馬人間ドラセナ 神様の勘違いで最強戦士が逆ケンタウロスに

松井蒼馬(旧・萌乃ポトス)

第1話 元最強戦士・ドラセナ

 まずいことになった。


 モエ・ドゥ・ドラセナは、行くあてもなく、大草原を裸足で駆けていた。


 350度。

 ドラセナは今、ほぼ全方位を見渡せる視界を有する。


 さながらパノラマ写真。

 広大な絶景が網膜には映し出されている。


 山々の間から顔を覗かし始めた初夏を彩る朝日が1日の始まりを告げる。

 風がそよぎ、大草原の緑の絨毯に波を描く。


 だが……。

 今のドラセナにはその絶景を楽しむ余裕はない。


 彼は数時間前までこのウマリティ王国の英雄だった。


 30歳にして軍部のトップである騎馬隊長の座に就任。


 鍛え抜かれた筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの鋼の肉体。

 甘いマスク。


 人馬一体。

 漆黒の愛馬・トゥレネにまたがって戦場を駆け回る様は圧巻。

 戦であげた勲功くんこうは数知れず。


 街を歩けば、誰もが憧憬しょうけいの眼差しで見つめてくる。

 プライベートでは、前国王の娘である美しき妻をめとった。

 一男一女の子宝に恵まれた。


 まさに順風満帆。

 なのに……。

 ドラセナは昨夜、その全てを失った。


「マーカム王様、お逃げください‼︎こやつ魔物でございます‼︎我々が成敗いたします‼︎」


 堅固な守りで知られるローレンス城。

 闇夜に怒号が響き渡った。


 苦楽を共にしてきた忠臣たちは、ドラセナに容赦なく刃を向けてきた。

 弁明すら叶わずドラセナは、半ば逃亡する形で城を出た。


 山を越え、川を越え、ウマリティ王国自慢の騎馬隊の追随を何とか交わした。

 命からがらの逃亡劇である。

 この大草原まで夜通し走り、ようやく追っ手を撒いたのだった。


 全てはこんな異形の姿になったばかりに……。


 上半身は漆黒の愛馬・トゥレネの首。

 赤白色の馬具の頭絡とうらく手綱たずな、ハミはそのままで、腕はない。


 下半身は紛れもなく鍛え抜かれた最強戦士・ドラセナのもの。

 この丸太のような太ももと隆起した筋肉がなければ正直、ここまで逃げきれなかったと思う。


 今、ドラセナだと認識する者はいない。

 あの美しき妻ですら包丁を投げつけてきた。


 築いてきた全てを失ったのだ。


 ドラセナがなりたかったのは、誇り高きケンタウロスであった。

 こんな馬人間ではない。


「おお、神・ディファロスよ……これは俺が望んでいた姿ではない……どうして俺を馬人間に変えた⁉︎」


 大草原を走る二足歩行の馬人間・ドラセナは嘆く。

 だが、上半身が馬となった今、人間の声は出せない。


「ヒヒーン‼︎」


 哀愁が漂う馬独特のいななき声だけが、草原を虚しく駆けていった。

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