バグの伝説 〜古のアルティメットブレイド〜

山下六月

本編

第一章 タイムアタッカーと初見プレイヤー

第1話 タイムアタッカー時乃さん

 

 

 ――マリク。

 ――目を覚まして、マリク……。


 

 そんなささやき声が、脳髄に淡く響き渡る。

 柔らかで優しく、慈愛に満ちた女性の声だ。そんな心地よい声に抱かれながら、俺の意識は夢と現実の境を漂ってゆく。だが。


 

 ――目を覚まして、マリク。目を覚まして……。


 

 またも透き通るように響くその声を聞き、ふと半睡状態の頭に疑問が湧いてくる。

 ……マリク……? マリクって一体、誰のことだ……?



 

 ――あーもー! さっさと目を覚ましてよ! んだからさあ!


 

 

 ……!?


 

  +++



 思わずガバッと身を起こす。

 ……いつの間にか寝ていたらしい。寝ぼけ眼をこすり、俺は視界と意識を取り戻してゆく。


 だが次の瞬間、俺は驚きのあまり固まってしまっていた。というのも、今いる場所に心当たりが全くなかったからである。


 いやむしろ、目の前に広がっている異世界チックな室内は、まるでゲームの中にでも迷い込んだかのようでもあった。

 ――木製の武器ラック、床に置かれた鎧、架空の月が書かれたカレンダー。窓越しに見える中世ヨーロッパ風の街並みは、どこか幻想的な雰囲気すら感じられる。


 そしてそんな光景を前に、状況が把握できていない俺は、目を白黒させることしか出来なかった。

 ただそんな混乱状態の俺に対し、女の子は遠慮なく質問を投げかけてくる。


「ねえ、自分の事分かる? 名前は? 通ってる学校は?」

「えっ、と……小前田おまえだ、陸也。その……聖レジェス学園の3年で、えっと……」

「じゃあ、わたしの事は?」

「……? すまん、どこかであった事があるか……?」

 

 ――ラベンダー畑を思わせる、淡く透き通った紫色のロングポニテ。息を呑むほど可憐な顔立ちに、スレンダーな肢体を素朴に飾るミニスカワンピ。女の子らしい甘い香りがほのかに鼻をくすぐってきて、ぼんやりしていた脳がゆっくり覚醒してゆく。

 ただ、そんな眠気も覚めるほどの美少女と、生まれてこの方知り合いだった事なんてあるわけもない。しばらくの後、俺はゆっくりと首を振っていた。

 その後、髪色も服も普段とは違うこと、それに普段は眼鏡だったということも告げられたが、それでも俺はその子のことを思い出せなかった。

 

「……そっか、やっぱりか。うん、まあ、その方が、都合が良いかもね」

 

 残念そうな、それでいてホッとしたような表情を浮かべつつ、そんな気になる独り言を口にしたその子は、同じ学年の三枝さえぐさ時乃だと名乗ってくる。

 

「……さえぐさ? もしかしてC組の……?」

「あ、そうそう、隣のクラスの。……なんだ。それくらいは覚えてるんだね」

「覚えてるというか……読みにくい名字ってのと、休み時間に廊下を通った時、いつもドア付近の席に座ってる様子が見えてたから、それでたまたまな」


 そう補足を入れた後、俺はふと首をひねった。


「でも、三枝は君と違って、かなりおとなしそうな子に見えたぞ? いつ見ても物静かに、イヤホンで何かを聴いてたしさ……」


 と、そこまで言いかけてから、もう一度その子の顔をじっと見つめてみる。

 ……そう言われてみると確かに、記憶の中の三枝と面影がそっくりではあった。いやむしろ、清楚な黒髪を紫にしてポニテにし、無理矢理メガネを取っ払えば、目の前の美少女になるような気も……?


「……。……その……すまん、三枝のこと、ちょっと誤解してたかも……」


 やがて俺は、そんな言葉をこぼしてしまっていた。

 ……いや、物静かそうに見えていたあの子が、まさかこんなにフレンドリーに接してくるとは夢にも思わなかったのである。

 

「ま、話す機会がなかったから、そんな印象だったのかもしれないけど。……でも実際はこんな感じだし、気兼ねなく接してきて大丈夫だからね。ていうか休み時間に聞いてたのだって、お清楚なクラシックとかじゃなくて、ゲームのサントラとかだし」

「……ゲームのサントラ?」

「そう。本当は休み時間もゲームしたかったんだけど、廊下側の席だったから、それで泣く泣く暇をつぶしてたの」

「ああ……いやまあ確かに、あそこの席ならすぐ見つかって没収されそうだな……」


 思わず何度か頷きを返した後。俺たちは互いに名前で呼び合う取り決めを交わしてから、情報共有を始めた。

 ……といっても、ほぼほぼ時乃が把握出来たことを俺が教えて貰うだけではあったのだが。


「――古の、アルティメットブレイド?」


「うん、そう。多分このゲームは、3Dアクションゲーム『マリクの伝説』の最新作『古のアルティメットブレイド』だと思う。かなり有名なシリーズなんだけど、プレイしたことない?」

「全くないな」

「……そっか。で、後は……左腕に、腕時計型のデバイスがあるでしょ? 陸也が起きる前に色々と触ってみたんだけど、多分わたし達は『ゴーグルストレートビュー』っていうゴーグル型のVR装置で、ゲームへ強制的にフルダイブさせられてるんだと思う」

「あ、それは何かで聞いたことがあるな。意識ごとゲームの中に没入させる実証実験に成功した、とかなんとか……」

「そうそう、多分わたしが見たニュースもそれだと思う。……ちなみに付け加えると、その『オプションウェア』っていうそのデバイスのログアウトボタンは、しっかり押せなくなってるね」

「……」


 一応確認のためそれを触ってはみるものの、確かにオプションの画面にあったログアウトボタンは灰色になっており、押しても特に反応はしなかった。思わずこの世の終わりかのような長い長いため息を吐いてしまう。

 

「お決まりのパターン……か。参ったな。何があったか思い返そうとしても、ふつーに朝起きて、学園行って、授業受けてたことしか思い出せないし……特に『黒幕』に心当たりもないしな……」


 そう独り言を呟く。すると時乃は顎に手を当て、どこか得心がいったかのように頷きを返してきた。


「……なるほど、やっぱりそこら辺の記憶は飛んで……」

「……どうかしたか?」

「へ? あ、なんでもない。……でもさ、その『黒幕』の正体を掴むためにも、まずはゲームを進めていった方がいいとは思うんだ。このゲームそんなに難しくないし、クリアしてタイトル画面に戻れば、絶対にゲームを終了出来るからさ」

「……なるほど。『黒幕』とやらが単なる愉快犯なのか、それとも何か理由があるのかは分からないが、何も手がかりがない以上、結局はそれが一番手っ取り早そうか」


 そうして時乃の案に賛同した後。

 俺はふと、時乃がやたらこのゲームについて詳しいことに気づく。

 

「というか、さっきから気になってたんだが、時乃はこのゲームやった事あるのか?」

「え? うん、もちろん。……というかさ……」


 そこで一拍溜めを作った後。

 時乃はレザーワンピの胸元を高らかに張りながら、とんでもない告白をしてきた。




「――わたし、



 

「…………………………は???」


 思いもよらない……というより、想像を軽く超えてきたそのカミングアウトに、思わず頭がフリーズしてしまう。


「タイムアタックドットコムっていうサイト見て貰えば、すぐに証明できるんだけどね。『tokino3』って名前の日の丸アイコンが、59分48秒293ていう驚異的なタイムを出したってこと、ちゃーんとそこに載ってるから」

「……う、嘘だろ……?」

「こんな状況で嘘言っても仕方が無いでしょ? ……そもそもわたし、好きなものにはとことんのめり込んじゃうタイプなの。で、それが高じて、最近じゃ色んなゲームのタイムアタックが趣味みたいになっててさ。これでも界隈じゃ、結構有名だったりするんだよ?」


 そう言ってドヤ顔を向けてくる時乃。思わず唖然としてしまう。

 ……いや、それって……こういったVR空間に閉じ込められる系の物語で、一番キャスティングしちゃダメな奴じゃないのか……? やらかしが致命的すぎやしないか……?

 『黒幕』とやらが急にポンコツ幼女にすら思えてきてしまう中、俺はふと、浮かんだアイデアを口にする。


「……それじゃ時乃に任せたら、1時間で脱出できたりするってわけか……?」

「あー、そう出来たら良かったんだけどね……。どうやら今回主人公を操作するのは陸也みたいなの。操作キャラの変更は出来ない仕様だから、わたしは助言を飛ばすことしか出来なさそうでさ」

「……なるほど。時乃に丸投げは出来ない、と。まあ、そりゃそうか……」


 ……流石にそんな都合良くは行かないらしい。がっくりと頭を垂れかかる。

 ただ時乃はそれを見越して、食い気味に話を続けてきた。

 

「まあでも、こうして主人公の幼馴染の弓使いとして、戦闘には加われるし、そうでなくともゲーム性をぶっ壊すバグ技とか、むしろゲーム自体をぶっ壊しちゃうバグ技とか、そういうのは腐るほど知ってるからさ。期待してもらってもいいよ?」

「……いや、ゲーム自体が壊れるのは流石に……もしフリーズしたら、どうなるのか全く予測がつかないだろ?」

「大丈夫大丈夫。そういう危ないのは、陸也がミスったりしない限り、上手く行くはずだから」

「おい、既にやらせる気満々じゃねえか」


 思わずそうツッコむと、時乃はイタズラっぽく笑う。そうした後、時乃はオプションウェアにチラリと目を配ってから、すっくと立ち上がった。

 

「それじゃ、体の調子とか特に問題がないなら、早速始めていこうよ。善は急げっていうしさ」

「……バグ技の扱いに異論はあるが……ま、それもそうだな」


 そうして時乃につられ、俺もベッドから立ち上がる。……すると、俺の腰にずっと木剣が差してあったことにようやく気づいた。リアルならあり得ないが、ゲームならよくありがちな仕様に思わず苦笑いをこぼしていると、それを見た時乃が不思議そうに首をかしげてくる。


「いや、なんでもない。それで……最初はどこに行くんだ? お城? 長老の家? まさかとは思うが、最初からラスダンに行かせたりはしないよな……?」


 恐る恐るそう問いかけると、時乃は一つ咳払いを挟みつつ、とんでもないことを言い放ってきたのだった。

 


「――まずは、カジノかな!」


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