第14話 平民少女と貴族の少女 その三

「レイシール殿下は素敵な方ですわ! あの御方を侮辱するような言葉は謹んでいただけます!?」

「あー、うん。そうだねゴメンね」

「その生暖かい目も止めてくれませんこと!?」

「おっと失敬」


 でも仕方なくない? 蓼食う虫もなんとやらっていうのを、私は現実で見せられているんだからさ。

 いや、確かにレイシは悪いやつじゃないよ? イケメンだし、優秀だし、地位もあるし。贔屓目抜きで優良物件だとは思う。……王族に優良物件もなにもないんだけどさ。


「ただねー。私はレイシとの付き合いが長いからさ、どうしてもアイツが黄色い歓声を上げられてるのがしっくりこないというか。デキの悪い弟がめっちゃモテてることが、どうしても納得いかない姉の心情、みたいな?」

「レイシール殿下は優秀ですわ!」

「知ってるんだけどー。そうなんだけどー、心情的にってことよ……」


 このむず痒さは、兄弟がいるものなら理解できるはずだ。身内が褒められた時の据わりの悪さってやつは、例えそれが事実であっても襲ってくるのだ。


「あとその言い草、いかにもレイシール殿下を分かってるかのような態度でとても不愉快です! 止めてくださいませんこと!?」

「え、あー……。そっか、そっかぁ……。ガチ惚れしてる側からすれば、そういう風に見えるんか私……」


 レイシのことで、逐一マウントを取ってるように感じるのか。さっきのビンタ未遂も、関係性を匂わせるようで腹立たしかったのか……。

 かくも難しきは乙女心よ。それもお嬢様ともなれば、私では想像できないぐらい繊細なのかもしれんのだし。

 そう考えると、私に突っかかってくるのも納得かもしれない。自称ではあるけど愛しい人の婚約者候補筆頭になったのにも関わらず、私みたいな女がポッと現れれば……ね?

 幼馴染み+姉貴分+初恋の人(推定)とか、そりゃ恋する乙女として気が気じゃないだろうさ。


「一応言っておくけど、私とレイシってそんな関係じゃないからね?」


 ということで、心優しい私はシーちゃんを安心させてあげることにする。


「口ではどうと言うこともできます! レイシール殿下は素敵な人ですもの。あなたが殿下に懸想していてもおかしくないですわ!」

「ないないないないない! 絶っ対に……ない!!」


 信じて恋する乙女。本当に私とレイシはそういうのじゃないから。弟分だって言ってるでしょうが。


「では根拠を教えてくださいまし! 自分がレイシール殿下のは、初恋の人とまで宣言できるだけ親しくて、そうまで言い切れる理由はなんですの!?」

「初恋云々は幼さ故の過ちでしょー!? 子供ってそんなもんだからね!?」


 大体子供なんて、仲のいい異性が近くにいればそうなるって。両想い、または片想いぐらい起きてもおかしくないもの。


「そりゃ確かにさ、私とレイシは親密だよ。私がフェアリーリングだからこそ、レイシとは身分を超えた関係を築いているよ。それは否定しない」


 子供ながらに恋愛感情を抱かれるぐらいには、私とレイシの仲はいい。

 だって権力者、それも王族というのは孤独と紙一重だったりする。信頼できる相手なんて滅多にいないし、それは子供であっても例外じゃない。

 そんな中で、本音を語れるような立場にいるのがフェアリーリングだ。身分差を超えて対等に接することが可能で、さらに政治に一切関わらない在り方は、無二の関係性を築けるだけの下地がある。

 ……実際、フェアリーリングの多くが、かつての王族たちと、時には国王とも『友人』と呼べるだけの交流を重ねていたりする。


「でもねシーちゃん。私はフェアリーリングなんだよ。だから友人、姉貴分にはなれてもね、そういう関係には絶対にならないんだよ」

「そんなの信じられませんわ! 認めるのは癪ではありますが、フェアリーリングの働きは極めて大きいのです! 例え平民だとしても、あなたが望めば特例としてレイシール殿下と恋仲になることも──」

「ない。それだけは絶対にない。何故なら私はフェアリーリングだから」


 不安からか、なお言葉を重ねようとするシーちゃんに、私は強い言葉で否定する。

 恋仲とか、そんな関係はありえないんだ。恋愛感情とか、そういうので片付けられる問題じゃない。スタートラインにすら立っていない。


「これはあくまで例え話だけどね、私とレイシが互いに想い合っていても、結ばれることはないんだよ。まず第一に、フェアリーリングの婚姻は国王陛下に管理されている。私たちの体質を維持するために」


 祖である孤児から始まったのがフェアリーリング。時の王は祖に複数人の妻を宛てがい、多くの子を産ませた。

 さらにその子は身分が低くとも、信頼できる臣下と婚姻を結ばせ国との繋がりを深めつつ、体質を受け継いだ子孫同士で子供を作らせたりと、まあ平民の身分でありながらいろいろやってきた。……最終的には、祖の血を引く人間が御山で暮らし、子供を産めば確定で体質を引き継ぐことが判明したというオチがつくんだけど。

 なんでそうなるかって、御山の環境で妊娠する=胎児の段階で適合済みってことだから。体質を引き継いでなきゃ妊娠初期で死ぬからです。

 まあそれでも、たまに御山以外で異常に逞しい子供が育つ、つまるところ覚醒遺伝が起きることもあるので、かつての偉い人の奮闘は決して無駄ではなかったのだけど。


「私は本家の次期当主だから、御山で暮らせる次代を産まなきゃならない。それに望ましいのは、フェアリーリングの血を引く男。さらに言えば先祖返りを起こしている者が望ましい」


 なんでかって言うと、単純に妊娠する確率が違うから。同じ祖の血を引き、同じ体質を持っている方が、子供に遺伝しやすいんだ。


「で、レイシはその条件に合致しない。だからその時点で、フェアリーリングの次期当主としては論外」


 それを抜きにしても、私の旦那になる相手はフェアリーリングの特異体質を発現している方がいい。じゃないと必然的に片親になっちゃうから。正確に言えば、片方が関所近くの離れ暮らしになる。

 いくらフェアリーリングの血を引いていようが、体質を遺伝してなければ御山の境界は超えられないから。普通に死ぬんだよね。

 で、そんなの子育ての環境としてはアレでしょ? 特に私の祖父、そして母が連続して先祖返りの相手を捕まえたから、余計にそう感じるんだよねー。……まあ、私の同年代には、先祖返りはまだ見つかってないんだけどね!


「そして第二に、レイシ側の問題もある。フェアリーリングはその特権の絶対性から、政治に参加してはならないという掟があるの。これは守らなきゃならないものであることは、シーちゃんだって分かるでしょ?」

「それは……確かにその通りですわ」


 例えば私が本家、御山のキノコを採る立場にいなければ、また違った可能性もあったんだろうけどねぇ。仕事道具である特権が付与されるのは、あくまで本家の人間だけ。

 分家もフェアリーリングではあるから、掟に従うべきなのかもしれないけど。所詮は平民の一族の掟なので、そこまでの絶対性はない。

 でも本家の人間はダメだ。特に私は次代を産む使命もあるので、相手は必然的に入婿という形になる。

 そして本家の人間となる以上、掟は絶対遵守のもの。例えそれが王族、レイシであっても例外ではない。

 だって特権を、あらゆる者と対等に接することができる者が政治に参加したら、絶対に碌なことにならない。我が家だけでなく、他の貴族からの反発も必至だろう。


「つまり私と結ばれるってことは、王族としての全てを捨てるということと同じ。それがなければ許されないことなの。んで、王族が『はい。じゃあ捨てます』なんて無理でしょう? 末端だったり庶子だったらなくはないけど、レイシはな第二王子だ。背負ってるものが違いすぎる」

「それはっ……」


 シーちゃんがなお叫ぼうとしたが、結局言葉を紡ぐことはなかった。

 それぐらい、フェアリーリングという一族は面倒なのだ。少なくとも、偉い立場の人間が結ばれようとは思えない程度には。

 逆に収入が超安定して食いっぱぐれることがないから、貧乏貴族とかには人気らしいんだけどね。二代続いてお見合い結婚みたいな形だから、私も実感はないんだけどさ。


「とまあ、そんなわけで私はシーちゃんのライバルじゃないよ。あえてこういう言い方をするけど、なりたくてもなれないんだよ。……なりたいわけでもないけど」


 元から対象外ってのを理解してるから、レイシはずっと私の弟分でしかない。アウトオブ眼中というやつである。


「それでも初恋の人ってことで不安なら、それこそレイシのことを馬鹿にしてるよ。血迷ったのは子供だったから。アイツはもういい歳なんだから」


 だから敵視しないでよねと肩を竦め、私は一歩踏み出した。

 そしてすれ違う瞬間に、少しばかりあざとくウィンク。


「頑張れ恋する乙女ちゃん。こうして言葉を交わした縁、そして蹴っちゃったお詫びもかねて、お姉さんはキミを応援しちゃうから。──是非、うちの弟分を射止めてくれたまえよ」


 ──それでアイツがこれ以上の馬鹿をやらないようにしてくれると、姉貴分としては大助かりだ。

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