第9話 圧倒的な経済格差に敗北する俺…。

 …。


 数十分後、俺は格差社会という言葉を真剣に考えてみたくなっていた。

 庭園、屋敷、さらに建物を取り囲む壁、そのさらに外側には農園&村。


 金持ちは俺の敵だッ‼


 俺は執事ケルヴィン(使用人で一番偉いわけではないらしい。それっぽい白ヒゲのやたらと鋭い目つきの爺さんがいた)に使用人用の着替え部屋(俺とドナテルロの部屋の四倍くらいある)に通されて服を着替えた。


 すげえ…。白いシャツなのに触るとサラサラしていて何かいい臭いがするじゃねえか…。特別な香水でも使っているのか…⁉

 

 気がつくと俺はもらったシャツに頬ずりをしていた。


 「それは返さなくていいからな。お前の匂いがついたシャツなど袖を通す気にもならん」


 部屋の入り口からケルヴィンが悪態をつく。どうやらこれはヤツの予備の服らしい。


 「へっ‼今の俺は(非正規)労働者だからな、いずれは給料で返してやるぜ‼試しにいくらか言ってみ⁉」


 ケルヴィンは手鏡で自分の前髪を触りながら告げる。


 「銀貨500枚だ。それほど上等な服ではない」


 俺は両手の指を使って数える。今の俺の給料は日当で銅貨10枚…。待てよ、今執事のヤツ銀貨って言ってなかったか?


 「…それって銅貨でいうといくらくらい?」


 「五百万枚だな。…私の一年分の給料がそれくらいだ。お嬢様も旦那様も少なすぎると嘆いておられているが私は必要最低限の給金以外は受け取らない主義だ」


 フッ、と渇いた笑み。

 執事の野郎は庶民の敵だ。だが俺は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


 「デーモン閣下の年齢じゃねえんだぞ⁉」


 俺はそうツッコミを入れた後、黙々と着替えに入る。ズボンとシャツを身につけると執事に礼を言う事にした。


 「ありがとよ。アンタのおかげで普通に町の中を歩けそうだぜ」


 「…屋敷の中を歩く時もなるべく腕を隠しておけ。当家は魔術に対しては比較的寛容だが、使用人が全員魔術や魔物に理解があるというわけではない]」


 執事は変わり果てた俺の腕を見ながら言った。


 「へいへい」


 俺は手を振って答えた。こうして普通に過ごしている分には何も変わらないのだが、肘から刃を生やした男が街の中を普通に歩いていたらお巡りさんに逮捕されちゃうよな。

 突然、メイド服姿の若い女が現れた。


 ???


 確かプリシラとあいつの親父さんは家を留守にする事が多いから使用人のほとんどは祖父さんからの代の連中つまり高齢者ばっかのはずだ。


 「ケルさん、お届け物っす」


 俺とケルヴィンが同時に振り向く。まず服のサイズが合ってない。俺みたいな服装に無頓着な野郎が言うべきセリフじゃないだろうが色々とだらしねえぞ…。


 「リンダか。届け物とは何だ?」


 リンダと呼ばれた女は赤いリボンのついた小箱をケルヴィンに押しつける。ウェーブのかかったレッドブロンドの髪を後ろでまとめてる、それが揺れた。ボサボサなのを適当に伸ばしているので気になるぜ。


 「ええと、お嬢様からお客様にこれを渡しとけって。ケルさんならこれを見せたらパツイチでわかるって。それでお客様ってのはどこにいるんですか?おばちゃんたちから若い男って聞いたんですけど」


 ケルヴィンはリンダから箱を奪い取った。わかる。この女、持ち方からして雑だから壊しそうだもんな。

 リンダの方は全然気にしていない。ケルヴィンは金属製の箱に巻いてある赤いリボンを解き、中身を確認する。箱の中には折り畳まれた布、包帯みたいな物が入っていた。

 

 ケルヴィンはくわっと目を開いて驚いている。


 「…。」


 ケルヴィンは包帯(?)をしばらく見つめていたかと思うと今度は俺に押しつけてきた。

 やはりコイツは昔から何を考えているか全くわけがわからん。

 

 俺は箱を開けて包帯を見た。…別に詳しいってわけじゃないがこれは魔法道具アーティファクトってヤツだな。

 もしかして巻いておくと傷が自動的に治るとか?


 「それを腕に巻いておけ。多分、異形化が収まるはずだ」


 ああっ!そういうアレね!俺は言われた通りに腕に包帯を巻いた。

 おおおっ‼俺のカッコイイ天然武装化された腕が見る見るうちにダサくて細い腕に戻っていきやがる‼これで魔物化する心配は無くなったんだろうが一主人公感が一気に薄まったのもまた事実。正直、複雑だね。


 「ケルさん、これってもしかして聖骸布⁉」


 「うおっ‼」


 気がつくとすぐ隣にリンダが立っていた。近えよッ‼

 いいか、女子ども‼童貞のハートってのは金魚すくいの時に使うモナカみたいに壊れやすいデリケートな代物なんだ‼

 これが一年前なら俺はお前に恋をしていたかもしれないんだぜ‼…というくらい俺は久々にハートをドキドキさせていた。

 そしてリンダの方はまるで動じる様子は無い。


 …コイツもしかして数々の童貞たちを手玉に取ってきた…童貞恋愛有段者かッ‼


 「正しくは【聖骸布】の【複製品レプリカ】だな。しかしこのような愚図にはもったいないが、お嬢様の判断とあらば異論を挟む余地は無い…」


 む。執事の野郎、いつものような勢いが無いな。プリシラの判断の方が正しいって事だな。どれくらいの値打ち物かは知らないが金くらいは払ってやろうじゃねえか。


 「それで時価はおいくらなんだ?」


 「フン。当家の家宝の複製品だぞ?軽く金貨一万枚は持って行かれるだろうな」


 …ええと、銀貨一枚が銅貨一万枚だとして…金貨一枚が銀貨一万枚…天文学的数字ッッ‼‼


 レオナルドは考える事を止めた(※○ーズっぽく)


 …かくして俺は一生分の借りというか一生を費やしても返せそうにない借金をしてしまった。しくしく。


 俺は失意の中、プリシラの屋敷の客間に向った。

 道中高級そうな赤い絨毯とか敷物とかシャンデリアとか懐古趣味レトリックな装飾の螺旋階段とか、もう格差社会の実態を嫌というほど思い知らされたような気がする。

 使用人さん達なんかも俺が近くを通りかかる度にお辞儀をしていた。


 「そういえばケルさん。こいつって何者なの?誰かの親戚?」


 リンダが俺の後ろから尋ねてきた。俺にしてみればお前こそ誰なんだよって感じだが。


 「…最悪な事にお嬢様の学友だった男だ。大学の入試試験の前日に高熱を出して進学を断念、その後家の中で漬け物石のように過ごしていたらしい」


 ケルヴィンは目もくれずにを語る。リンダは俺に対してあからさまな侮蔑の視線を向けた。


 「…だっさ。でもそんな人型粗大ゴミとプリシラさんがどんな関係だっていうのさ。もしかして元彼とか?」


 次の瞬間、ケルヴィンの顔から表情が消える。


 「リンダ。これ以上、減給されたくなければ今の言葉は忘れた方がいい。私もお嬢様に報告するような真似はしない」


 執事は再び、客間に向って歩き出す。

 一瞬、振り返った時のアイツの目は処刑人のそれだった。

 リンダも真っ青な顔になってそれから何も言わなくなった。


 そして俺たちは客間に到着する。ケルヴィンはノックをしてからプリシラに挨拶をすませた。


 「お嬢様、呪われた可燃ゴミを連れてまいりました。リンダも同行しております」


 ケルヴィンは扉が閉まっているというのに頭を下げている。執事のプロ意識ってヤツか。普通に尊敬するぜ。俺の呼び名は最悪だったが。


 「ありがとう、ケルヴィン。ではゴミとリンダを通してさしあげなさい」


 扉の中からプリシラの気取った声が聞こえてくる。心なしか後ろのリンダが震えているような気がした。

 俺はケルヴィンに促されて部屋に入る。

 部屋の真ん中には大きな机を囲むようにしてソファが置いてあった。プリシラは奥中央のソファに優雅に座っている。

 家具を見ているだけで俺は吐きそうになっていた。


 「よう」


 俺はとりあえず昔のように声をかける。プリシラはそれとなく俺の服装を眺めていた。いや正確に言うと俺の右腕を見ていた。


 「では早速貴方の身に何が起きたのかを教えなさい。この私が助けてあげたのだからそれぐらいは当然でしょう?」


 ずわっ‼


 すごい圧だった。仮に世紀末覇王なんて野郎と指先一つでダウンさの雑魚のモヒカンがタイマンで話している時くらいの圧迫感があった。


 「まあ、ちょっと待ってくれ。俺も相棒に一応許可を取らなくちゃいけないんだ」


 もちろん魔神ボルボアの事だ。さっきからおとなしくしているがケルヴィンとプリシラにはかなり警戒している。二人とも普通に強いからな…。


 「相棒?」


 プリシラは驚いたような顔をして俺を見ている。ケルヴィンとリンダも同様に俺の方を見ていた。まあ実際一人しかいないから仕方ないんだけど。


 「ケルさん、あいつ大丈夫っすか?誰にも見えない友達とかいるんじゃ…」


 「長い漬け物石生活のせいで精神に異常をきたしているのかもしれんな。いっそ屋敷の地下室に閉じ込めておくか?」


 …想像を超えた風評被害だった。そして今わかったのはプリシラたちだけではなくリンダの口もかなり悪いという事だ。

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