森の禁足地

末千屋 コイメ

第1話

 あれはあたしが幼稚園の年長クラスの頃だったと思う。

 夏休みにおばあちゃんの家に遊びに行った日のこと。その日は近くでお祭りがあって、あたしとお母さんで神社まで歩いて行った。

 金魚すくいや風船釣りで遊んで、綿菓子やリンゴ飴を買ってもらって、あたしはお祭りを満喫していた。お母さんと手を繋いで、色んな出店でみせを一緒に楽しんでいた。

 それはちょっとした些細なこと。あたしは手を離してしまった。何かに気を取られたんだと思う。今じゃはっきり覚えていない。賑わう神社の中であたしはお母さんとはぐれてしまった。

 人がたくさんいるから、お母さんの声も聞こえない。人が少ないほうへ歩く。

 出店のおじちゃんが心配して話しかけてきたけど、あたしは答えられなかった。

 だって、自分が何処から来たかわからなかったもの。おじちゃんはあたしの手を掴もうとしたけど、知らない人に連れ去られると思ったから、あたしは逃げた。

 無我夢中で逃げたから、完全に何処かわからない場所に来てしまった。周りに木が生い茂ってて、怖くてあたしは泣いた。大きな声で泣いた。それは長い時間だったかもしれないし、短い時間だったかもしれない。

「キミ、迷子?」

 いつの間にか、あたしの目の前には紅白仕立ての巫女衣装の子がいた。

 あたしは年の近いような子に会えた安心感に更に泣いた。女の子は少し考えたような仕草をした後、手を差し出した。あたしは迷わずにその手を掴んだ。怖いって思ってたのが一気に無くなった。

「迷子なら、帰してあげないと……」

 ふわふわ、蝶が舞うように女の子は歩く。風に乗ってお線香のような香りが鼻をついた。

「菜季! 何処に行ってたの!」

「おかあさん! あのこがね、なきをね、ここまで」

「あの子?」

 お母さんに声をかけられて、あたしは駆け寄った。女の子を紹介しようと振り向くと、既に女の子の姿は消えていた。

「神社だから、神様だったのかもしれないねぇ。もう一度お礼に参っておこうね。ありがとうって言ってね」

「うん! なき、ありがとうする!」

 お母さんはあたしを叱らなかった。もう一度お賽銭を入れて、鈴を鳴らしてお参りをした。あたしもお母さんと同じように手をあわせた。


「と言うのが、先生が昔迷子になった時のおはなしよ」

「せんせー、まいごになっちゃだめだよぉ」

「ちゃんとおかーさんとおててつながないとぉ」

「そうね。そのとおりだと先生も思うわ。はい、お迎えが来てるから、今日はここまでぇ! せーの!」

「せんせー、さようなら! みなさん、さようなら!」

 大きな声で挨拶をする子供達。お迎えに来た保護者と世間話をして、教室の掃除をして、職員室で事務をやって、本日のお仕事も終了。

寺分てらわけさん。次の遠足のしおりは?」

「ここにできてます」

「良い感じね!」

「ありがとうございます!」

 あたしは新米の幼稚園教諭。先輩の先生に色々教わりながら日々を過ごしている。遠足のしおりを褒めてもらえてよかった。正直自信が無かったから、すごくほっとしてる。

 でも、遠足の行き先が気になる。あたしがここに入る前から決まっていた場所だし、新米のあたしが何か言っても話が通るとは思わないから言えずにいるけど……、遠足の行き先は『禁足地』と言われる森の近所。

 昔、おばあちゃんが「あの森に入ってはいけない。森の中には川があって、橋を渡ってしまうといけない。もう二度と戻ってくることができない」と教えてくれた場所。でも、森の中に川とか橋があるってわかっているなら、その森から出てきた人がいるんじゃない? とも思った。

 あたしのおばあちゃんは、その筋では有名な占い師で、そういうオカルト系のお話は小さい頃から何度も聞いていた。どうやらあたしの他にここが禁足地って知ってる人はいないようだった。あたしが口出ししたところでずっと前からの予定を変えることもできないし、新米のあたしの意見なんか誰も聞いてくれないわ。先輩にそれとなく話してみたけど「寺分さんってオカルト好きなんだぁ。怖い話とかも大好き? 肝試しやるからよろしくね」なんて言われてしまった。ただの不思議ちゃんとして扱われてしまったし、少し距離を置かれたような気もする。

 幼稚園を出て道を行く。道中にある蛇神の祠にお参りする。おばあちゃんが言っていた。お参りしたら、良い事があるって。それなら、遠足が無事に終わりますように、とあたしは祈った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る