第25話 金髪、イキる


 ――時乃が言っていたとおり、俺達はそのまま姫のいる野営地へと強制的に移動させられていた。

 しかもそこはかなりボロボロに踏み荒らされてしまってもいて、その惨状に俺は思わず顔をしかめてしまう。


 《ああ、勇者様。お待ちしておりま……ううっ》

 《……姫! ご無理をなさらず!》


 うずくまっていた姫が立ち上がりかけたが、よろける。宰相が慌てて側に寄ってくるが、しかし姫は気丈にもそれを制しながら、何とか立ち上がった。


 《これくらい、何の問題もありません。それより勇者様。バッヂは無事、8つ入手出来たのでしょうか? ……そうですか、さすがです! やはりあの魔王を討伐した実力は本物、と言う事ですね!》


 俺が話した体で会話が進み、姫は二の腕を抱えたまま近寄ってくる。


 《こちらも、お約束した光のオーブはちゃんと見つけ出すことが出来ました。……それを奪い返そうと魔物が襲ってきたりもしましたが、何とか撃退も出来ました》 

 《……ただその代わり、姫はこんな大けがを負ってしまったがな。……それもこれも、君がバッヂを集めるのが遅いせいだぞ》

 《……! いいえそれは違います。これは単に、私たちが至らなかったまで。勇者様は、お気になさらないで下さい》


 そうして姫は金髪の暴言を即座に否定するが、金髪はそれでも不満そうである。


「ていうか、腰巾着のお前が言うなよお前が」


 と、そんな態度に内心憤りはしたものの。

 イベント会話で手持ち無沙汰だったのもあり、俺はふと浮かんだ疑問を時乃へぶつけてもいた。


「……ていうかさ。大けがっていうけど、どこを怪我してるんだ? 腕に怪我なんてないし、前と見た目変わらないんだが」

「ツッコんじゃダメだよ、陸也。差分作るの、めんどかっただけだと思うし」

「……お、おう……」


 夢もへったくれもないその返答に、俺が渋い表情を浮かべる中。姫はどこからか光輝く丸い珠を取り出した。


 《……それでは、これは勇者様に》


 そうしてそれを差し出してくるのだが、それに待ったを掛けるものがいた。……もちろん、金髪である。


 《お待ちください、姫。僕もまた、魔王討伐を託された勇士の一人。実力ではこいつに引けを取りません。是非それを、この僕にお預けくださいませんか?》

 《……え? しかし……》


 その申し出に戸惑う姫。後ろで控えていた宰相が見かねて声を掛ける。

 

 《無礼者。姫様が勇者様に託すとおっしゃられたのだ。引っ込んでおれ》

 《……いいえ、これは何も利己的な判断で申し上げてはいないのです》

 

「いや単に手柄を横取りしたいだけだろ、バレバレじゃねえか」

「まあそうなんだけどね……」


 そんな会話はNPCたちには通じず、金髪はなおもぺらぺらと語ってゆく。


 《光のオーブは闇のオーブを砕くためのもの。それを魔帝と戦うこいつが持てば、戦いの際に割られてしまう危険があります。……そもそも、こいつが相打ちになったり、敗北したりする可能性だってあるはず。そうなった際、次にアルティメットブレイドを握り、魔帝に雄々しく対峙するのはこの僕……そうじゃありませんか?》


「何で勝手に『俺は補欠で選ばれてます』って顔してんだよ」

「ベンチ外だってのにね。まあわたし達としては、アルティメットブレイドくん自体がベンチ外なんだけど」

「こいつと同レベルで語られる伝説の剣、扱い酷すぎないか?」


 《……うむむ、しかし……よりにもよってこやつに、これほど大事なものを託すのは……》

 《魔物の大群から姫を守り、危険を冒してこいつを迎えに行ったこの僕を、宰相殿はまだ信用していない、と》

 《……》


「いや、守れてないからお姫様が怪我を負ったんじゃないのか? しかも俺らがいた聖洞、敵湧かないんだし、危険も何もなかっただろ」

「わたしがギミック全て解除してたし、普通に歩いてくるだけだったね……」

 

 《……分かりました》

 《姫! しかし……》

 《勇者様に重荷を全て押しつけるのは、我々の傲慢ではありませんか? この方はつまり、我々も勇者様と共に死地に赴き、共に戦うべきだと、そう仰られているのです》

 《……え? いや、僕はそこまでは言ってな……》


 思わず小声でそう口走る金髪を余所に、姫はずいと近寄ってくる。

 

 《勇者様、申し訳ありません。やはりこのオーブは、我々が責任を持ってお運び致します。……その代わり、我々の同行を是非お許しいただきたいのですが……》


「……その傷で?」

「うん、その傷で。まー傷は見えてないんだけど」

「足手まといじゃないのか……?」

「実際には馬乗るからアレなんだけど、それでも足手まといだね。……ホーント、この金髪、余計なことばかりするよねえ」

「……余計なこと?」

「余計なことでしょ。オーブ横取りしようとしてお姫様焚き付けちゃったばっかりに、これから城までお姫様の護衛しなきゃならなくなったんだよ?」

「……え、まじかよ……?」

 

 面倒なタスクが増えたことに思わず不満げな声を上げれば、時乃もうんざりとばかりに何度か頷きを返してくる。


「気持ちは凄い良く分かるよ。こいつら馬乗っててもマリクよりちょっと足が遅いからさ、タイムアタック中なんて何度となく発狂したもん、わたし」

「……お、おう。いや、発狂するほどじゃあないんだが……」


 そこまでではないと、ちょっと引き気味に口にする俺に対し、時乃はハァとため息をついてから背中を向ける。


「……ま、やってみれば分かるよ。ここからしばらく、その退屈な護衛任務だから」

 


  ***



 ――確かに時乃の言うとおり、その護衛任務は非常にもどかしくストレスフルなものだった。

 というのも、一行は俺たちの後ろを、本当にちんたらちんたらと歩いてくるのだ。しかも向かう先は敵の総本山、当然進むにつれ厄介なモンスターが湧いてくる。にもかかわらず、足が遅いばっかりに敵は常に入れ食い状態。しかもそれらを追い払うのがほとんどこちら……ともなれば、当然イライラも募ってくるわけで。

 結局ゴーストタウンと化した城下町まで辿り着いたときには、俺はもうその怒りを爆発させてしまっていた。


「……だぁー!! もうなんなんだよ、このゲーム中で一番やべえ所に行くっていうのに観光気分で着いて来やがって! しかもお姫様はまだやる気出すからいいが、こいつなんて、自分は勇士だ何だって主張しておきながら、いざ敵湧いたら頭抱えて縮こまるだけじゃねーか!!」


 金髪を指さしそう口角泡を飛ばせば、時乃は特大のため息をつきつつ、弓の弦を絞ってゆく。

 

「ほんとそうなんだよ。だから言ったでしょ、発狂するってさ」


 そう言いながら矢を放てば、近くに湧いたクモ型ロボットの頭にクリーンヒット。……そう、城がラスダンになるということはつまり、城下町の中にも大勢の敵が湧くということでもある。

 そうして時乃が弱らせ、かつ間合いを詰めてきた敵を、俺は居合い切りの一太刀にて切り伏せていた。


「こんな面倒なことになるなら、光のオーブとやらをさっさと渡して安全地帯にいてくれってんだよ……っていうか、結局そのオーブって誰が持ってるんだ?」

「金髪」

「はぁ⁉ 意味が分かんねえってマジで……俺、嫌だぞ。こいつのお守り、ラスボス前までやっていくの」

「あ、えっと、それは大丈夫。もうすぐイベントが始まって、護衛任務は終わるから。それより……」


 時乃は改まって俺へと向き直る。

 

「……ずいぶんと体の動きが戻って来た気がするけど、痛みの具合はどう?」

「あー、まあかなり軽くなってきてはいるかな。この通り、痛みに堪えれば体をひねれるようにもなった」

「……いや、痛みが出るなら居合い切りとかしなくて大丈夫だからね。でもまあ、順調に引いてきてるようで何より何より。リハビリ用のルート、頑張って考えた甲斐があるってもんだよ」

「……。……リハビリ用のルート、ね……」

「あ、えっと……」


 失言に気づき、時乃はハッと口を押さえた。

 ……そして、また雰囲気が重くなるのを嫌ったのだろう。時乃は慌てふためきながら、久方ぶりの提案を投げかけてくる。


「……そ、そーだ! BGM流す⁉ 終盤の曲はどれも名曲だからオススメだよ!」


 そんな提案に対し、こちらもお決まりとなった質問を返す。


「……曲名をまず聞こう。話はそれからだ」

「曲名? えっと……」


 

「――『embrace fear』、かな」


 

「……は?」


「だから、エンブレイス・フィアー」

「な、なんでそんな劇的に名前がビフォーアフターしてるんだよ、前はボコスカドッカンとかだっただろ……?」

「知らないよそんなの。メインの作曲家の人じゃなくて、サブで入ってる人が作ったんじゃない? 時たまこういう横文字のタイトルあるしさ」

「……」

「で、聞くの? ちょっと暗い系だけど、ものすごく奥行きがある感じの……」

「あ、いや、まあその、暗い系は好きじゃないから、いいや、うん。ありがとな」


 何だか肩透かしを食らったというか、何だか戸惑いが隠せなくなり、俺は結局その曲を聴かない選択をしてしまっていた。対する時乃は不服そうな顔を浮かべ、オプションウェアから指を離す。

 ……ただまあ、今のやりとりで、俺たちの雰囲気はかなり軽くはなっていた。

 

「じゃあまあ、先を急ごうか。……ええと、そこの跳ね橋でイベント挟まるからね」

「……ああ、分かった」


 一つ頷きつつ、俺は一行を引き連れ、城に掛かった跳ね橋へと差し掛かってゆく。

 

 すると、突如地鳴りが鳴り響いた。

 そして全員が足を止めたのとほぼ同時に、城門がぎいと開く。そこから、漆黒の馬に跨がりつつ姿を見せたのは――ラスボスである、魔帝だった。


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