第15話 平民少女と犬王子

「──見てましたよ、エリン」

「なにその第一声……」


 シーちゃんたちの前から立ち去り、しばらく歩いたところでレイシに声を掛けられた。

 ぬっと物陰から出てきたことと、今の口ぶり。どうやら私とシーちゃんとのやり取りを盗み見してたみたい。


「変なところに居合わせたっぽいね」

「たまたまですよ。偶然です偶然」

「余計に胡散臭いんだけどそれ」


 本当に偶然なんだろうけど。その念の押しようは逆に怪しいっての。


「で、なんか用? わざわざ見てたって報告するんだから、なんか言いたいことでもあるんでしょ?」

「……相変わらず勘のいいことです」

「採取なんてやってれば、そりゃ勘の一つもよくなるでしょうよ。自然を相手にしてて鈍いとか、ちょっとお話にならないし」

「その勘のよさを、もう少し他のところに発揮してほしいんですがね」

「なんか言った?」

「それですよそれ」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるレイシに、私は肩を竦めることで誤魔化した。──こんな近くで聞こえないわけがないだろうに。


「まさかエリンがシーメイ嬢に絆されるとは。そんなことになるなんて、まったく思いませんでしたよ」

「そうでもなくない? まあ確かに態度がアレな部分もあったけど、シーちゃんとってもいい子じゃん」

「シーちゃんってあなた……。いや、それでもですよ。以前の光景を見ていたのですから、あまりいい印象を抱いていなかったのでは?」

「まあね。声掛けもかなりアレだったし、適当にはぐらかして消えようとは思ってたよ」

「それなのに何故?」

「いや、蹴っちゃったから……」

「ああ……」


 明らかなご令嬢相手に、かなりいい蹴りを叩き込んじゃったからね。流石にそれでスタコラサッサはできませんよ。


「で、大丈夫かどうかを確認してる内に、最初の印象に反してちゃんとした子だなって分かったわけよ。そしたらもう邪険にできないよね」


 典型的な馬鹿貴族かと思ってたら、全然そうじゃないんだもん。確かに選民思想は持ってるけど、ちゃんと平民のことも認めてる感じだった。

『貴族じゃなければ人じゃない』とか、そんな愚か者じゃない。ただ本当に貴族は貴族、平民は平民と区別されてるだけ。

 貴族を上位者と認識してるから、平民の無礼は許さない。けどその代わり、平民の重要性もちゃんと理解してる。大事な労働力として認識してるから、しっかり維持管理する。そんなタイプだ。


「シーちゃんは典型的なだ。中途半端に平民に優しい貴族よりも、よっぽどマトモな暮らしをさせてくれる貴族様。領主とかなら、なんだかんだ領民に慕われてるタイプ」

「……正解です。シーメイ嬢は優秀ですよ。少々カッとなりやすい部分もありますが」

「それはなんとなく分かるー」


 根っこの部分が真面目でツッコミ気質なんだろうねー。だから細かいところが気になるし、声を出さずにはいられない。

 ……それに加えてアレだ。恋する乙女なりの過剰反応ってやつもあるんだろう。以前のアレや、私に声掛けたのとかね。愛しのレイシに、他の女が擦り寄ろうとしてるとでも思っちゃったんだろう。鞘当てってやつだね。


「……ていうか、今思い返すとアレじゃん。アンタ、シーちゃんの評価ちょっと狙ったでしょ。絶妙に紛らわしい言い方してた気がするんだけど?」

「なんのことやら」

「コイツ……!」


 選民思想を拗らせてる、平民を見下してるって聞けば、普通は悪い意味で受け取るでしょうに! あの状況を見れば余計に!

 実際は頭が固い+カッとなりやすい+乙女心の過剰反応のトリプルコンボが決まってただけじゃん! だったらフォローしてあげろよ! 自分を慕ってくれてる可愛い子なんだから!


「なに印象操作してんだ馬鹿犬!? 本当に興味無い相手には容赦ないねアンタは! シーちゃん可哀想でしょうが!」

「とは言いましても、彼女のお陰で交友関係の火種が燃え上がるんですよね」

「それは……許してあげなさい」


 確かに学園内の愛憎劇が、より燃え広がってるみたいなことは聞いてたけども。当事者からすればたまったもんじゃないんだろうけど。

 その辺も飲み込んでこその甲斐性ってもんなんじゃないかなぁと、姉貴分としては思ってみたり。


「それを抜きにしても、ちょっと困るんですよね。シーメイ嬢と親しいと思われるのは」

「なんでよ……。婚約者候補筆頭なんでしょ。慕ってくる子、それも特段問題もない子を邪険にするんじゃないよ。お姉ちゃんちょっと悲しいぞ……」


 そんな子に育てた記憶はないぞ本当に。食えない性格はしてたけど、そういうことする子じゃなかったでしょ。


「……私だって、好き好んでやったわけじゃありません。正直、シーメイ嬢には悪いことをしたと思ってます」

「当たり前だこの野郎。故意に人様の悪印象を広める、それも私に対してやるとか普通にケジメ案件だよ。もし悪戯が理由だったら、アンタが泣き叫ぶまでシバキ倒すわ」


 それは超えちゃいけないラインを超えてるからね? というか、割と今でも内心で私ピキってるからね?


「……だって仕方ないじゃないですか。もしシーメイ嬢がマトモだと知ったら、エリンは絶対に囃し立てるでしょう?」

「うん。ようやく弟分に春が来たって祝福するよ」

「それが本当に私は嫌なんですよ……!」


 なんでさ。いい子じゃんかシーちゃん。


「身内に自分の恋愛事情を弄られるのが嫌とか、あんた年頃の青少年かっての。それでシーちゃんを巻き込むのはどうかと思うぞ」

「れっきとした年頃の青少年ですが!? あとそういうことじゃないんですよ!?」


 じゃあなんだってんだ。


「……はぁ。分かってます、分かってますよ。エリンが察してくれるはずがあるわけないって、最初から分かっていました。それにさっきのシーメイ嬢との会話で、私が本当に眼中に入ってすらいないことも理解しました」

「急に嘆き出してどしたの?」

「ですが、私は諦めませんよ。絶対に、絶対にです!」

「おーい。聞いてるかー? あとなんか勝手に盛り上がるなー?」


 真横で唐突に熱くなられると、お姉ちゃんちょっと困っちゃうからなー?


「覚悟しておいてくださいねエリン。あなたが言うように、私は犬です。狩猟犬です。狙った獲物は、絶対に逃がしません」

「おいそれ私が獲物になってない? 超不穏なこと言わないでほし……って、言うだけ言って去りやがった」


 勝手に謎の宣言だけして立ち去るとか、マジでどういう情緒してんだあの馬鹿犬。


「はぁぁ……。自覚あるなら治せっての」


 ──レイシの馬鹿、本当に諦めないなぁ……。

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