一日一首(令和五年三月)

朝靄におぼろに浮かぶ柿色の大いなる陽に掌をあはせたり


清張の『昭和の発掘』に倣(なら)ふがに平成令和と混沌増しゆく


ひと月のおつとめ終へる内裏雛。また来年もと餅そなへをり


雪どけの庭に根開きをせし蝋梅はあまたの蕾をふくらませをり


♯(シャープ)加はりピアノの稽古に肩こりぬ雪切などしてほぐさむとこそすれ


啓蟄に日向で芽吹く福寿草そのまはりにはザラメ雪ひかる


事始のお事汁にも劣らざるつねに具沢山のわが家の味噌汁


突然の気温十五度におどろきて蝋梅二輪雪庭に咲く


椹(さはら)の葉で鰆(さはら)の照り焼き供されて視覚と味覚で春をたのしむ


春雨に根開きじわじわ広がりて庭仕事へとわれらを誘う


かりかりと歯石けづられ心地よし大きく開けしままの顎つかるれど


雪庭のあまき香りに雪囲ひとれば蝋梅すでに五分咲き


雪とけし庭の日向に福寿草の二輪が金色にかがやき咲くも


《団塊の花道》なる語ににとまどへりしからば我は正道ゆかむ


春雨に家籠もりしてとりあへず青空文庫の魯迅短編を


早朝はありがたきオイルヒーターも自動消火す春陽のなかに


子規の母いふ「彼岸の入りは寒い」とぞ。彼岸の入り今日はたしかに寒し


春風に木槌の音の響きたり建たば子供の声など聞かむ


医師会の金にまつはるスキャンダル。柴三郎の嘆く顔みゆ


雪とけてクリスマスローズ立ち上がり蕾ふくらむ 今日は春分


春暁に起き出でて見るにふと浮かぶ枕草子の春はあけぼの


津軽にて「身体拘束ゼロ」唱へ就活するに現実は厳し


すつきりと雪とけし庭の木の肌をくろぐろと濡らし春の雨降る


井桁の井に似る記号あり「ナンバー」や「シャープ」と読みて区別するなり


踊り字の変換せむと「どう」と打てば同ノ字点「々」やノノ字点「〃」みゆ


縦書きの踊り字変換おもしろし「どう」にて一ツ点「ヽ」「ヾ」「ゝ」「ゞ」やくの字点「〳〵」「〴〵」など


七十五歳の手習と始めしピアノにて「喜びの歌」を両手で弾くも


津軽にて「身体拘束ゼロ」唱へて就活せしが検診医となる


「Choosing Wisely」を我こそ唱へ続けむか生涯現役医師にしてまだ七十五歳ぞ


雨上がりの朔風を受けうつむきてクリスマスローズ咲くけふ弥生尽

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