一日一首(平成三十一年三月)

四日ぶりに妻の戻りし仮住まひ うれしや賑やかさ五倍増なり


妻帰宅のタイミングにてベランダの臘梅開く上向きに二輪


テ―ブルとイス二脚出しさあ春だとベランダ・カフェのオープン間近


「七度九分?  だいじょぶだあ」と食堂に来て飯を食う大正おお婆


スタッフもスマホもメモも頼りとて如何にか増さむ外部メモリー


改元が間近となりて思ひをり 昭和は遠くなりにけるかも


物忘れ頻りなれども救ひもある 忘れしことは覚えゐるなり


引越して職場近くに住まんとす さらに二階分だけ今より高く


ステーキもワインも好む三保さんは百寿を超えし山の手育ち


「うまいか?」に十八歳の吾はただ食ひぬ 呑むだけの父の訳も知らずに


再びをマリオスに登り祈らむ日ぞ 山むかふの三陸海岸に向き


〈断捨離〉の登録済みに驚きぬ 営みにとて〈利〉も使うらし


AIに取り仕切らるるか五次社会 われら二次あたりが相応と思ふに


AIは岩戸の陰におはします天照らす知とまで言ふ人さへ居る


「ちゃん」づけで我を呼びたる妻の声に驚きて見れば春の大雪


ホワイトデイに律儀に雪が降るとはね、クルマも春もスピードダウンだ


半日でホワイトの雪とけ去りぬ ひと月待てば桜前線


あしひきの山鳥の尾のしだり尾のさらに伸びゆくネットビジネス


和を以て貴しと為すとふ太子 知るや知らずやインテグラルを


延命の酸素マスクの音つづく あかねさす昼ぬばたまの夜も


べき乗の小さき指数ぞ恐るべき〈power〉で示す原子を宇宙を


何事にも〈e〉の付く世となりたれど短歌(うた)は〈ものぐさ〉に五十九日ぞ


「良く効くよ!」友だちの言う治療など耳に唾つけ良く聞くがよい


トンネルをぬければ残雪のハイウェイ 融雪飛ばし自宅へドライブす


薄るるともジャメヴュとは言ふなかの体験 スーツケースにバグダッドの泥


‘はやぶさ’‘こまち’連結車にて夫婦旅 気分晴れやかに東京目指さむ


准看護師おやつミスにて罰金刑 介護の世界の厳しさを知る


あばら透け「おしょし」と笑ふおばあさん シャツの上から聴診すなり


いまもなほ産科医時代の口癖の「順調ですよ」 エコーあてつつ


愛嬌ある顕微鏡下の白癬菌 アルカリ処理のかなしくもあるか


「よく効く」とふコマーシャルこそ怪しけれ 耳に唾つけ聞くべかりけり

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