一日一首(令和五年九月)

後ろ指を指されぬやうにと教はれし恥の文化や既に消えたる(医師脳)


金曜日、出勤前に迷ひしがピンクのズボンをナースに褒めらる


気がつけば二百十日過ぎ心地よき夜風につつまれ夢路をたどる


半年後の年次契約の更新に医師脳をたもち笑顔ですごさむ


若き医師の自殺の報に思ひ出づ大学医局にゐし友の顔


安楽死の語源を見れば「良き死」なり。されどその意は自殺幇助か


安楽死の語源を見れば「良き死」なれど自殺幇助は免れぬ国


立秋も処暑も暑かりきさりながら白露となりて急に秋めく


健診医われ中六日の登板に二時間余りの全力投球


健診の腹部触診で見つけしは西瓜のやうな子宮筋腫か


〈M3〉に駄文の載りて送られしポイント貯めて本を買い読む


若き女医が脳卒中より回復す。テイラー著『奇跡の脳』の実例ぞこれ


気鋭の女性脳科学者が脳卒中に克つ。その回顧録は『奇跡の脳』なり


ベルヌーイの定理で説明できずとも飛行機は今日も空を飛ぶなり


惑星は冥王星の格下げで「水金地火木土天海」まで


〈人新世〉宇宙の何処かにおはすとふ知的設計者の嘆きや如何に


思ひ込み、常識、前例、先入観、固定観念すてて生きたし


Eイコールmc2乗のなかりせばヒロシマ・ナガサキ・フクイチも無し


〈敬老の日〉の歌会は敬老会かねて詠み合ふ和気藹々と


若き女性脳科学者が左脳病み右脳優位で涅槃の境地


赤飯を蒸かす香りに訳問へば「彼岸の入りよ」と得意気な妻


秋分を前にはやくも冷雨降る。夏物を除け長袖を出す


秋晴れにチェックの上着で出勤しルンルン気分で健診をする


数日で気温の低下十度なり秋分の日に厳冬はたまた酷暑を想ふ


秋分すぎ気温さがれど水ぬるく蕩けし地球の名残りなるらむ


秋彼岸にCDで経をながしをれば庭より響く螽斯の声


ベランダで鰯雲ながめ一杯のコーヒーで妻と小一時間も


庭隅にすくりと咲(ひら)く紫苑あり清少納言も「いとほし」と言はむ


週一で 健生病院に務むるも老医われにはデイケアならむ


間引き後の丸ニンジンのあざやかな色にて出でよ今宵は名月


さながらに十五夜の月は丸ニンジン、老夫婦われら思はずあはす

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⏲ 時をただよふ ⏲ 医師脳 @hyakuenbunko

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