第39話 曖昧になる苦痛

 またしても何も知らないディスキプリーナ(タイダルテール総統)は、地下基地の作戦室で千切りキャベツをボロボロこぼしながら、ドネルケバブを食べていた。

 金曜夕刻のアニメを見終えてニュースにチャンネルを切り替える。すると、異様な魔法を使って、男を痛めつける映像が現れた。


『次の魔法少女。いえ、魔女が現れました』

「んあなのじゃっ!」


 キャスターの説明と映像に驚き、ディスキプリーナは盛大に噴き出した。


 最近、作戦室はディスキプリーナの自室の延長のようになっていた。

 アニメのブルーレイディスクやら、コミックスやら、おかしやらが散乱している。


「魔女? 魔女アン……あんぐ……アングザイエティーズ・キスとはなんなのじゃ? 志太! 志太は……おらんのか!」


 ニュース画面の字幕を読みながら、魔女の登場に困惑し、側近とも言える志太を呼んだが反応がない。


 彼は外出中である。

 リリカの退院祝いということもあり、彼女の両親に誘われて食事に行っている。どうも、入院していたリリカに、なにかと面倒をみたうえで、リハビリの相談を受けたり、メンタルの調整までしていたようである。

 いつの間にか、メンタルを支えてリハビリも的確にサポートしてくれる彼を、リリカも意識するようになり、両親は二人が良い仲であると思いはじめた。


 彼だけなぜ、別ゲームでもしているかのごとくフラグなど立てているのか?


 ディスキプリーナは腹立たしくなったが、リリカのメンタルケアとリハビリに役立つ志太を怒るわけにはいかない。


「ええい! フラグ建築士の志太はいいのじゃ! アー! アーはどこなのじゃ!?」


 戦闘員たちは普段は上の施設にいるため、ディスキプリーナは一人で地下基地にいることが多い。

 しかし、今日は幸いアーが隣の会議室に詰めていた。

 

「どうされましたか? 総統」


「とにかくこれをみるのじゃ!」


 やってきたアーに、ニュース画面を見せる。


「これは……困ったことになりましたね」


 アーは腕をこまねく。


「そうなのじゃ! 予定外なのじゃ! 何者なのじゃ!」


「計画が狂いましたね。今まで、警察などはタイダルテールへの対策……我々を相手にしていました。しかし、魔女の出現とその過激な活動により、警察は魔法少女を取り締まりの対象にしかねない」


「それだけではないのじゃ……」


 アーの懸念もたしかだが、ディスキプリーナとってはもっと懸念すべき未来があった。


「世間が……守るべき、市民が魔法少女を恐れて敵にまわるかもしれん」


 ヒーローを拒絶する市民。

 フィクションでは見るものにとっては良いスパイスだが、現実では小夏を苦しめることとなる。


 ディスキプリーナは唸りながら苦々しく、報道される美しくも苛烈で危険な微笑を浮かべる魔女を睨みつけた。


「魔女アングザイエティーズ・キス……。いったい何者なのじゃ……」


 ディスキプリーナをもってしても、アングザイエティーズ・キスの正体は見抜けない。



◇  □   ◇ 魔 ◇   □  ◇


「素敵です、清水くん!」


 魔女が鮮烈な登場をした翌日。清水は電算室で姫子を待っていた。

 電算室を訪れるなり、清水を賞賛して輝かんばかりに微笑む姫子。


 清水は心臓が止まるかと思った。

 憧れの美少女が、屈託のない笑顔を自分に向けてくれるのだ。年頃の男の子が動じないわけがない。

 だが、心臓が止まると思う理由はそれだけではない。彼女は昨日、あれだけの事件を引き起こしたのだ。

 その魔手が自分にむかないとも限らない。


「で、でで、でも……僕は特別なにも……」

「そんなことはありません」


 謙虚ではなく、笑顔をけるため清水は自分に功績はないという。

 姫子は清水の手を取って、両手で包んで感謝の気持ちを込める。


「証明はあなたの技術がなければできませんでした。危険な賭けに出るか、時間をかけて検証するかしかありませんから」


 

 清水から右手を離すと、姫子は近くにあるノートパソコンを操作して、いくつかのソフトとアプリを起動させる。

 画面には姫子の写真と、魔女アングザイエティーズ・キスの写真が並んでいる。それらはニュース映像やネットで流れた映像ではない。

 事前に顔認証の実験で行われた別撮り写真だ。その証拠に、ネットでは流れていないような下着姿の写真もある。


 さまざまな写真で姫子とアングザイエティーズ・キスは比較されているが、どのソフトもアプリも一致率が三割から五割と幅こそあれ「ネガティブ」として同一人物と判断していなかった。


「このように、前もって確認して、スコラリス・クレキストと同じ結果がでなければ、昨日のようなことはしません」


 左手はまだ離していない。清水はいろいろな意味で、心臓を鷲掴みにされている気分だった。姫子は清水の反応を見て、わざとノートパソコンの画面に自分の裸体写真を表示させた。


「うわ、なんでそんな画像が!」


 清水は慌てて手を振りほどき、ノートパソコンの画面を閉じた。


「ち、ちがうんだ。こんな画像があるはずないんだ。


「いいですよ。それは私が入れた画像です。実験のために必要でしたから……」


 さすがに恥ずかしいのか、姫子は頬を染めて目を逸らした。


「じ、実験?」


「ええ。あなたがいないときにお借りしました。私はその……あるところにほくろがあるのですが、それでも一致率が変わるのかと思いまして」


「顔認証は身体の特徴とは関係ないと思うけど?」

「ええ。そうなのですが……ちょうどいいので、試してみますか?」


 清水が閉じたノートパソコンを開き、制服姿の姫子と黒いコート姿の魔女アングザイエティーズ・キスの画像をソフトで同一人物か判断させる。

 結果はネガティブ。53%一致という微妙な数値だ。


「このように制服とコート姿では辛うじてネガティブ判定となってますが、一致率は五割を越えてます……」


 次に肌色の多い画像に差し替えた。

 結果はネガティブ。40%の一致だ。


「下着の画像で気が付いたのですが、こうして着衣を減らすと」


 次に平然と姫子は、彼女のほぼすべてが写る際どい画像を表示させた。慌てて清水は顔を背けた。


「後で《使って》もらってもいいです。ご褒美、です」

「そ、それって……」

「はい、結果は三割を切りました」


 清水の質問には答えず、結果を伝える。

 これには清水も首を傾げた。


「よくわかりませんが、肌を晒せば晒すほど、認識阻害の効果が強くなるようです。小夏ちゃんから盗んだ力なのですが……元からそうなのか、私が使うとそうなるのか……」


 小夏が蜘蛛の襲撃を受けたあと、接触した姫子は魔力を奪いながら認識を阻害させる魔法を盗み取った。

 これを使い、彼女は魔女アングザイエティーズ・キスとして、世間に登場したのである。


「小夏ちゃんを私のモノにしたら、脱がせて試してみましょう」


 さらりと獲得宣言をする姫子。清水は真意を聞こうとしたが、喉が乾いて咄嗟に声が出なかった。

 ノートパソコンを閉じる。


「さて。今回、本当のご褒美はこちらに。入ってください、香織さん」


 中学生にしては派手めで、性格のきつそうな少女が電算室に入ってきた。服装に似合わず直立不動で、命令待ちの軍人のように立っている。 

 目つきはしっかりしているのに、どこを見ているのかわからない不気味さを感じさせる。


 姫子は入室してからまったく動かない香織の背後に回り、首元を撫でて顎をひきあげ、薄くリップの塗られた唇を指でねぶる。左手はスカートの中にいれ、派手な下着を見せつける。


「報酬の平井香織さんです。この通り、私の思いどおり。清水くんの命令に従え、と仕込んであるので、あなたの好きに命令を与えていいですよ。もちろん。普段の性格のまま、あなたの思うがままです」


「あ、本当に……そんな」


 清水はひどく困惑した。その反応に、姫子は眉をひそめる。


「どうしました? 一昨日、私が味見をしてしまいましたが、まだ綺麗な身体ですよ。こんな彼女でもなかなか初心な子で、男遊びどころか経験もないようで……。ほら、もまだ


 スカートの中に入れられた姫子の左手が、香織のどこかに触れる。今まで香織は無反応だったが、このときばかりは身を捩る。その様子を満足気に眺める姫子。

 清水はつばを呑む。


「まあ、それらしいカレ気取りの男が別の学校にいるようですが……。いろいろ問題のある人なので、私が処理しておきますから、安心してくださいね」


「あの……でもその……」


「? ……ああ、この子の友人たちも同様にをしていたので大丈夫ですよ。普段通り生活しながらも、あなたをどうしようとはしません」


「ひ……そ、そうなんだ」


 念入りな姫子のアフターサービス。清水は震えあがった。


「なんでしたら、友人三人もあなたにあげましょうか?」


 恐ろしい提案をしてきた。清水は全力で首を振る。中学生の男子だ。たしかに性欲は持て余している。だがその趣味はない。


「け、結構です!」

「結構? ハーレムも結構いいと?」

「その結構じゃにいでにゅ!」


 慌てて清水は噛んだ。


「ぷっ……なんですか、それ! あははっ!」


 姫子は年相応の女の子らしく笑った。

 

 清水は今までのなまめかしい反応より、姫子のその反応に興奮した。


「あはは……、面白かったからいいです。ひとまずこのままで行きましょう」 


 息が荒くなってきた香織を解放すると、姫子は荷物を持って電算室の戸に手をかけた。


「あ、でも。急にあなたをイジメたりしなくなるので、周囲も多少不自然に思うでしょうから……。そうですね。来年は受験もあるし、そんなこともしていられないと、それとなく会話でもさせましょうか」


 戸を開き、廊下にでると姫子が振り返る。その目は長い髪に隠れて見えない。口角が上がったおぞけを誘う笑みだけ見えた。

 

「では、おたのしみください、清水くん」


 電算室の戸が閉じられた。

 窓の外の赤い空が消え去り、元の青空が戻ると、清水は大きく息を吐いて膝をついた。

 隣では待ちの平井香織が、なにを見るでなく立ち尽くしている……。


「ど、どうしよう……」


 清水はとりあえず、香織に一つの命令を伝えた。


「す、少し僕に優しくしてください。平井さん」


 彼はまだ辛うじて人の道を踏み外していない。

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