第五章 答え合わせ - inside story -
第28話 complete lie
5月16日、時刻は午前9時7分を回ったところ。
わたしは、一つ大きく深呼吸をしながら、辺りを見渡していた。
――目に映るは馴染みの室内。木製の武器ラック、床に置かれた鎧、架空の月が書かれたカレンダー。窓越しに見える、中世ヨーロッパ風の街並み。
……全部が全部、わたしがタイムアタックする時、必ず目にするもの。
しかし、今回はその光景に、一つだけ違った点があった。
……主人公マリクの格好をし、ベッドですやすやと寝息を立てている、彼である。
「ふぅーっ……」
もう一度、大きな大きな深呼吸を挟む。
……彼を救うため、わたしはこれから、一世一代の大勝負に挑んでゆく。もちろん、やり直しなんて出来ない。一発勝負だ。
緊張にこくりと一つ喉を鳴らした後、わたしはかすかに震える手で、彼の肩口を揺さぶり始めた。
「小前田くん。起きて、小前田くん」
……だというのに、彼はぜんぜん目を覚まさなかった。
ショックで事故前後の記憶が飛んでいる可能性はある、とは事前に聞いていたけれど、そもそも目を覚まさないなんてことは想定外。
もしや、もう死んでしまったんじゃ……。そう思い、慌てて顔色を確認すると、彼は思わず撮影したくなるぐらいだらしない顔を浮かべて、夢の中をさまよっていた。
「……」
思わず呆れてしまったけれど……それでもその表情は、今は容態が安定しているという裏返しでもある。
わたしはそれにちょっぴり安堵しつつも、顎に手を当て考えた。
「……ゲームのオープニングに沿った方がいいのかな……?」
ふとそんなことを思いつき、すぐさま実行に移す。
「――目を覚まして、マリク。目を覚まして……」
そんな呼びかけに、彼はほんの少しだけ反応を帰してくるが、それでも何度やっても彼は頑なに目を覚まそうとはしなかった。
……オプションウェアで時刻を確認する。既に予定時刻は大幅超過。これから状況説明も、ゲーム自体の説明もしていかないといけないというのに……。
わたしは焦りから、ついに声を荒らげてしまう。
「……あーもー! さっさと目を覚ましてよ! 時間押してるんだからさあ!」
その声にガバッと起き上がる彼。
……ちょっと失言しちゃったかも知れないと思ったわたしは、まだぼうっとしている彼に質問攻めをしてごまかしつつ、事前に用意していた説明を入れてゆく。
もちろん、彼が今死にかけということや、魔剣の一撃に合わせて手術が開始される……だなんて前提は全部ナイショにしておく。
――そもそも今回の作戦は、漫画やアニメにありがちな、窮地でのど根性が起こりえる演出をVR空間で作り出し、麻酔がなくても精神力で耐えて貰おう、だなんていう奇想天外な作戦だ。つまり彼がこのゲームに本気で没入してくれないと、今回の目論見は全部ご破算となっちゃうのである。
だからこそ、わたしは『黒幕』についてはとぼけつつ、慎重に慎重に、伝えるべき事だけを彼に伝えてゆく。
……それと。わたしを轢きかけ、結果的に彼をはねた車の持ち主が、たまたまゴーグル社の社長だったというのも、この作戦を採る上では幸いだった。社長が治療に全面的に協力を申し出てきてくれたからこそ、未だ試作段階にあったこの『ゴーグルストレートビュー』を、本来部外者であるわたしも含め、こうして活用する事が出来ていた。
「ま、話す機会がなかったから、そんな印象だったのかもしれないけど。……でも実際はこんな感じだし、気兼ねなく接してきて大丈夫だからね」
――ちなみに、これは真っ赤な嘘。
わたしは身内や親族以外と相対すると途端に舌が回らなくなる、面倒くさい人間だ。だから友達らしい友達はネット上にしかいなかったし、休み時間だって誰とも話さず、静かにようつべを見たりサントラを聴くだけの日々を送っていたわけで。
――そう、わたしは本来それくらい内気で、引っ込み思案な性格だった。
だからこそ……カウントダウンを飛ばされる意地悪をされても、自己主張が苦手だから仕返しに時間が掛かっちゃうし、疑われて雰囲気が悪くなるとどう接したらいいか分からず、唐突に変なギャグとか言い出しちゃったりするのである。……わたしは言わば、それほどコミュ障ちっくな乙女なのだった。
ただそれでも、今回ばかりはそんなことは言ってられなかった。
わたしを助けてくれたばっかりに、こうして死にかけちゃってる陸也を絶対に助けるため。
あと、麻酔がダメな体質なのに、どうして自分の身を省みず人を助けちゃうのって、後でちょっぴり文句を言うため。
……わたしは進んで、陸也から信用されるようにならなきゃいけなかった。
――だからこそわたしは、自分の趣味を生かし、ゲーム由来のネタを無理矢理にでもちりばめていって、明るくてとっつきやすそうな子を演じようとしていた。
陸也のお母さんに聞いてみた所、普段から陸也は「馬ぴょん」だの「マスコットが備蓄食」だの「川が透き通ってる」だのと口にしていたんだとか。
……そこまでソシャゲをやっていたのなら、きっとコンシューマーゲームにも馴染みがあるはず。そう考え、あわよくば分かる話題で盛り上がれたらいいなーって思いながら、わたしはちょっと強引にでも会話の中に名作ゲームネタをちりばめていく。
実際それは思惑通りにはいかず、陸也はほとんどのネタを分かってはくれなかったけど、それでも最初はスルーされていたそれも、ちゃんとツッコんできてくれるようになって、内心ホッとしたのと同時に、少し嬉しくなってもいた。
そして。大本の目的は裏でちゃんとこなしつつ、彼にもっと楽しい時間を過ごして貰いたいと思うようになり――わたしはそういった発言をどんどんエスカレートさせていく。
*+*+*
そうして、時間的にも進行的にも、そこそこ順調にこなしてきた中で。
わたしが魔王戦前にやらかした、唯一にして最大のミスが……迷いの森での出来事だった。
「それじゃ最後に、そこにいるビームマジシャンを倒してから、エースマジシャンを倒してね。そうすればボスへの道が開けるから」
そんなわたしの指示通り、陸也は太刀の攻撃力をフル活用するような先手先手の動きで、指定された敵を屠ってゆく。
……拙いながらも、陸也は筋がいい。
VR慣れしているからなのか、それともコンシューマー版をやらせても同じ動きが出来るのかは分からないけれども、この調子ならきっとスムーズに魔王戦まで進んでいけるはずだった。
ただ。それはこちらの目算からは、ちょっと外れてもいて。というのも、完全に初心者を導くものとして、事前にタイムを切っていたから。
……この調子なら、どこかで時間を浪費しないといけなくなる。となると候補は、聖域で間違った方向に進むか、もしくは城下町で優雅にティータイムか……。
と、そんなことを考えながら、わたしは陸也からつい目を離し、現実の時刻を確認してしまっていた。
……ふと視線を戻したその時にはもう、どうしようもない地点にまで大岩が投げられてしまっていて。
「っ、陸也!」
思わずそんな叫び声を上げてしまう。
――実はわたしは、痛みによるダメージのフィードバックはないことを事前に知っていた。というか、むやみやたらに陸也の痛覚を刺激したくないという主治医の先生からの提案で、あえてその機能を切ってもらっていたのだ。
ただ陸也自身がそれに気づいてしまうと、魔剣での確定攻撃の時につじつまが合わなくなってしまう。最悪、自分が手術を受けていることに気づくかも知れない。だからこそわたしは、一撃も貰う事なく陸也を魔王戦まで連れて行くために、率先して道中の露払いをしなければならなかった。
……実は、弓が得意なキャラを選んだのもその理由から。元々弓は得意ではなかったけれど、陸也を助ける為に猛特訓を重ねても来た。
そう、それくらいわたしは、タイムアタックだけでなく、ノーダメージでの進行にも気を割いていたのだ。
だからこそ。
本当にくだらないところで陸也が被弾したことに対し、憤りが隠せなかった。
「全くこいつは、人の努力を台無しにして……!」
そんな恨み言を口にしながら、わたしはフルパワーで弓を射る。……多少ボロが出たかもしれないけど、それよりも八つ当たりを優先したかった。
ただ、それでもわたしはすぐに冷静になると、まだ全てが終わったわけじゃないと自分自身に言い聞かせる。
「……あぁーあ。陸也に極力痛い思いをさせずに、ゲームクリアさせたいって思ってたのになぁ」
「そんなこと考えてたのか。……まあ、あんまりそういう事気にしなくても良いからな。今のは特に痛みも感じなかったし」
「いや、油断大敵だよ陸也。今は序盤だから軽かったのかも知れないけど、次はめちゃくちゃ痛いかも知れないじゃん。基本はやっぱり、ダメージを食らわないのがベストだよ」
そうやってごまかしつつ、何とか陸也の考えを誘導した後。わたしはふと事前に組んできたチャートに、一つ項目を追加することを思いつく。
「……よし。良い機会だし、陸也にはダイビングロールでもマスターして貰おうかな」
……元々陸也に被弾をさせるつもりなんてなかったし、本来これを教えることは予定にはなかった。
けれど、それでも今回のような事がまた起こるかも知れない。そうしたときに陸也自身が回避行動を取れるようにしておくのは、決して間違いじゃないはず。……と、そう思ったからである。
ただ。ここまでその才能を発揮してきた陸也が、まさかマット運動に限ってはずぶの素人だったのは計算外だった。
結果的にここで大きくタイムをロスしてしまい、わたしは時間を稼ぐため、陸也に爆弾石やCcDを指示する羽目になってしまう。
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