形状記憶都市

ふゆ

形状記憶都市

「ひゃ~ 、今回も派手に壊れましたねぇ。おやじさん、怪我なかったですか?」

「巨大なセットだからな。火薬の量も半端ないんだ」

「スケールが違い過ぎますよ……」

「この映画の監督は、ミニチュアを使った実写にこだわりがあるようで、特撮はできるだけCGを使わないみたいなんだ」

「知ってますよ、あの有名な監督でしょ。スタッフも大変だ」

「何せ会社の命運がかかった作品のようだからな」

「珍・ゴキラってやつでしょ。お笑いですかね?」

「分からんな。あっ、そこの瓦礫は動かさんでいい。火薬のカスとか着ぐるみの破片を回収してくれ。それが済んだら、昼飯にしよう」


「しかし、不思議ですよね。壊れたミニチュアのビルが一晩で元に戻るって、理解できませんよ」

「私もそうだ。ほっとけば勝手に元に戻るなんて、まるで魔法だからな」

「ひょっとして、生きてる材料でできてるんですかね? アメーバみたいな……」

「まさかな。これは他言無用だが、このミニチュアセットは、ある大学の若い研究者が発明した新素材で、できているらしいんだ」

「新素材? 大学の先生が、怪獣映画のミニチュアセットの研究をしてるんですか?」

「いや、そうじゃない。聞くところによると、その先生は、津波被害にあった東北の出身で、都市防災の研究に取り組んでいたらしいんだ。ある時、研究室に、津波で流された街の復興への協力依頼があったんだが、その中で計画されていた、街の海岸沿いに高さ15メートルの防波堤を築くという計画に、先生は猛烈に反対したらしいんだ」

「へぇ~どうしてですか?」

「美しい海岸に、コンクリートの高い壁は似合わないし、50年、100年スパンで考えると劣化が進んで、期待する効果は得られなくなる。自然に対峙するんじゃなくて、共存する道を選ぶべきだって主張したんだ」

「でも、人の生命がかかってるし、それなりの災害防止策は、必要じゃないですかね?」

「私も、そう思うんだが、先生の考えは少し違ってたんだ。君も世界史の授業で、人類の文明が大河の流域で生まれたことは習っただろう。幾度となく川の氾濫によって都市は破壊されたが、その都度、肥よくな土壌が供給され、よみがえった。長い目で見ると滅びには意味があったと言うことだ」

「多少の犠牲は仕方無い、諦めろってことですか。しかし、現代を生きる我々にとって、自然に身を委ねるような考え方は、受け入れがたいことですよ」

「そうだな。個人個人の人生は大事だし、目の前の生活は、守らなければならない。先生も、それは分かっていたと思う」

「結局、高い防波堤は必要だと言うことになったんですか?」

「いや、先生は、建物自体の再生に着目したんだ。壊れても、短時間で元に戻る建物を造ればいい、とね」

「ははぁ、その考えが、このへんてこな材料の開発に、つながったんですね」

「勘がいいな。先生は、復旧の時間短縮を念頭に置いて、新素材開発を進めるようになった訳だ」

「すごい才能ですね。でも、研究には、お金も時間もかかるし、そう簡単には、できないんじゃないですかねぇ?」

「その通り。しかし、先生は諦めず、突拍子もない行動に出たんだ」

「何をしたんですか?」

「防衛省に乗り込み、自己修復能力を持つ新素材の軍事利用をプレゼンしたんだよ」

「ひや~行動力、半端無い! でも、兵器を作るなんて、災害復興とは、真逆じゃないですか」

「もちろん、先生の本意ではなかっただろうな。しかし、君が言うように、研究や実験には資金が必用だったんだ」

「背に腹は代えられないってやつですか。でも、そう簡単に防衛省が資金援助してくれるもんですかねぇ?」

「タイミングが良かったとしか言いようがない。当時、防衛省では、人型兵器の開発が極秘に進められていたんだ」

「人型兵器? アニメかSFの世界の話ですよね」

「いや、そうでもない。軍事技術において、各国に水を開けられた日本が、起死回生の秘策として取り組んでいるテーマだったんだ」

「何か、説得力ありますね」

「防衛省の担当者は、その新素材を装甲に使えば、戦闘で傷付いても修復が容易で、兵器の消耗を抑えることができると考えたんだ」

「繰り返し使える、防弾チョッキを、まとっているようなものですかね」

「上手いこと言うなぁ。とにかく防衛省は、先生の新素材に興味を示し、暫くすると、莫大な資金が提供されて、先生は研究に没頭できたんだ」

「成る程、このミニチュアセットに使われている材料が、その新素材と言う訳なんですね」

「そう言うことだ」

「しかし、おやじさんは、そんな極秘情報を、よくご存知ですね。その先生の知り合いですか? もしかして、人型兵器も完成してるんじゃないですか? 」

「さぁ、どうかな」

「けちけちしないで、教えてくださいよ。特撮オタクとしては、そっちの方が気になるなぁ……」

「話が長くなった。そろそろ昼休みは終わりだ。午後の仕事に取り掛かるとしよう」

「あ~あ、逃げられた。あれ? おやじさん、背中っ! 服がやぶれてますよ。怪我してるんじゃないですか?」

「さっきの爆破で、破片が当たったのかも知れんな」

「そんな悠長なことを、早く医者に診てもらわないと!」

「いや大丈夫だ、心配するな。暫くすれば、元通りに修復する」

(了)






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形状記憶都市 ふゆ @fuyuhara

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