様私は一足先に失礼します」


 レミナは笑顔でこちらに手を振りそう言い残すと裂け目の中に飛び込み姿を消した。


 (ナナめ……こうなる事が分かっていたな)


 「どうしますか?先輩。やっぱ怪しいッスよね?それともここは度胸ッスか……決めた!ウチ行くッス!閉じていた未来を掴み取るッス!……なんてね、単純に面白そうッス」


 「こら!アリサ!早まるな、待て!」


 再三の静止の声に耳も貸さずアリサは親指を立てながら自らの意思で裂け目へと飛び込んでいった。


 「あら、アリサの方が随分と勇敢ね。まるでそうねぇ【紅の騎士スカーレットナイト】エリンフォールみたいに」


 「なんだと!?ナナ貴様その名は……母上を知っているのか!答えろ!」


 ナナはこちらの反応が分かっていたかの様にかすかに笑みを浮かべたまま無言を貫いている。

 

 (……仕方ない。いいさ分かったよ)


 どうせ逃げる事は叶わないんだ、それに帝国に逃げ帰った所でどうなる?

 死罪か?いや不死であるなら国外追放か?いずれにせよ明るい未来が待っているという事はない。


 だったらいっそ、この人の及ばぬ考えを持った奇妙な存在ナナ・リント・ファーヴニルとの旅もまた一興なのかもしれない。


 旅は道連れという言葉もある。

 それに私も 神龍姫ドラゴネスゴッデスと呼ばれるこいつがどこまで、何を知っていて何を考えているのかそれが知りたくなった節もあるしな。

 

 「いいだろう……裂け目の利用料金はナナとレミナの旅の同行だ、白い奴は置いていく。いいな?」


 「ええ、そちらの方が都合もいいし別に構わないわよ。それじゃあ契約成立ね」


 いざノルポ村へ……とその前に、裂け目の入り口で立ち止まる。

 一つだけ確認したい事を思い出したのだ。


 「ナナ……一つ聞きたい」


 「紅の騎士については時が来た時に話すわ」


 「いやそれもだが……その、百年に一度の魔法らしいがこの魔法で直接ドラコニアへ行く事は出来なかったのか?」


 「なっ!?」


 その瞬間、私はナナに猛烈な勢いで蹴り飛ばされて裂け目へと放り出された。

 裂け目に飛び込む微かな瞬間に見えたナナの表情は顔を真っ赤に赤らめて今にも泣きそうな表情を浮かべていたのが印象的であった。

 

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