魔法の王剣、魔法の冒険

 直哉は、冒険が大好きだ。

 ちょっとしたわき道を見つけると、その先に何か新しい冒険が待っている気がして、すぐより道をしてしまう。


 そんな直哉は、読書も大好きだ。

 部屋には冒険ファンタジーの本があふれている。

 火を吹くドラゴン、お姫様、勇者。

 そういったものが出てくるだけでわくわくする。

 彼の部屋に入りきらない本たちは、時々姉の尚美の部屋に隠したりする。

 けれど見つかると、すごい剣幕で怒って来られるので、直哉は姉が苦手だ。


 そんな読書好きの直哉が、とても大事にしている本があった。


『まほうのおうけん まほうのぼうけん』


 という絵本である。絵本についてきたペンでページを照らすと、文字が浮かび上がったり、目に見えない妖精が浮かび上がったりする、すごい絵本だ。


 まだ幼稚園だった頃、直哉が本屋でおじいちゃんにねだってねだって買ってもらった一冊だ。


 彼は、その本を何度も何度も読み直した。

 ペンの電池が切れてしまった時は、ペンだけ買い直したりもした。

 本当に、この本が大好きだったのだ。


 けれど、ある日その本が消えてしまった。大事に大事に、いつでも見直せるように、ベッドの下の引き出しの中に収納していたのに。


 なぜだか、ペンだけが残されて絵本が消えてしまっていた。


 直哉は、すぐさま姉の尚美のしわざだと思った。その日、尚美は、とてもきげんがよかったのだ。


 彼女は夕食を食べるとすぐに、自分の部屋に閉じこもった。

 直哉はそっと、とびらのすきまから中の様子をのぞきこんでみた。


 彼女はカラオケマイクのついた絵本をじっと見つめていた。

 直哉は、おや、と思う。お姉ちゃんが絵本を読むなんて。


 しかし尚美は、さいごのページをめくると、急に絵本に興味をなくした様子で、本をベッドのすみにおしやった。


 直哉は自分の部屋に戻ると、絵本とセットだったペンだった取り出した。すると、ペンがスイッチを入れてもいないのに、光りだした。光は、部屋の壁にあたった。


 その壁の光を見て、直哉はびっくりした。壁がなくなっているのだ。

 壁があった場所の向こう側には、真っ暗な世界が広がっている。


 直哉の心の中は、不安と期待がけんかをしていた。

 まさか、自分にもこんな冒険ができる日が来るなんて!

 でも、大丈夫かな。もしかしたら二度と、この世界には戻って来られないかもしれない。そうなったら、嫌だな。

 だとしてももし、この先に広がる世界では、僕が勇者ってことになったら?

 勇者の僕は、お姫様と結婚できるかもしれない。

 いやいやそうなるとしても、きっとおそろしいドラゴンを倒して来いと言われるに決まってる。


「……少なくとも、先に進むだけなら、ドラゴンもお姫様も出て来たりせえへんで、残念ながら。まぁ、ここに姫みたいにかわいい少女なら、おるけどな!」


 暗闇くらやみから声がひびいてきて、思わず直哉は身構えた。

 真っ暗な場所から姿を現したのは、ピンク色と紫色の髪をした少女だった。


「え!?」

「どーも、ウチ、ジーニって言うねん。よしなに」

 

 女の子はそう言うと、また暗闇に戻っていきつつ言った。


「冒険したかったら。アンタにぴったりの本が欲しかったら、ついといで」


 そう言うと、とことこと歩き始めてしまった。


 直哉は大きく息をすいこむと、ペンのライトをたよりに壁の先へ進んだ。


 彼は、暗闇の中を進んでいった。少しすると、小さな光が見えてきた。光は、暗闇の出口だった。


 光の先へ行くと、そこにはたくさんの本棚がならんでいた。大きな本、小さな本、いろいろな本が置いてある。

 たくさん本を読んできたつもりだった直哉。

 しかし彼の知らない本ばかりが、本棚には並んでいる。

 心をおどらせながら、彼は先へと進む。


 本棚ばかりがあるその空間の中央に、机が一つあった。

 そこに、さっきの少女……――、ジーニが座っている。


「ようこそ。アンタに必要な本の話、聞こか」

「必要な……本」


 直哉がつぶやいたのと同時に、ジーニの傍にあったリュックサックから、一冊の本が飛び出た。

 ジーニは、その本を手に取り、直哉が目の前にいるにも関わらず、読書を始めた。

 思わず、直哉もジーニの方へと近づき、本をのぞきこんだ。


『直哉は、読書と冒険が大好きだ。学校の帰り道、お出かけ、外出している時はいつも寄り道をして、冒険を探していた。好きな本は、冒険ファンタジーで、ドラゴンや勇者、姫が出てくる物語がとても好きだった。自分もいつか、そういった物語の主人公になりたいと思っていた。ある日、大切にしていた本が突然なくなった。その本は、彼が幼稚園児の時におじいちゃんに買ってもらった大切な本だった。姉の尚美が怪しいとは思ったが、証拠がない。なくなった本は、もう絶版本らしく二度と手に入らないものだった。彼は途方に暮れていた』


「まるで、僕のことみたい」


 そう呟くと、ジーニはうなずいた。


「その通りや。そして、何でアンタがここへ来たんか、分かったわ」

「え……?」


 直哉がジーニを見る。すると彼女は、真剣な表情で本棚を見つめながら言う。


「本来、ウチがお客さんとして招待できるんは、一日に一名様だけや。そして今日はもう、その一名様はご案内済み。二人目のお客さんが来るときは、今日来たお客さんに、何か問題があった場合のみ」


 その時、本棚から一冊の本が飛び出した。

 その本をよーく見て、なおやはおどろいた。考えるより先に、言葉が口に出る。


「ぼくの本っ」

「え?」


 ジーニはびっくりした顔でなおやを見る。このボロボロ具合、間違いない。これはぼくの本だ。直哉は本を見て思った。


「どうして、ぼくの本がここに」

「この本は今日、とある人がおいて行ったものやけど……」


 ジーニはそこまで言って、まさか、とつぶやいた。直哉の本は、ぽてんとジーニの腕の中におさまった。

 ジーニは、腕の中の本を見て、そして直哉に向きなおった。


「なるほど、この本はアンタの本やったんか。それなら」


 ここで言葉を切ったジーニの目があやしげに光った。


「それなら、あの本は返してもらわなければアカン」

「あ、あの……」


 直哉が声をかけると、ジーニは申し訳なさそうに言った。


「どうやら、こちらの不手際ふてぎわで、ここへ連れて来られてしまったみたいや。この本は、確かに生まれ変わりたいとは思ってる。でも、持ち主を変える気はないみたいやな」


 直哉は首をかしげる。


「ここにはさまざまな本がやってくる。そのどれもが、生まれ変わりたい、自分の本当の持ち主を見つけたい、とやって来るねん」


 本棚から本たちが好き勝手にとんだりはねたりし始める。本が動き回る様子なんて初めてみた直哉は、じぃっと本を見つめる。


「アンタのこの本、どうやら今のアンタに合うように生まれ変わりたいって言ってるけど、どうする? 今回はこっちのミスやから、特別サービスで生まれ変わらせたるけど」


 ジーニの言葉に、ますます直哉は首をひねる。


「せや。今のアンタにぴったりの本に変わりたいんやって。相当、この本に好かれてるんやね」

「でもぼくは……」


 でも今のあの本が、ぼくは好きなんだ。そう言いかけたときジーニが笑う。


「大丈夫や。物語は変わらず、もっとすてきに生まれ変わりたいってそう言ってる」


 それを聞いて、直哉は安心した。物語が変わらないのなら、いい。

 でも、本が生まれ変わるって、どうやったらできるんだろう。


 直哉が不思議な顔をしていたのだろう、ジーニは言った。


「本の気持ちと持ち主の気持ち、それがあれば、生まれ変われるんや」


 そう言った彼女の腕の中で、直哉の本は光りかがやき始めていた。


 彼の手から、ペンが空中に飛び出した。

 ペンも本と同じく光に包まれたかと思うと、光に包まれている本にとびこんでいく。


 まぶしすぎて、直哉は目を開けたままでいるのがつらくなった。

 それで、片方の手で自分の目をおおう。


 しばらくして、女性の声が聞こえた。


「どうやら、終わったようやで」


 その声を聞き、直哉はそっと目の前の手をどけた。

 そこには、変わらず


『まほうのおうけん まほうのぼうけん』


 があった。

 直哉は少しがっかりする。

 なんだ、生まれ変わるって言うから大きく変わるのかと思ったのに。

 しかし、近くに寄ってみると、今までの本と違っているところに気づいた。


 タイトルこそそのままだが、表紙が変わっているのだ。

 そしてその表紙に埋め込まれるようにして、剣がおさまっている。

 剣は持ち手の部分に宝石のようなものが埋め込まれて、きれいだ。

 しかし、ほこりをかぶっているかのように、色が少しにごっている。


「中を開くと、本の中の世界に入り込むことができますよ」


 ジーニが言うので、直哉はさっそく本を開こうとする。

 しかし女性はそんな、直哉の手を抑えると言った。


「中身は、お部屋に戻ってからのお楽しみということで。きっと気に入ってもらえると思うわ」


 ジーニがそう言い終わるか終わらないかのうちに。

 気づけば直哉は自分の部屋に戻ってきていた。

 腕の中には生まれ変わった『まほうのおうけん・まほうのぼうけん』がある。


 なおやは、ふうと大きなため息を一つついた。

 とにかく、自分の本は手元に戻ってきた。これほどうれしいことはない。

 それも、今の自分にぴったりな本に生まれ変わったという。

 これは、お姉ちゃんに感謝しなくっちゃ。


 そう思いつつ、直哉は本を開いた。

 するとページの分かれ目からゆっくりと光がもれだした。


 気づけば、直哉は見慣れた場所に立っていた。金色のかざり、赤いじゅうたん。

 何度も何度も、絵本の中で見た風景だ。その景色の中に、彼は立っていた。


 彼の目の前には、白い立派な口ひげをはやした、王冠をかぶった男。

 この物語に出てくる王様だ。


「息子よ、わが家に伝わる、王剣を持って旅に出るのだ」


 王様が言う。直哉は、こうふんぎみに答える。


「はい、よろこんで」


 直哉がそう答えるとほぼ同時に、本の表紙についていた剣が飛んできた。

 不思議と怖い、という気持ちはなかった。

 すると、王様が何やら紙を読み上げる。


「その王剣、持ち手の宝石を押すと、不思議な光があふれるのじゃ。その光によって、新たな道がひらけることもあろう。うまく使えよ」


 それを聞いて、直哉は思った。

 そうか、絵本で元々使っていたペン! それが、剣になったんだ。


「宝石は、今は力が十分に使えない。色がにごってしまっておる。たくさんの人助けをしていくことで、宝石は輝きを取り戻すじゃろう。宝石が元の色に戻ったその時こそ、お前はこの国の王となるのだ」


 王様の言葉を聞きながら、直哉は剣をうら返した。そこには、小さな文字で


『元の世界に帰りたいときには、このボタンを押してください』


 と書いてあった。直哉は試しに、そのボタンを押してみた。

 すると、気づけば自分の部屋に戻ってきていた。


 すぐさま直哉は、また本のページを開く。

 すると、物語の世界に戻ることができた。彼は、飛び上がって喜んだ。


 自分は、大好きな絵本の住人に、しかも主人公になったのだ。これほど嬉しいことはない。


 直哉は、それから毎日夢中になって本と遊んだ。姉の尚美がコンテストに出て、結果が散々だったことは、彼は知るよしもない。


 楽しく遊んでいた直哉は、これだけすばらしい冒険を、自分だけ一人占めするのは、なんだか申し訳ない気がしてきた。

 この本の冒険物語、それをもっとたくさんの人に経験してもらいたい。

 そう思った彼は、いつの間にか、大人になった。

 大人になった彼は、その冒険をモチーフとした、テーマパークを作ることにした。

 自分が物語の世界で見たこと、感じたことを感じられるよう、様々なエリアを企画し、その提案は、テーマパークを作る会社に、採用された。

 

 今ではそのテーマパークは、日本で知らない人がいないくらい人気のあるテーマパークとなった。そして、そのテーマパークの内容を考えた直哉の名前も、たくさんの人に知られることとなった。

 直哉が企画したテーマパーク。そのテーマパークに、一つのウワサがある。


『テーマパーク内にある魔王の城。そこに、一冊の本が隠されている。その本を開くと、物語の世界に入ることができるらしい』


 そのウワサを確かめに、たくさんの人たちが魔王の城を訪れる。

 でも実際に、その本があるのかどうかは、誰も知らない。

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