第38話 不安で苦痛のレビュー

 魔女アングザイエティーズ・キスが、世間に登場し、強烈な印象を与えたその夜。


 魔女の登場により、清水少年は薄暗い自室で不安に駆られていた。

 いくつものパソコンと携帯端末を使い、魔女アングザイエティーズ・キスの情報を集める。


 ノートパソコンの画面に、ネットへあげられたドライブレコーダーの動画が流れている。そこには街を暴走するワンボックスカーが映っていた。信号無視や接触を繰り返している。何かかから逃げるようで、動きに余裕がない。

 ドライブレコーダーを載せていた車に接触し、ワンボックスカーが走りさった。直後、追いかける黒い翼を生やした少女が一瞬だけ映った。


 デスクトップパソコンのマルチディスプレイ画面には、防犯カメラの映像がいくつも映っている。

 一つ目の画面には、路地を逃げるワンボックスカーに黒い翼の少女が追い付き、ルーフに飛び降りる映像。

 二つ目の画面には、黒い霧が車を覆い、徐々にスピードを失いながら止まっていく交差点の様子の映像。

 三つ目の画面には、動かなくなったワンボックスカーを乗り捨てて逃げる男と、ルーフの上で裸体となって周囲を睥睨する黒髪の少女。


 ここからはSNSにあげられた映像となる。


 繁華街の交差点ということもあり、スマートフォンで撮影された映像が多くあり、ぶつ切りで撮影順番もバラバラだが、清水はうまくタイムスケジュールを合わせて映像を一つに繋げて纏めあげた。

 多少、時間が重なっているが、バラバラよりは分かりやすくなっている。


 ワンボックスカーを捨てて逃げた男は、顔に蛇のタトゥーを刻んている。

 停車した車のルーフに乗る少女は、長い黒髪が左右に分かれ、翼のように広がっていた。先ほどの映像ではあった翼はなく、この髪の毛が誤認された形だ。

 

 少女は手足以外は裸という姿で、多くの人からスマートフォンで撮影されている。もちろんテレビでこの光景が流されることはない。

 周囲の人たちが自分の裸を撮影している様子を睥睨してから、黒髪の少女を片手を振るった。


 車を押さえつけていた黒い霧が舞い上がり、少女を包む黒いコートに戻った。こうなるとまったく露出はなく、ネットでは多くの男性たちを落胆させた。


 一方、逃げるタトゥーの男は大騒ぎだった。


「た、助けてくれぇ! あいつやべぇんだ! 警察! そう、警察だ! 警察を呼んでくれ!」

 

 情けなく逃げる男は滑稽だが、見る者が見れば狡猾である。なにしろ逃げ方が撮影している人たちの間や、家族連れを盾のするように逃げているのだ。

 だが、あえなく黒髪の少女によって取り押さえられたため、気が付くものは少ない。


 黒髪の少女が車のルーフから飛び立ったと思うと、一瞬でタトゥーの男に追いつき、その背中を蹴り飛ばした。

 ぶざまに歩道に転がる男に、再び黒い霧が襲いかかる。

 黒髪の少女は残念ながら、今度は半裸になっていない。その両手が素手になっている。ロンググローブが霧になって、纏いついているようだ。


「っ! 目が! 左目が見えねぇっ! なな、なにをした! おい、何したんだよ!」


 うつ伏せに倒れるタトゥーの男が、顔を上げて泣き叫ぶ。その左目を

 ショッキングな映像で、これもテレビでは流れていない。ネットでも評判が悪い。

 

 タトゥーの男の黒い入れ墨が、命を得たかのように男の顔の上でうごめき、目玉を飲み込んでしまった。真っ黒な蛇が左目を真っ黒に染め上げると、右目に狙いを定めた。


「その子は目玉が好きみたいですよ。もう片方の目を食べられたくなかった、目を閉じていてください。そうすればその右目は助かります」 


 男の顔の上を入れ墨の蛇が移動する。慌てて男は両目を閉じた。


「ま、待ってくれ! 助けてくれっ! なんでだよ! オレがオマエになにかしたかよ!」


 命乞いなのか、理不尽への文句なのか、わからないようなことをタトゥーの男が叫ぶ。


「そういえば、私はなにもされていませんね」


「そ、そうだろう? な? 助けてくれよ!」


「ですが、あなたに乱暴されそうになった女の子はいます」


 タトゥーの男が言葉を失った。黒髪の少女の発言が事実だと、周囲の野次馬は悟るに充分な反応だ。


「どなたかこの車が走ってきた先の廃工場……あのワンボックスカーが門を壊しているのですぐわかると思います。そこに縛られた女の子がいるので、助けに行ってあげてください……お礼をしますから、早く!」


 誰も動かなかったので、黒髪の少女は叫んだ。その声に跳ね飛ばされるように、数人の男たちが駆け出した。

 髪をかき上げ、溜め息つく黒髪の少女。

 ここで野次馬の女子大生が、スマートフォンで撮影しながら少女に近づく。そして恐れ知らずにも声をかけた。


「あ、あのすみません」

「? なんでしょうか?」


「あなたは、魔法少女なのですか?」


 目撃者の誰もが聞きたかったことを、女子大生が代わって尋ねた。これによって、彼女のフォロワーは跳ね上がることになる。


「魔法少女? いえ、私は違いますよ」


「タ、タイダルテールの怪人! なんですか?」

 

 魔法少女だと思って、女子大生は話かけたのだろう。違うと言われて、急に不安にかられた。スマートフォンの映像が、少し黒髪の少女から離れた。

 スマートフォンに向かって、黒髪の少女は少女は少しだけ笑って答えた。

 

「私は魔法少女ではなく魔女。魔女アングザイエティーズ・キス。これからよろしくおねがいしますね」


 名を告げたその瞬間。

 魔女アングザイエティーズ・キスの笑顔の映像が乱れた。ここですべての映像が無くなる。

 野次馬たちのスマートフォンが一斉にクラッシュ、再起動をし始めたからだ。

 この間に、アングザイエティーズ・キスは、空を飛んで去っていたっと証言されている。



「絶対、これ……姫だ」


 清水は自室で大きな体を震わせて呟く。

 彼の目から見て、黒髪の少女……アングザイエティーズ・キスは小桜姫子と認識できない。だが、彼女が異常な力を振るうところを見ていて、それとつなぎ合わせて推測ができた。


 慌ててネットの中の情報を調べる。


 正体を指摘する、もしくは匂わす発言はあまり見られない。

 あるにはあるが、見当違いだったり、目立ちたいだけの発言だ。発言者を調べてみるが、小桜姫子や鵤木学園の関係者は見当たらない。


 アングザイエティーズ・キスの正体に気が付いてたのは、清水少年だけである。

 もしも正体を知っていると、小桜姫子にバレたら──と不安になった。


 その時、清水の普段使いのスマートフォンが通知を知らせた。


 小桜姫子からだった。


>明日。電算室で


 短く一言。

 清水は震えあがった。


 正体に気が付いたと、彼女にバレたならば?


 自分はどうなってしまうのか?


 不安で不安で、不安アングザイエティーズだった。

 

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