第8話 フェアリーリングのお仕事 その一

 レイシの馬鹿を叩き返してから、数日が経った。

 あの後、どうするかってことを家族で話し合ったのだけど、非常に遺憾ながらレイシの依頼を受けることに。……仕方ないじゃん。陛下の署名が入った書類を持ってこられた時点で、拒否する選択肢なんてあるわけないもん。直属の上司かつこの国の最高権力者だぞ。

 お陰で両親からめっちゃ怒られたよ。なに余計なこと言ってんだと。その後にレイシの動機を伝えたら、すっごい生暖かい目で見られたけど。

 そんで原因かつ指名ってことで押しつけられたよ! サポートも無しに、レイシの面倒を私が全部見ろってさ!!


「──来ましたよ!」

「テンション高いんだよこの馬鹿!」

「開口一番が罵声ですか!?」


 だって理不尽に震えてたところで、ちょうどよく諸悪の根源が来ちゃったから。八つ当たりでは断じてない。


「というか本当にテンション高いわ。なんでそんなウッキウキなの?」

「それはもう楽しみにしてたので」

「それは日時指定の段階で察してたけどさぁ……」


 面倒見ることを決定してから、いろいろと準備に奔走して。あとはレイシと予定だけってことで、確認の手紙を出したらさ。


「『じゃあ、明後日』じゃないんだよ本当に。そんな子供の約束レベルの日時指定をするんじゃないよ。アンタ、まがりなりにも王子でしょうが。いろいろ予定とか詰まってんじゃないの?」

「そこは学生の身なので。結構融通が効くのですよ」

「へー。ちなみに私の記憶だと、今日もノコッチって普通にやってた気がするんだけど」

「ええ。講義よりもこちらを優先させていただきました」

「おいコラ学生」


 それは融通が効くんじゃなくて、サボってるって言うんだよ。入ってた予定を全ブッチしただけじゃんそれ。


「はぁぁ……。まあいいや。アンタがサボって成績落とそうが、私には関係ないし。ただ粛々と仕事をこなすだけですよっと」

「サボった程度で成績が落ちることはないので大丈夫ですよ」

「あっそ」


 変に才能があるのは相変わらずか。必死で勉強してる学生たちに殴られればいいのに。


「そんじゃいくよ。ついてきて」

「はい!」


 存在しないはずの尻尾が見える。だが面倒なので触れずに移動を開始。

 離れから出て、外に立て掛けておいたスコップ二本を回収。片方をレイシに、あといくつかの荷物を押し付ける。


「このスコップとカバンは?」

「スコップはあると便利なの。んで、そのカバンには薬を始めとした医療品、水と食料とかが入ってる。薬はラベが貼ってあるから、ちゃんとどれがどれか確認しなさい。あと黄色のラベルの瓶は出しといて。すぐ使うから」

「分かりました。……で、この光ってるキノコはなんでしょう?」

「ヒール茸。念のための光源だけど、薬としても使える。エリクサーの材料だけあって、食べるなり柄をぶっ刺すなりすれば、結構ちゃんと効くんだよそれ。ほどほどに怪我した時に使って」

「高級品の扱い方ではないですね……」

「我が家の便利グッズ筆頭だぞ。崇めなさい」

「いやまあ、崇めるような代物なのは間違いないんですけどね……?」


 エリクサーはそれに相応しい効果があるからね。死んでなければたちどころに回復できる奇跡の薬として、場所によって後生大事に抱え込まれているほどだ。


「んじゃ、今日は初日だし、御山の境界ギリギリを回っていくよ。仕事ってことになってるし、いろいろと解説もしてあげる。だから気になることは訊いて」

「はい!」

「あとついでに、フェアリーリングとしての仕事も済ましちゃうから、そこはアンタも手伝ってよ。面倒見る間は、見習いとして扱うから。アンタ、優秀だけあって腕っぷしにも自信あるでしょ?」

「それはまあ。魔術は並の宮廷魔術師以上ですし、剣技も近衛の見習いぐらいには勝てますが。あと、王族の嗜みとして盗賊退治の経験を少々」

「……いろいろとツッコミたいところはあるけど、変な嗜みはすぐにでも捨てなさい」


 本当にハイスペックだなコイツ……。文武両道を地で行ってるし。だからといってなに王子の癖して前線出てんだよって話なんだけどさ。

 なんで王子が盗賊退治やってんの。実戦経験を積んでんじゃないよ。自分に流れる血がどんなものか理解してんのかコイツは……。


「いいじゃないですか。強さもどこかで役立つんですから。……それはそれとして、なにか危険なことでもあるんですか?」

「取り扱い注意の貴重品。それも王家が流通を管理しているとなれば、金に目が眩んだ馬鹿がワンチャン狙ったりするの」

「──密猟者ですか」


 私のいう危険の意味を理解したのか、レイシの声がスっと低くなる。ガチの犯罪者とかち合う可能性を察知したのだから、それも当然か。


「そ。これからやるのは密猟者対策。だから腕っぷしがあるにこしたことはない。最低限の自衛ができれば、私としても手間はないし」

「まるで私だけが不安みたいな言い方ですね。エリンの方が危ないのでは?」

「アンタね……。私が何年この家業をやってると思ってんの? 密猟者と鉢合わせたことだって何度もあるっての」


 そしてその度に、しっかり仕留めてきたんだよ。王家の直轄地に手を出す輩は、その時点で死罪に相当するんだから。


「御山の管理ってのはそういうこと。キノコを採るのが許されているのは、フェアリーリングだけなんだ。だから私たちは、密猟者を許さないし見逃さない」


 御山のキノコを求めるんだったら、ちゃんと然るべき手続きを踏んだ上で我が家に話を通せってことだ。


「……個人的には、エリンが密猟者と対峙するというのは、幼馴染として気が気じゃないのですが」

「ほーう? 言うじゃないの。ちょっと前まで散々私に〆らてた分際で。王城育ちの坊ちゃんが、山育ちの私に勝てると思ってんの?」

「……いや、確かにエリンが強い、いや逞しいのは知っているんですが。一人の紳士として、知り合いの婦女子が危険な目に遭うのは見過ごせないというか」

「アホくさ」


 んなこと言っても家業だし。常識的に考えて、御山のえげつなさに比べたら、密猟者とか危険の内に入らんての。足を踏み入れただけで死にかねない呪いの山だぞ、私が住んでるの。

 ……あと、強いじゃなくて逞しいって言い換えた理由を述べろ。台詞次第ではぶん殴るから。


「ま、心配ってのはありがたく受け取っておくけど。ただ基本は危なくないよ。関所に派遣されてる騎士が、日中は御山の周りをグルリと見回ってくれてるし」

「……それでも見逃す時は見逃すのでは?」

「まあね。でも危険なことは滅多にない。これは本当。腕っぷしについて訊いたのは、あくまで念のためってやつ」


 大体そういう奴らは、見回りのされない夜中に御山にやってくる。

 月明かりぐらいしか、マトモな光源のない闇の中。目先の金に目が眩んだ低脳が、御山の恵みに手を出したらどうなるか。

 たまにそうじゃない、明らかに違う狙いのある奴らも混じってたりするが、そうであっても関係ない。

 自然は平等。人間なんか顧みない。その大原則に従って、御山は誰にも等しく牙を剥く。


「密猟者は確かにいる。私も目にすることはある。でもね、生きて出会うことは稀なんだよ。──御山を舐めた馬鹿たちは、大体死体になってるから」

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