第9話 フェアリーリングのお仕事 その二
「それじゃあまず、さっき出した瓶の中身。丸薬を一つ飲んで」
「これは?」
「解毒薬、てか抗毒薬? 私が護身用に使う毒薬に効くやつ。即効性すぎて、毒ぶちまけた後に飲んでも手遅れなんだよ。だから事前に飲んでおくタイプの薬ってわけ」
「なるほど」
私の説明に納得したのか、レイシは瓶の丸薬を一つ摘み、口の中に放り込んだ。
「オグゥォッ……!?」
「ちなみめっちゃ苦いよそれ」
「おっそいっ、ですよ警告……!!」
「良薬口に苦しって知らないわけ? 薬が美味いわけないでしょうが」
嘔吐くレイシに対して失笑をプレゼント。厄介事を運んできた馬鹿犬へのささやかな復讐だ。
「まあ、甘んじて受け入れなさいな。それ、アンタのための手間なんだから」
「ゲホッ……ゴホッ……というと?」
「私、解毒薬なんていらない」
「流石はフェアリーリング……」
「納得してくれたようでなにより」
基本的に毒耐性が馬鹿げてるからね、フェアリーリングの人間って。だから自滅とか気にせず、猛毒を自衛手段に組み込めるという。
なので解毒薬なんて本来必要ない。今回の丸薬だって、引っ付いてくるレイシのために特別に用意したものだ。
というか、自衛用の毒だって普段と変えてるからね。今回は麻痺毒だけど、本当なら即死級の猛毒だし。いくら薬を用意しても、即死するような攻撃には巻き込めないと自重した次第。
「あ。言い忘れてたけど、その瓶に入ってるの一日分の分量だから。ちゃんと定期的に飲むように。時間はラベルに書いてあるから」
「これ飲み続けたら吐きますよ……?」
「どっちにしろ吐くだろうから気にするな」
御山の境界付近を歩いていれば、どうせそのうちグロッキーになるからさ。ていうか、その辺りの地獄は受け入れるって言っただろうに。
「──さて。そんなこんなで馬鹿やってる内に、境界近くに到着ですよ。ほら、よく見て」
「なんでしょう……?」
後味のせいか、未だに口元をもごもごさせているレイシを呼び寄せる。で、視線を前方奥に誘導。
「この辺りが植生が変わってくるんだよ。周りの草木を見れば分かるんだけど、明らかに同じ種類が増えている」
「……ちょっとよく分かりませんね」
「これだからお城育ちのボンボンは……」
近くでじっくり見なきゃ、植物の違いも分からんのかい。葉の形とか、幹の質感とかいろいろ違うでしょーが。
「アンタにも分かりやすく言うと、あの奥ぐらいからマナが狂いはじめるんだよ。だからそれに適合できる草木だけが生えるようになる」
「なるほど!」
マナとなれば魔術師の領分。だからレイシも納得とばかりに手を叩いた。
「人間、いや大抵の生物はマナを取り込んで生きている。言わば呼吸と同じ。そこから効率的にマナを魔力に変換できることが、優れた魔術師に必要とされる才能だけど、それは脇に置いておく。重要なのは、マナを魔力に変換する行為が代謝の一種であること」
「だから地脈が狂い、そこから吹き出るマナも同様に狂っていれば、必然的に体調が崩れる」
「そ。猛毒ガスが特定の地点、この場合は山頂とかだね。そこから常に大地から吹き出て、残留しているのが御山ってわけ」
だから足を踏み入れただけでも、バタバタ人が死ぬんだよねぇ。マナの吸収を意図的に抑えたり、体内の魔力をある程度弄れる人間なら、まだどうにかなるんだけど。そんなことできるのはひと握りの優秀な魔術師だけ。……それでも地脈の狂いが一定じゃないせいで、気を抜いて移動しているとやっぱり死ねるのだけど。
「で、狂ったマナって時間経過で正常になるわけよ。噴出地点から地形に沿ってゆっくり流れていって、あの辺りで無毒化される。なので境界」
「そこを超えてしまえば、有毒なマナが漂っているから危険と」
「いやそうじゃない。毒性が低くなってるだけで、この辺りも有毒といえば有毒。魔術師なら魔力関係で鍛えてるから問題ないけど、常人なら長時間いると危なかったりする。だからここら辺でも、たまに密猟者の死体があるというね」
「それはまた……」
境界の先と比べるとうんっと危険性が下がるってだけで、この辺りもまあまあ殺意が高いからね。だから御山を舐めちゃいけないんだよ。
「本当に身を守るなら、御山を囲う柵付近まで離れなきゃいけないんだよ。それを知らずにやってくる密猟者の多いこと多いこと」
かと言って、その辺りの情報を与えると、密猟者が無駄に活発化するだけなのがねぇ。マトモな人間は、王家の直轄地に無許可で突入しようなんて思わないし。だから周知させる意味がないという。
「一番良いのは、御山全体をしっかり囲うことなんだけど。柵じゃなくて、関所の部分みたいな立派なので」
「残念ながらそんな予算はないんですよ」
「貴重なキノコの原産地なんだけどなー? 保護のためにも密猟者対策って必須だと思うんだけどなー?」
「いや、フェアリーリング以外がうろつくと死にますし……」
「それなー」
分かってはいたが、やっぱり駄目か。そりゃあね、山一つをちゃんとした壁で丸々囲うとなると、お金がエグい勢いで減っていくだろうしね。
これが普通の山だったら、保護のために国もしっかり金かけるんだろうけど。御山の場合は元々の環境でふるいをかけてくるから……。侵入=死と同義なので、ナチュラルにセキュリティが万全でして。
だから基本的には簡素な柵なんだよね。密猟者の侵入を防ぐというよりは、王家の直轄地だと分かりやすく示してある感じ。
なのでお金がかけられてるのは、来客があったりキノコの受け渡しが行われる、関所付近だけという。
「でも面倒なんだよー。密猟者の死体とか、片付けたりするの大変なんだよー。だからちゃんとした壁で防げるようにしてほしいんだよー」
「配置できる人員にも限りがありますし、壁を設置したところで無意味だと思いますよ? どうせよじ登る輩が出て終わりです」
「いや人員も増やしてよ」
「下手に人員増やすよりも、マナの狂いによる防衛効果の方が全然高いですし。……あと、ここって不人気職場筆頭なんですよね」
「なんで!?」
「毒が蔓延してる場所のすぐ近くで、毎日働きたいかってことです」
「くっそ。言い返せない……」
実際、ここを担当してる人達、関所の内側にはあんまり入ってこないもんなぁ。境界から出した死体の回収作業とか、毎回渋い顔でやってるし。
「やっぱり御山って評判悪いよなぁ。昔の王様が報奨で我が家を建てるってなった時も、かなりわちゃついたって言うし」
「屋敷を建てようにも、山にやってきた職人が死にますからね。そりゃ大変だったでしょう」
「最終的には、当時の宮廷魔術師たちを総出の力技だったらしいしね」
確か、他所に建てた屋敷を転移魔術かなんかで持ってきたって。結構昔のことだから、私も詳しくは知らんけど。そりゃもう相当な修羅場だったとか。
「子孫からすると、お手伝いさんも置けないから手入れが面倒なんだよねー。日々部屋が物置か、キノコの保管場所として潰されていくという」
「報奨ですから。……ところでキノコの保管場所って、それ大丈夫なやつですか? しっかりした設備です? 職人は入れませんよね?」
「ちゃんとした設備のやつは、建築当初からくっついてるし……」
「つまりちゃんとしてないってことですね?」
……半分は父さんの趣味の延長だから、ぶっちゃけ素人仕事です。
「いやほら、私たちの場合、最悪家の中に毒が蔓延してても問題ないし……」
「本当にフェアリーリングって……」
んなこと言ってもしょうがないでしょうが!! 職人なんか入れられないんだから!!
「山暮らしはなにかと不便なんだよ! だって人が来ないんだから!! 好んでやって来ようとしてるアンタが例外なの!!」
「いや、体質に寄りかかった杜撰さってだけですよね?」
「うるさい! いいから仕事するよ! 境界を超えるから、死にたくなければ気張りなさい!」
「誤魔化しましたね……」
うるさいなぁ!? ガサツで悪いかこの野郎ー!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます