掌編小説・『風邪』

夢美瑠瑠

掌編小説・『風邪』


掌編小説・『風邪』



 夫に風邪をうつされてしまった。

 私は人妻で、39歳である。セックスレス夫婦で、子供はいない。

 なぜセックスレスかというと、思想信条とかそおゆうものではなくて、夫が不能だからである。不能なのは仕事のストレスらしくて、私が風呂上がりで裸でいても、まったく興味を示さない。

 どちらかとゆうと豊満なカラダで、まだ40前の男が興味を示さないなんて、私は信じられないのだが、設計事務所に勤めていて、始終いろんな締め切りに追われていて、そのことで頭がいっぱいらしいのだ。可哀想な人だと思うが、残されてぼっちの私も可哀想である。欲望は人並みにあるので、持て余して欲求不満で、頻繁に自慰をしたりする。

 その時は近所の酒屋の若くてたくましい若主人を思い浮かべる。

 若主人がニヤニヤ笑いながら私を縛り上げて、恥ずかしい声をあげさせられるところとか、想像するとすぐイってしまう。

「チャタレー夫人」みたいだと思うが、こおゆう人間にとって根源的な悩み?は、どうやって解消したらいいのだろう?私にはよく分からないが、例えば「浮気」とゆうのが一つの解決法になるのは見当がつく。といって、家庭を崩壊させようというほどの勇気もない。

 安全であとくされのないアヴァンチュールを定期的に楽しめればいいのだが・・・

 なかなか難しい問題だと思う。

 井戸端会議で色んな奥さんの話を聞くと、デリヘルというのに登録して、秘密の情事を愉しんで、お小遣い稼ぎもついでにやっている人妻もいるらしい。

 だが、私はオトコのえり好みが激しいので、誰でもいいというのは嫌なのだ。

 ある程度にコミュニケーションも取っている間柄でないと身を任すなんて無理、そおゆう感じもある。その辺は個人差だと思うけど、知らない誰かとランダムな出会いをしていきなり、というのも一種すごくスリリングでいいのかもしれない。


・・・風邪で、喉が痛く、熱があるので顔が腫れぼったくなっている。

 氷枕をして、風邪薬を何種類か飲んで、ひたすら安静にしている。

 熱は朝計ると7度7分あったが、さっきは7度2分だった。

 微熱とゆうくらいになって、少し楽だ。

 うちは共稼ぎなので普段は今頃は私も事務所で忙しく立ち働いているのだが、今日は全くの一人ぼっちで、時計の秒針の音すらカッチコッチ大きく聞こえる。

 部屋の空気感が、何だか生き物みたいに意味ありげに迫ってくるような感じがする。

 小さい頃に風邪をひいて学校を休むとやっぱりこんな風に何も音のしない空間で時間だけを聴いて?見凝めて?いたっけ。

 そうだ、熱が出ても本くらいは読めるから、壷井栄の「二十四の瞳」とか、谷崎潤一郎の「卍」とかを読んだりした。

 お母さんが氷枕を取り替えたりしてくれたっけ。

 あの頃はお母さんも全然元気だった。

 熱に魘(うな)されると、蛍光灯の四角い箱が妙に距離感がおかしくなって、遠くに見えるような、近くに見えるような変な気分がした。

 一晩中魘されていたりすると、もう永久にこの病気は治らない、そんな気がしたりした。朝は限りなく遠かった。

 どちらかというと神経質で病弱な子供だったので、少し変わったことがあると鼻血が出たり、熱が出たりした。妙な病気にかかった時には?「マイシン」という、抗生物質を飲んだ。と、魔法のように治るのである。


・・・そんなことをいろいろ思い出しているうちに私は眠ってしまったらしい。


 夢の中には主人が出てきた。主人は、目を血走らせて私のスカートをめくろうとする。

「ヤメテー」と、逃げているうちにいつの間にか追いかけてくるのは若主人になっていた。

「おれは森番メラーズだ」と、豪快な声で言う。だが、すぐ馬に乗って駆け去ってしまった。

 主人はよぼよぼの老人みたいになって、オナニーをしていた。

「ダメよ」というと、「お前が欲求不満なせいでおれは迷惑ばかり被っているんだ。これくらいやらせろ」と、つじつまの合わないことを言った。

「二十四の瞳」の大石先生が氷枕を取り換えに来てくれる。

「フロイトの心理学もね、ああいうヴィクトリア朝の禁欲的な風潮の産物で・・・」

と喋る顔はいつのまにか大学時代の心理学の教授の顔になっていた。

 夫に「どうして抱いてくれないの?」と言って、腕を引っ張ったりして、しまいに私はおいおい泣き出した。

 だけどそれは甘い涙で、もう死んだお母さんに甘えるみたいにいい気持になった。

 それから、夫が筋肉ムキムキのスーパーマンに突然変わった。

「おい、カイシュンだ。改悛して・・・回春なったんだ。」夫の目は爛々と輝いていた。

 夫のペニスは本当に鉄の棒のように黒光りして逞しくなっていた。

「ああ。アナタ・・・素敵ステキ!スゴイ!」

 新婚旅行で行ったバリ島のホテルにいつの間にかいて、私たちは抱き合った・・・


・・・ ・・・


 目が覚めると、私はぐっしょりと汗をかいていた。だけどそのおかげですっかり熱が引いていた。

 そうして、何だか満足しきったみたいに全身に快い快感の名残があって、恥ずかしいことにアソコもぐっちょり濡れていたのです。


・・・今日はスーパーで精の付くものをいろいろ買ってきて、二人でワインでも飲んでみよう。

 そうして、久しぶりに夫を誘ってみようかと思う・・・


♪幸せーになーりたい気持ちがあるならー明日をみーつけることは、とてもかーんたん♪


 夕焼けを見ながら、私はふっとそんな鼻歌を口ずさんでみた。



<了>


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