第8話 コミュ障冷血傲慢地獄令嬢 VS ヒキニートクズ童貞


 今から数年前の話である。

 俺の通っていた学校でしばらくやっていなかった学校祭をやる事になった。

 当時はお祭りそのものが禁止されていたわけだが、世界中で伝染したら絶対に死ぬ病気が流行していたからではない。悪魔の姿が世界各地で確認されるようになったからだ。

 

 やや後付けっぽいがアストリア王家で暗殺とか物騒な話が持ち上がったのも、それが原因だった。


 だがその年は長年保留されていた王太子が決まった事と王太子夫妻が男子を授かった事をきっかけに世間全体が平和ムードになって盛り上がっていたのだ。その恩恵を預かった学生たちにも学校祭というご褒美が与えられたってわけだ。

 まあすぐに没収されるわけだが…。

 

 そういうわけで俺は学校祭の後夜祭でキャンプファイアーを囲んでフォークダンスをやる事になった。

 陰キャだった俺は女子との間に微妙な空気を醸し出しながら”SHALL WE DANCE?”していた。

 数々の女子たちから「マジで死んで」とか「もうお前は犬の糞しか食うな」と非難を浴びた俺が最後に辿り着いたダンスパートナーってのが学校一のお嬢様プリシラだった。

 俺はプリシラにリードされながら踊ったが曲の途中、二回足を踏んでしまった。

 神様に誓って言う、わざとじゃねえよ。前の娘の足も踏んづけたけどさ。

 

 ハッ!普通の学生は社交ダンスなんてやった事ないからこれが普通さ!

 

 それで一応謝罪したんだが曲が終わった後、アイツ《プリシラ》は女神のような微笑を向けて「ごきげんよう」って言ってくれた。直後、俺は【突風ガスト】の魔法を食らって失神している。

 ヤツは学校祭が終わった後、外国に留学する事になった。同級生の俺以外のヤツには挨拶をしていったらしい。


 まあこんな嫌な女こっちからゴメンだけどな。


 「【突風ガスト】…」


 鈴の音のように凛とした声が響く。ズガンッ‼俺は背中から木に叩きつけられた。

 

 ギィ…。


 執事はドアノブに手を添えてゆっくりと馬車の扉を開いた。魔法の仕掛けにより出入り口から階段が降りて執事は白い手袋を伸ばす。

 その手を白い手袋に包まれた女性の手が掴んだ。まるで物語の一頁をそのまま切り出したかのように馬車の中から白いドレスに身を包んだ淑女が現れる。


 …ちなみに服は白だが中身は真っ黒だ。


 「ケルヴィン、今私わたくしの前に何かいたのかしら?」


 「幻覚でしょう、プリシラお嬢様。最近は商談が多く、お疲れになっているご様子ですよ」


 微笑を返す糞執事ケルヴィン。息ピッタリのいいコンビだよ、お前ら。

 

 女は白い指先で俺の方を指す。長く形の良い人差し指の先端には四枚の翼を規範とした光学模様の魔法円が形成されている。


 (さっきの【突風ガスト】の魔術もコレで作りやがったのか。このクソアマが…)


 ブゥン…、ブゥン…、ブゥゥン。


 おっとプリシラの周りに突撃槍ランスの形をした幻影みたいな物が次々と出てきたぜ。暴力反対って事で俺はとりあえず土下座をした。


 「俺の負けでいいです。見逃してください…」


 ガン‼ガン‼


 額が割れるほど地面に頭をつける。この二人、見た目は華奢だが騎士団の人間に匹敵する実力者だ。


 「殊勝な心がけね。来世つぎからは人間として生まれない事をお勧めするわ」


 「身の程を弁えるのだな、ゲスが」


 近くを通りかかっただけでこの言い様。


 (今に見ていろよ…。俺が魔神ボルボアの力をコントロールできるようになったらお前らには鼻フックを常備させてやる…ッ‼)


 ズドドドッ‼


 次の瞬間、俺の背中にプリシラの魔法【風神のウィンドランス】が炸裂した。


 俺は意識を取り戻すと執事から尋問を受ける事になった。


 ヤツはこれから”100グラム55円くらいの豚ひき肉のパック”を見た時の…即ち「悔しいけれど月末はこれで我慢しなくちゃな」という目で俺を見ていた。


 「状況を説明しろ、挽き肉。お前の身に何が起こった?」


 「…質問の意味がわからねえよ」


 極悪執事ケルヴィンが俺の手首を取り上げた。俺は痛みのあまり悲鳴をあげた。


 「痛っ‼」


 しかし俺は変わり果てた自分の右腕を見た時に痛みの事など忘れてしまう。


 「何コレ…カッコイイッ⁉」


 まず俺の目を引いたのは肘から飛び出たトゲのような部分だった。先端が尖っていて鋭利な刃物のようになっている。次に爪だ。もう完全に猫科の猛獣みたいに伸びている。色も黒いし、これで背中をかいたら出血どころではすまないだろう。

 皮膚も何か爬虫類みたいに硬そうな鱗が生えていた。つうか全体的にカラーが青っていうか黒で魔物っぽい。


 「これは重度の霊傷れいしょうだな。まさか悪魔にでも襲われたのか?」


 執事はアイスブルーの瞳を細めながら俺の右腕を観察している。


 「そうだよ。…ていうか霊傷れいしょうって何だ?」


 「知らん。そして私たちの見えないところで爆発して蒸発しろ」


 執事は短いため息を吐いた後、プリシラの方を見た。何か俺またマズイ事言ったのか?

 プリシラも糞執事ケルヴィン同様に呆れた様子で俺の方を見ている。


 「教えてあげなさい、ケルヴィン。挽き肉にも自分の運命を知る権利くらいはあるのでしょうから」


 なんだ、この女。挽き肉の運命ってハンバーグになる事かよ。


 「お前のようなビニール袋詰め放題で100円の挽き肉とて、この世界に存在する人間が二つの肉体即ちマテリアル体とアストラル体を持って生まれてくる事くらいは知っているだろう?」


 ええと…たしか物理的な方がマテリアル体で…、霊的な方がアストラル体だよな…。


 悪かったな。勉強は苦手なんだよ。


 「…HPがマテリアル体でMPがアストラル体だよな」


 プリシラとケルヴィンに明確な殺意と受け取れる表情が浮かんでいた。

 そうか、よく考えてみるとプリシラって一時期とはいえ俺と同じ学校通っていたんだっけ…。


 「いいかよく聞け、ウチで買い物したら持って行き放題の挽き肉。天然自然といった外的な要因に依存する生命力をマテリアル体、対して”世界”という一つの共有意志から独立して存在する一個の精神をアストラル体と呼ぶのだ。まあそれらをHP、MPという表現が間違っているわけではないがお前の身体に起こりつつある変化を説明する為には不適当な説明だがな」


 多分コイツの事だから学校でも教えてくれるような知識を簡単かつ分かり易く説明してくれているんだろうが、こっちは五年も自宅警備員やっていたんだ。

 全然わからねえよ。…特に大学の試験関係の情報は避けていたからな。


 「当然わかってるに決まってるだろ?それで俺はどうなるっていうんだよ‼」


 ケルヴィンはやる気ゼロの顔でプリシラを見た。


 「普通の場合、悪魔に人間が攻撃されると怪我をするだけじゃなくて身体を乗っ取られる可能性があるという話よ。うふふ、当然理解しているのでしょう?」


 プリシラは俺の右腕を見ながら言った。


 「唾つけとけば治るんだよな?水で洗った方がいいのか?」


 待て。俺の知ってる情報とかなり違うぞ。バルバドスはまだ大丈夫みたいな事を言ってたし。やべえ、パニくりすぎて何か吐きそうになってきたッッ‼


 「…無理だな。そこまで外見が変化してしまうともう手遅れだ。明日の朝には全身が悪魔化して精神も乗っ取られてしまうだろう。人間であるうちに殺してやるのがせめてもの情け」


 執事は射抜くが如く視線を俺に向ける。

 だがプリシラは片手でそれを制した。そして落ち着いた口調で俺に語り掛ける。


 「無料挽きレオナルド、助けて欲しければ本当の事を話しなさいな。お友達価格で相談に乗ってあげてもよくてよ?」


 よかねえよッッ‼そういうのは友達がいるっていうか対等な人間関係を築く事が出来るヤツのセリフであっておプリシラが使っていいセリフじゃねえ‼

 大体お前、自分以外の人間はパンの耳だと思ってるだろうが‼


 だが俺はそこで考える。バルバドスから受けた願いをかなえる為には情報が必要だ。今の俺の情報源は親父か兄貴か、不本意だがドナテルロくらいしかいない。

 プリシラは性格は最低だが魔法の実力と知識が国内でも屈指の存在であり、実家も何とか商会という国内有数の大企業なので協力を得る事に成功すればバルバドスの死体を使って悪い事をしようとしているヤツを早く見つけられるかもしれない。


 ここは勝負だろう、俺‼


 「まあ大した話じゃないんだけどよ…」


 俺はバルバドスとボルボアの話をボカしながら学校の裏山で悪魔に遭遇した事について話した。


 「…貴方ねえ」


 「貴様という男は…」


 あれ?何か二人ともメッチャ機嫌悪くなってない?


 「レオナルド、お前は今夜厳戒令が出ている事を知らないのか?」


 …。そういえば給料を受け取った後、ハースがそんな事を言っていたような気がするが…。


 「厳戒令を破った挙句、複数の魔物の存在が確認された立ち入り禁止区域で悪魔に襲われるとは愚かにもほどがあるぞ?」


 執事がかなりマジで怒っていた。額に血管が浮かんでいる。


 「しかしこのまま放っておくわけにはいかないでしょう。特に異端審問官に見つかると厄介だわ。命が惜しければ私たちについていらっしゃい、レオナルド。怪我の手当くらいはしてあげるわ」


 そう言うとプリシラは馬車の中に乗り込んだ。ケルヴィンも膝についた埃を払い落すと御者の席に乗り込む。


 あれ?俺は乗っけてくれないの?


 俺は助けを求めるように御者台に座るケルヴィンを見た。


 「何を呆けている…走ってついて来い」


 やっぱこいつ等最低だ‼


 こうして俺はプリシラの家に行く事になった。





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