一日一首(令和三年十月)

藁焼きの煙にかすむ津軽路に車ら渋滞ライトをつけて


秋晴れの土曜の午後はベランダで茶をのみ本を読むなどで過ごす


老眼鏡あはなくなりて不快なり。散歩がてらに眼鏡屋へ寄る


常ならぬツナギの下着を着せられし翁の眼(まなこ)は何もかたらず


タクシーのメーター上がるたびに近づかむ我が家の風呂と飯とベッドに


雨あがり雲海にうかぶ岩木山 錦秋の時を楽しみとして


冷えまさり「岩木山に初冠雪!」と思ひきや頂にかかる浮浪雲なりき


今まさに媼の霊は病床を離れてよもつひらさかを逝く


新しき眼鏡をかくれば容貌まで「好々爺ですね」と妻はほほえむ


新しき眼鏡をかくれば視力上がり脳活性化して仕事はかどる


秋晴れにサイクリングと思ひ立ち更地の墓地にて岩木山を愛づ


雨降りも良きお湿りと思へれば月曜の朝も安寧ならむ


雨降るは良きお湿りぞと励まして月曜の朝出勤せむとす


右足の動脈つまりて壊死せしも飯くふ翁に死相はあらず


菊晴れに紅葉(もみぢ)さかんなり岩木山 庭に寒露の朝陽に光る


ななかまど赤々とせる彼方には岩木山まさに錦秋の時


遠き家路つるべ落としの太陽にせかさるるごと夕餉をめざす


自らの足がミイラのごとかるに気付かず翁は息引き取りぬ


初雪の報に岩木山をながむれば錦秋はなほ朝の陽に映ゆ


世はうつり法令などさへ変はれども〈えんじゅの里〉の‘ゆでがへる’らは!


御襁褓やめトイレを済ましし媼なり笑顔うかべて尊厳さへ帯ぶ


新刊に検印おして読みをへし吾はさながら図書係なりき


錦秋の岩木山けふまだらにも冠雪さへしてひときは雅趣あり


日に一首を続けて気づけば一千首。一万首ならば百寿祝ひか


ラシックス1アンプルの静注に媼が胸の木枯し去りぬ


編物の得意な媼に勧めけり痛む両膝のウオーマー編むを


ぱらぱらと霙の窓打つ音に和し土地整備の重機ら競ひ働く


指の痺れ訴ふる媼に握らする“あやこ”はお手玉 リハビリのため


抗認知症薬つづけさせこし媼しめす〈易怒性〉に抗精神病薬の追加はなからう


水曜は十五分だけ早退しタクシーにのりこみホッと息つく


最新型ポケットエコーは探り出す媼の子宮溜膿腫の影を


雲破り射す太陽光あび白鳥らそれぞれ無心に落穂ついばむ


青森県医師会報掲載の拙文へなつかしき友より祝ひの電話あり

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