第7話
タクシーを下りて家に駆け込んだ。
家の中は薄暗かった。普段なら、こんなに暗いことはない。時間は二十一時四十三分。この時間はいつもおばあちゃんはドラマを見ている。それなのに、妙に薄暗い。蛍光灯が切れかけてるのかしら。
あたしはリビングへ向かう。いつもならおばあちゃんがテレビの前にいるはず。
ガラス戸を開いて、立ち止まった。なんだか様子がおかしい。あたしは、戸を閉じてもう一度開いた。
部屋の照明はチカチカ点滅している。どうしよう。ただ切れかけてるだけなのかしら、それとも……。
「菜季。おかえりなさい」
「わわっ! ただいまおばあちゃん!」
「ちょうど良かったわ。アレが切れかけなのよ」
「う、うん! あたし、予備のやつ持って来るわね」
後ろから顔をひょっこり出したおばあちゃんに安心する。良かった。ただ切れかけてるだけなのね。
確か、風呂場に予備があったはずだわ。あたしは風呂場へ向かう。省エネだとかで所々照明は消されてるから家の中はちょっと暗い。でも、さっきのは様子が変だったと思うのよね。
あたしは蛍光灯の箱を手に取ってリビングへ戻る。リビングに入ろうとすると中から話し声が聞こえた。ドラマではなさそうだった。お客さんかしら? 不思議に思ったけど、戸を開く。
中にいたのは、艶やかな黒髪の女の人。切れ長の瞳に朱色のアイラインが特徴的な綺麗なお姉さんだ。
何処かで見たことがあるような……?
「菜季。この人はね、
「初めまして。うちは今紹介にあがりました神宮葛乃言います。弐色の母です」
「え、えっと、あたしは――」
「あなたのことは
おばあちゃんが「閑院先生」と呼ばれてることを改めて思い出した。
名前が閑院千代子だからなんだけど、やっぱり「先生」と呼ばれるくらいに、おばあちゃんは凄い人なんだと思う。
「はい。弐色さんには会えましたし、お守りも渡そうとしましたけど……」
「受け取ってくれちゃらんかったやろ?」
「は、はい。えっと、ごめんなさい……?」
「そんな謝らんといて。菜季ちゃんは悪くないんよ。アレをあの子がまともに受け取っちゃったら、死んでまうんやから大変やわぁ」
「え」
「あり……? 閑院先生、菜季ちゃんに話しちゃらんかったんやね?」
「知らない方が幸せなこともありますわ」
今、しれっと怖いこと言わなかった? 死んでまうって何? 自分の息子に死んでほしいってこと?
おばあちゃんは知っててあたしに教えてくれなかったの? もしも、あたしが無理矢理にでも弐色さんにあのお守りを渡していたらどうなったの?
「おばあちゃん。あのお守りは何だったの?」
「強いお|呪まじな#いのかかったお守りよ。大丈夫。菜季は何にも悪くないわ。何も心配することはないの」
「何も悪くないってどういうことよ!」
「まあまあそう興奮せんといて。あの子の幸せを願ったら――」
「人を殺そうとしといて何が幸せよ!」
あたしの怒鳴り声と同時に、カバンからコウモリが飛びだして葛乃さんに咬みつく。
葛乃さんは驚いた顔をした後、コウモリを払い落とし、あたしのカバンからお守りを取りだした。あたしが弐色さんから貰ったお守りだ。
「これは菜季ちゃんには危ないから没収やわ。……さっきの言葉やけど、殺そうとしたわけちゃう。うちは、弐色には、普通に生きて、普通に死んで欲しいだけなんよ」
葛乃さんはお守りの中身を取り出すと、マッチで燃やしてしまった。いったい何だったのかしら。ここであたしは弐色さんが「永心から」と言っていたお守りの存在を思い出した。カバンからお守りを取りだして、おばあちゃんに向ける。
「これ。永心さんからおばあちゃんにって」
「蛇神様から?」
「おばあちゃん、知り合いって本当?」
「ええ。昔、大きな池で色々とねえ。それにしても、蛇神様がねえ」
あたしがおばあちゃんにお守りを渡した瞬間。ソレは影を歪ませて現れた。あたしはどうすることもできなかった。床に落ちてた数匹のコウモリがソレに咬みついてたけど、ソレには全然敵わなかった。
部屋が真っ暗になった。耳鳴りがひどい。聞こえない。何が起こっているかわからない。
あたしはスマホのライトをつける。誰かの足が宙に浮いて見える。その足元におばあちゃんが血だらけで倒れていた。血だらけだけど、軽いかすり傷みたい。息もしているし、気絶しているだけで良かった。
じゃあ、宙に浮いているのは――……見たくない。けど、見なきゃいけなかった。あたしは宙を照らす。首のがっくり垂れた葛乃さんの姿が見えた。あたしは声の出ない悲鳴をあげて床に力無く座った。
何が起こってるかさっぱり理解できない。お守りが悪いの? あたしが持ってきたお守りの所為なの? それとも――あたしが悪いの?
ソレの影が揺れる。あたしにはソレが何かわからない。化け物か妖怪かもわからない。
ただ怖くて、震えるだけしかできなかった。ドスンッと重い音と共に葛乃さんが床に落とされた。あたしは這いずるようにして葛乃さんの元へ向かう。息を、していない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。あたしが、悪いの?
「戻り橋で呼吸をしたからですよ」
シュッ――……。
冷たい鉄が空気を裂く音がした。同時に、照明がついた。
ソレは、真っ二つになっていた。あたしの目の前には大鎌を持った女の子。ついさっき森で会った女の子。夕焼けの精霊のこやけちゃんが誇らしげに立っていた。
こやけちゃんは大鎌を消してから葛乃さんに近付くと、胸に手を当て、ふーっと息を吐いた。キラキラした何かが葛乃さんの中に入っていく。葛乃さんは咳をした。良かった。生きてる。
「戻り橋で声を出したでしょう。だから、コレは憑いてきたのですよ。お守りに入って」
こやけちゃんはあたしと目線を合わせるために座る。
赤い瞳がキラキラ輝いて見えた。どうしよう。あたし、これでおしまいなのかしら。
「助けてあげたのですから、一緒に来てください」
「何処に?」
「決まっているでしょう。――――洋菓子店です!」
「はい?」
予想外の答えに、あたしの頭は真っ白になった。
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