第24話 わんこそバッヂ


「……何だかいかにもっていう所まで来たが、この先がボス部屋か?」


 そうして時乃を問い詰めた後。

 俺たちは聖洞内を進み続け、ついには大きな広間の前まで辿り着くことが出来ていた。

 ……だが俺たちの雰囲気は、これまでになく悪い状態でもあって。

 

「……」

「……あのな時乃。そっちがそんなだと、こっちまで調子が狂うんだが」


 ……特に時乃はあれから一言も発することなく、粛々と像を操作し顔を伏せながら進んでゆくばかりだった。

 もちろん、熱が入ってしまったが故に、明らかに犯人と断定したような言い方を俺がしてしまったのも原因の一つだろう。ただ、結局時乃は何も語ることはなかったのだし、それでも時乃を信じ今しばらくは待つという判断をしたのだから、こちらとしてはこれまで通りの時乃に戻って欲しくはあった。

 

「なあ。俺の為だなんだっていうなら、今までの時乃に戻って欲しいんだが」


 そう促してはみるものの、それでも時乃はこちらの顔をチラチラと確認しかしてこなかった。


「……その、伝え忘れてはいたが。色々と手助けしてくれたことに関しては、裏はないと思ってるんだ。だからこれまで通り、良く分からない冗談とか言ってきてくれよ。ええと……ボス部屋、ゲットだぜ! とかさ……」

「……」

「……」

「……」

「……。参ったな……」


 以前は上手くいった発破も、ここまで空気が湿気ってしまっていればどうしようもない。お手上げとばかりに頭を掻く。

 と、そんな時だった。時乃がふと、ぼそぼそっと何かを口にしたのは。


「……がふ……んだ」

「……え?」



「……ふとんが、ふっとんだ」



「……は?」


 思わずぽかんと口を開けてしまう。対する時乃は何だか恥ずかしそうに、ワンピのスカートを両手でぎゅっと握りしめていた。


「だ、だから、その……ふ、ふとんがふっとんだ、って言ったの。場を、和ませたくて……」


 そんな告白に、なお唖然としてしまう。しばし無言の時が流れた。


「……」

「……」


 ……そしてついに堪えきれなくなり、俺は口元を崩壊させてしまう。

 

「……ぷっ」

「わ、笑わないでよ! 何とかしたかったけど、思いつかなくて、それで……!」

「いやいや、それにしたって唐突すぎだろ……ぶふっ」

「……うう……」


 恥じ入るように、自分の発言を後悔し始める時乃。

 ……ただ、それでもこの空気を変える突破口になったのは事実である。俺は内心時乃の勇気に感謝しつつ、口を開いた。


「時乃のギャグセンスがやはり酷かったってことは良く分かったが、それはともかく。……俺だって、時乃と険悪になりたくなんてないんだ。そもそも時乃は雑魚敵をいつも真剣に倒してくれてたしさ」

「……うん、そう、だね」

「そういうのもあったからこそ、ひとまずは時乃を信じるって決断を下せたんだ。だからあんまり気にするな……ってこっちが言うのもアレだが、いつもの時乃でいてくれ。……で、ここはボス部屋であってるのか?」

「……。……えっと……うん、そう」


 ようやく雰囲気を軟化させた時乃は、首肯の後、解説を入れてきてくれる。


「……ここのボスは、さっき操作してた像のおっきいバージョンで、部屋の中央で全く動かないタイプなの。で……その……陸也、傷の具合どう? CcDって、出せたりしそう?」

「居合い切りバグのことか? ……ああ、なるほど。動かないから当てやすいって事か。鞘から抜き差ししまくるだけなら、問題ないぞ」


「……そう。なら想像してくれたとおり……ここのボス、秒殺だから」



  +++



 ――時乃の言うとおり、そのボスは一瞬で屠ることが出来ていた。


 ワイドウインドウィンドウなる、強風を吹かせていた窓の像を巨大化したようなボスは、その窓の部分から雑魚敵をポコポコと出して攻撃してくるのだが、いかんせん像は像である。動かない。しかもおあつらえ向きに、広場の中央に陣取っている。

 よって、安全地帯からチャキチャキと居合い切りキャンセルを58回ほど繰り返し、そのまま刀を振り抜くと。

 

 《……ごぉぉぉぉおおぉぉぉおぉ……》

 

 ――横薙ぎ一閃。

 ボスは風の音にも似た断末魔を上げ、消滅していったのだった。

 

「……えっと、バッヂ出た?」

 

 時乃のそんな問いに、周りを見渡したちょうどその時。

 キィーンという音をたてて、ボスがいた場所にバッヂが落ちてゆく。

 

「……これを増殖させるんだったか?」

 

 俺はそう言いながら、おもむろにそのバッヂに手を伸ばすのだが。 

 

「あっ、ちょっと待って! ……それ、普通に拾っちゃダメなの。注意事項もあるし、バグ技のセットアップしながらちょっと聞いてくれる?」

 

 そう言って俺の動きを制しながら、時乃は取るべき行動を指図してくる。

 ――ここは聖洞、いわば洞窟である。当然、壁は脆く崩れた箇所が点在しており、所々剥がれた石片が落ちていた。時乃はそのうちの一つを拾わせた後、広場の隅に並んでいるトゲのトラップに自ら当たるよう指示してくる。

 

「無の取得、か。……ていうか、滅茶苦茶痛そうなんだが」

 

 そのトゲの鋭利さにちょっと尻込みしていると、時乃は腕を組みつつ一言。

 

「ほんのちょっと、体を掠める程度で大丈夫だよ。……ていうか、痛みには強いんじゃなかった?」

「……」

 

 その指摘に、すこしムッときてしまう。……そんな事を言われたら、なんだか沽券に関わる気もしてくる。

 俺はためらいなく、そのトゲに自らの右太ももをこすりつけた。

 

「ってて、痛ってえなやっぱり。……ていうか、どうして敵からのダメージは痛みがないのに、ニワトリやらトゲやらは痛いんだよ」

 

 そう不満を口にするが、それでも目的は達成出来たようで、石片は落としているのに何かが腕の中にあるような感覚が残る。

 

「故意に傷を負いにいくのと、敵から偶然ダメージを貰うのじゃ、ゲームの判定が違うのかな。もしくはバグ技だから、そもそも仕様の範囲外なのかも知れないけど」

「……なるほどな」

「ま、開発者に聞かないと分からないけどね。……で、無事に無を取得できた? じゃあそれを持って、バッヂの側まで行ってくれる?」

 

 その言葉通りに、俺はバッヂの近くまで移動しつつ、時乃に視線を送る。

 

「そしたら、前と違って今度はその無を置くんじゃなくて、思いっきり投げつつ、無が床に落ちる前にバッヂを8個拾うんだけど……注意して欲しいのは、絶対に8個以上拾っちゃダメって事」

「……いや、まず8個も拾えるってこと自体、よく考えればおかしな事なんだが……その、8個以上拾ったらどうなるんだ?」

 

 そんな俺の素朴な疑問に対し、時乃は端的に答えてきた。

 

「バッヂは9個以上存在するわけないから、その場でゲームがフリーズする」

「……」

 

 ……そんな危ないことを今からやれって言うのか? という顔を思わず向けると、時乃はそれに肩をすくめつつ、言葉を返してくる。

 

「だから拾うときはちゃんと数を数えてってこと。一応、わたしも数えるけどさ」

「……分かった」

 

 渋々頷きながら、俺は無を投げる態勢へと入る。

 

「ちなみに8個拾って少しすると、そのまま強制的にイベントが始まるからね。……急に場面変わるけど、びっくりしないでよ?」

 

 そう付け足してくる時乃に、俺は一つ首を縦に振ってから、叫んだ。

 

「了解。それじゃ行くぞ? ……うらっ‼」

 

 俺は思いっきり、腕の中にある存在しないものを宙に放り投げる。当然力んだ弊害でキリリと腹部に痛みが走るが、俺は構わず床のバッヂに手を伸ばした。

 

「……1、2、3……」

 

 拾う度、何故かわんこそばの如くその場に湧いてくるバッヂ。それを1個ずつ左手に移しながら、俺はなおもバッヂを手に取ってゆく。

 

「……7……8、ストップ!」

 

 そうして、俺と共に数えていた時乃が鋭く俺を止めた、その直後だった。 


 

 ――ガタァン!

 後方で唐突に鳴るその音に驚きつつ振り返ると、ボス部屋の入り口には、度々その顔を見る重装備姿のNPCが立っていた。……そう、例の金髪である。

 

 《……こんな所にいたのか! ずいぶん探したんだぞ!》

 

 良く分からない言い草を放ってきながら、金髪は俺の側まで寄ってくる。

 

 《バッヂは集まったのか? ……いや、そんな事はどうでも良い。すぐに来るんだ!》

 

 そうして俺の腕を取ると、そのまま連れて行こうとする。が、当然俺はその場から動こうとしない。

 するとそんな様に焦れたのか、金髪はこんなことを言い放ってきた。

 

 《……魔物の大群が襲いかかってきて、姫が大けがを負ってしまったんだよ!》


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