第20話 魔帝
《……ああ、目を覚まされたのですね、勇者様》
痛みが残る下腹部を抱えつつ、テントからよろよろと出た直後。俺を出迎えたのは、そんな透き通った声だった。ふと前を見れば、かっちりとした乗馬服に身を包んだ銀髪の美少女がそこに立っている。
「……誰?」
「顔見て分からない? って、そっか、遠目からしか見てないのか。……この子がお姫様だよ」
その言葉に、俺は目の前にいる姫を二度見する。
「え? めちゃ可愛いこの子が、勝手に報酬にされてたあのお姫様なのか?」
「……。……そうだけど」
俺のその問いに、時乃は何故か渋々、首肯を返す。
……いや確かに、演説の時の豪奢なドレス姿ではなかったのでぱっと見は分からなかったのだが、確かに気品漂うオーラはそのまんまである。ジャケットを着こなし、髪を後ろでアップにしたその出で立ちは、ドレス姿と違って凜々しく、これはこれで趣があった。
「いや、マジか、お姫様ってこんなに可愛かったのかよ。いや遠目から見ても中々ヤバそうだったのは分かってたが、まさかこれほどとは思わなかっ……痛ってぇ‼‼」
言葉をまくし立てていた途中で、足の甲に激痛が走る。時乃が俺の足を容赦なく踏みつけてきたのだ。
「おい何すんだよ! まだ全然病み上がってもいないんだぞ……っ‼」
腹を抱えつつ足もさするという滑稽なポーズを取りながら、俺は必死にそう抗議するのだが、時乃はツンと顔をそっぽに向けてしまう。
「可愛い子を見て鼻息荒く出来るんだから、もう病み上がりって言っても良いんじゃない? ……ていうかそもそも、病気じゃないし」
「……」
そんな理不尽な言動に思わず苛立ちを募らせてしまうが、抗議するより先に、姫の方が話し始めてしまっていた。
《ここは林の中を通る街道沿いの、小さな野営地です。ここには今、辛くもお父様から逃れることが出来た兵士や市民達が身を寄せ合っています》
そこまで言った後、姫は一旦周囲を見渡してから、少し遠くを見つめる。
《あの後……魔剣イビルグラインを得たお父様は、魔王ならぬ『魔帝』と名乗り、数多のモンスターを引き連れ城へと戻って来ました。もちろん私たちは武器を取り抵抗しましたが……。……結果は、ご覧の有様です》
そうして姫は悲痛な表情を見せ、うつむき、首を振る。
ただ俺はというと、そんな姫の感情をくみ取るでもなく、全然別な質問を時乃へとぶつけていた。
「なあ、魔剣の方はイビルグラインとかいうかっこいい名前がついてるのに、どうしてこっちの剣はアルティメットブレイドとかいう安直な名前なんだ?」
「……そんなの、わたしが分かるわけないじゃない。開発者に聞いてよ」
「いや、まあ、それはそうなんだろうけどさ……」
どうでも良いでしょとばかりに脱力する時乃に対し、俺は納得出来ず口をへの字に曲げていた。
……やっぱり時乃って、ネーミングセンスに関しては鈍感だよな。……いや、鈍感だよな? 俺が異常なわけではないよな?
と、なんだか自分の感覚に不安を抱き始めてしまう中。ふと前方に目をやれば、いつの間にか見知った顔が側まで寄ってきている事に気づいた。
そう、例の狡っ辛い金髪である。
《君の詰めが甘く、魔剣を奪われてしまったせいで、いまや世界は雷雲に覆われ、力を得たモンスター達が跋扈する暗黒の大地と成り果ててしまった。……つまりは、そういうことなんだよ》
「……いやいや、急にしれっと現れたけど、お前そもそも生きてたのかよ」
そう率直に思ったことを口にすると、時乃は苦笑いを返してくる。
「アルティメットブレイドが人を殺すわけないじゃん。剣を抜こうとしたあの時は、ただそのまま弾き飛ばされただけだよ。で、こいつは全く懲りず、今度は国が危機に陥ったのを良いことに、こうしてお姫様に取り入ったってわけ」
「……なるほど、ゲスがやりそうなことだな」
思わず嘆きのため息を漏らす。
一方姫は、その金髪の発言を生真面目に受け取ってしまってもいた。
《……申し訳、ありません。そもそもお父様が持ち歩いていた杖の黒い珠が、まさか魔王を生んだ闇のオーブそのものだったと、気づくことさえ出来ていれば……》
《ああいえ、姫を責めているわけでは全くないのです。どうかお気を確かに、姫》
知らず知らず流れ弾を当ててしまい、うろたえながらそんなフォローを入れる金髪だったが、それでも姫はふるふると首を振る。
《いいえ、此度の罪と責任は全て、お父様と、その娘の私にあります》
そうした後、姫は決意を込めた瞳でこちらを見据えてきた。
《……勇者様。魔王討伐を成し遂げた、その返す刀ではありますが――どうかお父様を討ち、この国を、民を、そして何よりお父様自身を、救っては下さいませんか?》
「……。……なるほどな。だから魔王を倒して終わりってわけじゃない、と」
これがラスボスではない、と以前説明を受けたわけをようやく納得出来た俺は、そう呟き、無意識に頭を掻いていた。……ゲームオーバーで死ぬかも知れないというこの状況は、どうやらまだまだ長く続いていきそうである。
時乃はそんな俺のため息に同情の頷きを返しつつ、補足を付け足してきた。
「……要するにね。戦犯は魔王を封印したマリクの父親だったんだよ。戦利品として闇のオーブをふつーに持ち帰って、国王に手渡しちゃったからね。まあそもそも当時はオーブが元凶だって誰も知らなかったから、仕方無いんだけどさ」
「……なるほど」
「で、元は賢王だった国王も、知らず知らずオーブに精神と肉体を汚染され闇落ち。そして魔王と同様に魔剣を欲するようになり、魔王を騙って幻影体を操り始めたってわけ。それもこれも全て、勇者が魔王の封印を解き、魔王の手から魔剣を回収する機会を作るためで……」
「……それが万事上手くいったから、こうなってしまった、ってわけか」
「そういうこと」
そうして時乃が大きく頷きながら肯定した俺がそう口にすると、時乃は返事の代わりに大きく頷いてきたのだった。
と、そんな中、金髪がゆっくり俺に近づいて来て、耳元でひっそりと呟いてくる。
《全く、運の良い奴だよ。あのまま魔王の代わりに封印されてしまえば良かったのに》
そこで金髪は一旦姫に視線を送った後、したり顔を浮かべてくる。
《だが、僕は君を出し抜き、こうして姫に一番近いポジションに収まる事が出来た。……アルティメットブレイドこそ君に奪われたが、結局は僕が姫を手に入れるという未来に変わりはない。もし姫に懸想をしているのなら、早々に諦めることだね》
そう得意げに語り、去って行く金髪。その後ろ姿を見て、俺は思わずこう漏らしてしまっていた。
「……一体何なんだよ、こいつは」
時乃は渋い顔のままひとまずそれに首肯で賛同した後、ふと振り返ってくる。
「……そういえばさ。知ってる? 嫌な奴って3つに分けられるらしいよ」
そうしてもったい振りつつ、時乃は自らの指を立ててゆく。
「金や権力をかさに威張り散らす奴。プライドが高くて自己中心的な奴。周囲の状況を見てすぐ態度を変える奴。この3つ。で、こいつは……」
「こいつは?」
「……あれは雪の降る寒い日だった……」
「質問に答えろよ」
思わずそうツッコむと、時乃はてははと笑いながら構えを崩した。
「ま、要するに全部入ってるよねーってこと」
「確かにそうだが……なんかまた、俺の知らないネタでもねじこんだのか?」
「……バレた?」
てへっと舌を出す時乃。嘆息の後、俺は腰に軽く手を掛けながら向き直る。
「……遊んでないで、ちゃんとガイドしてくれよ。もうイベントは終わったのか?」
「あーえと、まだ終わってはいないね。そこにいる宰相に話しかけてくれる?」
俺はそれに従い、近場にいた宰相へと近づいてゆく。
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