第2話 跳び箱(物理)
ジャラララララ……
「……」
ガシャコン!
ドゥルルルルルル……
テン! テン! ……ジャキィン!!
テレレレッテレー‼‼‼
ジャラララララ……
「……」
――幼馴染に起こされた主人公が向かった先……もとい、時乃に起こされて俺が向かわされた先は、国王の元でも長老の元でもなく、何故かカジノのスロット台だった。しかも、狂ったように777しか出ない台である。
「当たってるー? ……って、そんなの聞くまでもないんだけどさ」
出てきたメダルを交換所に持っていった時乃が、代わりに大量の瓶……どうやらラストエリクサーらしいが、その山を抱え戻ってくる。
「なあ時乃。……俺って一応、このゲームの主人公なんだよな?」
「え? うん、そうだけど」
「にも関わらず、どうして起き抜けからこんなことをやらされてるんだ?」
「……え、でも楽しくない? 馬鹿みたいに当たり続けるの」
「……過程も何もないのに楽しめるわけないだろ? そもそもこっちはゲームのあらすじすら知らない状態なんだぞ?」
……ギャンブルって、当たるかどうかのドキドキ感とか、身銭を切るヒリヒリ感とかを味わうものじゃないのか? わけも分からず連れてこられて、ただただ約束された勝利のレバーを引いてるだけじゃ、風情も何もあったもんじゃない。
「過程はあったじゃん。植木鉢に話しかけてから、4歩歩いて強攻撃3回、台の前で弱攻撃4回」
「乱数調整の話をしてるんじゃないんだよ」
植木鉢にこんにちわーなどとやっている様を思い出し、思わずため息を漏らす。
が、時乃はそんな俺の塩対応にもめげず、にこやかに笑みを返してくる。
「まあまあ良いじゃん。そもそも旅には先立つものがないとでしょ? それに弱攻撃のやり方なんかも覚えられたんだし、これが実質チュートリアルみたいなもんだよ」
「過去最悪のチュートリアルだなおい」
そんなツッコミを軽くスルーしつつ、時乃は先ほど引き換えたおどろおどろしい色のカバンに、抱えている物を全て投げ込んでいく。
時乃が事前に説明していた通り、そのカバンの容量は無限にあるらしく、実際どれだけ物を入れても膨らむことはなかった。
……いや、むしろ今、中にブラックホールのようなものが渦巻いているのがチラリと見えた気もする。無茶苦茶怖い。
「まあ正直に言うと……このゲーム、一番はじめに苦労するのがカバンの容量の少なさだからね。これでその問題も解決出来るし、ついでに回復薬も実質無制限になるから、すごい楽にもなるし。……まあ、わたしは陸也に回復薬を使わせるつもりなんてないけど、それでもこれだけあれば、心にゆとりは出来るでしょ?」
「まあ、安心っちゃ安心だが……回復薬無限って、宿屋の人が泣いてるぞ、きっと」
思わずそうぼやくと、時乃はふとこちらに顔を向けてくる。
「ん、宿屋には泊まるよ? 回復だけじゃなくて、夜を明かす目的もってあるからね。というかそもそも『ゴーグルストレートビュー』は、ゲーム内の時間が現実と同じだったはずだから」
「……ああ、なるほど。ゲーム内ではなんともないように見えていても、ちゃんとリアルの身体のことまで考えておく必要があるってわけか」
「そ。一見繋がってないように思えても、やっぱりどこかで意識と肉体は繋がっているからね」
時乃はそこまで言ってから、膝をパンパンと払って立ち上がった。
「……それじゃ、そろそろ攻略に不自由がないぐらいお金も稼げただろうし……」
「ようやくストーリーを始めるわけだな?」
「……今度は、アイテムの回収に行こっか!」
「……」
+++
そうして連れてこられたのは、街外れにある寂れた野営地だった。
軽く辺りを見渡してみるが、もちろんめぼしいアイテムなどはない。疑問に思っていると、時乃はふと振り返りながら告げてきた。
「それじゃ今から陸也には、アレを使って空を飛んで貰うから」
そう告げながら時乃が指さしたのは、野営地の端っこにあった鉄枠付きの大きな木箱だった。
――時乃はまず、戸惑う俺を急かし、その箱を石垣が崩れた場所まで移動させた。そして周りの木々を目印に位置の微調整をした後、俺に剣を握らせると、弱攻撃を13回当てろと指示してくる。
「え? せっかくここまで運んだのに、壊すのか?」
「壊れはしないよ。普通の木箱と違って鉄枠あるタイプだから、どれだけ斬っても大丈夫。仮にボディプレスしても、中からりんごが出てきたりはしないから」
「……何言ってるのかさっぱりなんだが……そもそも、これでどうやって空を飛ぶんだよ?」
そんな至極当然の疑問をぶつけると、時乃はふと視線を斜め上に向けた。
「んーと、今から使うのは、
「……城?」
思わず聞き返すと、時乃は答えの代わりに明後日の方向を指さす。……確かに、豪奢な石造りの城が、遠くの方に見えていた。
「本来、ゲーム開始直後に向かわないといけないのは、あそこ。まぁ、一目瞭然って感じだけどね。……ただ、普通に向かうだけだとつまんないじゃん?」
「この状況で面白さを求めるなよ」
そうしてため息交じりのツッコミを入れると、時乃はそんな俺を手で制しながら続けてゆく。
「いやいや、別に面白さを求めてるってわけじゃないよ。あそこの屋上には、今の段階じゃ絶対に手に入らない、つよつよ武器が置いてあるの。もちろん普通なら取りには行けないけど、空から強引に行っちゃえば取れるからね」
「……だからその回収も兼ねて、空からダイナミック入場しちゃえ……ってことか」
会話を先読みした俺に対し、時乃は大正解だとばかりに頷く。
ならば特に反対する理由もないかと考えた俺は、ため息を一つ挟んでから、指示通り剣を小さめに振っていった。
――バシッ、ジャシン、ガシッ……
そんな効果音と共に攻撃を当てていくと、何故か木箱はおかしな挙動をし始めた。
「……ガクガク横揺れし始めてるんだが、大丈夫か? なんだか妙に怖いんだが」
「大丈夫大丈夫。……実はこの箱だけ他の木箱と違って、剣で切りつけた反動がその場で即反映されなくて、特定の衝撃を加えるまで慣性を維持したままになるの。で、そのバグと石垣を上手く利用することによって……」
「……あーっと、すまん。もっと分かりやすく言ってくれないか?」
「つまり、斬り続けるほど、むっちゃ飛ぶジャンプ台になるってこと!」
「……は? 飛ぶってもしかして、翼が生えるとか龍の背に乗るとかじゃなくて、これで物理的に吹っ飛んでいくってことなのか……⁉」
穏やかじゃない話が聞こえ、俺は思わず時乃へと振り向きかけた。すると、右手に少し力がこもってしまう。
「あ、今のは強攻撃になってたって。弱攻撃じゃないと、余裕で城飛び越してっちゃうから。やり直してくれる?」
そう言いつつ、時乃がおもむろに矢を箱に射ると、けたたましい音と共に箱の揺れが収まってゆく。
「びっくりするのも分かるけど、ちゃんと言ったとおりにすれば、落下ダメージもなくスタッて降り立てるから、心配しないで。……はい、もう一回お願い」
「……」
……反論や抗議の余地すらない、冷酷なリトライ要求。思わず眉間にしわが寄る。
「そもそもこのゲームには羽帽子も人間大砲も、魔法の絨毯もないからねー。だから序盤で手軽に空飛んだり距離を稼いだりするなら、このSfCがベストな手段になるってわけ。……あっ、今のも強攻撃だよ」
「……」
「あっ、また強攻撃だった! ……もー、何度言ったら分かるの?」
「……」
やがてそんなやりとりが数回も続けば、互いに少しすさんでも来る。
こんな初歩的なことで時間を食うのがもどかしい、と言わんばかりの時乃。置かれた状況や環境にもそうだが、時乃の要求にも理不尽さを感じてきてしまい、うんざりしてくる俺。
そしてついに堪えきれなくなって、俺はガバッと時乃へ振り返っていた。
「……なあ! 俺はこのゲームやったことないんだって何度も言ってるだろ⁉ わけわかんない方法で吹っ飛ばされるのだって全然納得してないが、そもそもこの剣、妙に力加減が難しいんだって! 何度もこのゲームやってる奴と一緒にすんなよ‼」
そう声を枯らすと、少し気圧されたのか、時乃は幾分トーンダウンしてゆく。
「ご、ごめん……そうだよね。コンシューマー版と違って、ボタン押すだけじゃないもんね、そこら辺」
しかし、時乃はそうして一度はしおらしくなりはしたものの、それでもぼそぼそっと言葉を紡いでくる。
「……でも、これはあくまでも陸也の為なんだよ? ……その……後がすっごく楽になるしさ……」
「………………」
これは俺のためを思っての提案なんだ、と言わんばかりの時乃。
……その真剣な面持ちに、思わず言葉を詰まらせてしまったのが、俺のしくじりだった。これ以上不満をぶつけるような雰囲気ではなくなってしまい、結局俺はまた、箱へ向き直らざるを得なくなってしまう。
――だが。
そんな俺に、思わぬ機会が巡ってくることになる。
「ん、やっと出来たね。じゃあこの上に登って、剣の柄を城の方向に向けてから、箱に突き刺してくれる? ……あっ、それと必ず、カウントダウンしてからにしてね」
「……時乃は乗らないのか?」
「うん、大丈夫。このゲーム、仲間キャラがはぐれたら空中浮遊してでも自動で追いかけてくれるシステムになってるから。ただ……ジェットコースターに乗ってる感じになるし、わたしは自分のタイミングで飛び立てないから、事前に心の準備はしたいの。だから絶対ぜっったい、合図してからやってよ?」
「……。……分かった。5カウントでいいな?」
時乃がそれにこくり頷いたのを確認した後、俺は剣を逆手に持ち直しつつ、一瞬だけ思考の海に浸る。
……そもそも、俺は望んで主人公をやっているわけじゃない。勝手にこの世界に放り込まれ、勝手に主人公やらされているだけだ。なのにアレをやれだの、これは違うだの……正直、もうちょっと丁重に扱われても良いんじゃないだろうか。
まあ、そりゃあもちろん、攻略するなら言われた事だけこなすのが一番効率が良いってことも分かる。めぐり巡ってそれが、俺のためでもあるんだろう。ただそれでも、少しは俺の意思や判断を反映してくれたって、ばちは当たらないはずだ。
神妙な面持ちの時乃を尻目に、俺はそんな心のもやもやを晴らすべく、八つ当たりを実行に移すことにした。
「それじゃいくぞ」
「……う、うん」
「――5、4……ゼロッ‼」
――俺は3以降のカウントをわざとすっ飛ばし、いきなり剣を箱に突き刺した。
突如地面が盛り上がったかのような感覚の後、けたたましい音とともに箱ごと空へと射出されてゆく俺。そしてワンテンポ遅れ、見えない何かにぐいんと掴まれたかのように、宙へと引っ張り上げられてゆく時乃。
当然、身構え切れていなかった時乃の口から、今までに聞いたこともないような声が発せられることになる。
「……きゃぁああぁあああぁあああ⁉⁉⁉⁉⁉」
――そんな可愛らしい悲鳴が、すがすがしい青空へとゆっくりゆっくりこだましていったのだった。
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