恋愛洪水〜振られた男は愛を知る〜

不管稜太

ドラスティック・コンフェッション


「好きです。付き合ってくれませんか――」


 ――――。





「ぐすっ……」

 徐々に日が傾いていく夕焼け時。

 俺は泣きながら、いつもの通学路を歩いていた。


 菅原雪翔すがわらゆきと、高校二年生。

 俺は今日、ずっと好きだった女子、藤原ふしわら向日葵ひまわりに告白した。

 そして、振られた。


 俺にとって初めての恋で、初めての失恋だった。

 向日葵の申し訳なさそうに俺の告白を断る姿を思い返すと、悲しみが蘇る。

「あぁ……。大好きだったのに……!」

 涙が止まらなかった。


「あー! 雪翔じゃーん!」


 声を掛けられ顔を上げると、そこには同級生であり幼馴染みのたちばな柚羽ゆずはがいた。


「あれ! もしかして泣いてるの! 泣き虫〜!」


 柚羽はいつものように俺を揶揄ってくる。

 いつもならここで反論しているのだが、今日は反論しようにも涙が溢れてくるので、黙って何も言い返せない。


「どうしたの〜? 珍しいじゃ〜ん」

 柚羽はいつもの調子で聞いてくる。


「もしかして、振られたりしたの〜?」


「……ぐずっ」

 俺は無言で柚羽を睨む。

「え? 図星!?」

 柚羽は焦ったように言う。

「あ、ごめんね……。まさかほんとにそうだとは思わなかったから」

 柚羽は態度を変えて言う。


「向日葵ちゃんでしょ?」

 俺は黙ってうなずく。

「そっか……。そうなんだ……」

 柚羽は少し何かを考えるように、つぶやく。


「ほら、大丈夫だから、こっちおいで」

 促されて、俺は柚羽と近くのベンチに座った。





「雪翔が告ったんだ」

「……うん」

 少し落ち着いた俺は、柚羽の問いに答える。


「へー。雪翔と向日葵ちゃん、けっこういい感じだったから……、ちょっとびっくりかも」

「……うん」

 柚羽の言葉から、向日葵に片想いしていた日々が思い返される。

 すると、また涙が湧き上がる。


「――もう。ほら雪翔、大丈夫だから」


「……!」

 そう言って柚羽は、ベンチに座っている俺の正面に立ち、俺の頭を包み込みようにハグした。


「……ゆ、柚羽?」

 柚羽は俺の頭を優しく撫でながら、慰撫するように言う。

「雪翔はいつもわたしが落ち込んだ時、励ましてくれてたよね」

「お、おう」

「だから、わたしの番」

 ハグされているので柚羽の表情は分からなかったが、柚羽の声は少し震えているように聞こえた。

「……そっか。あ、ありがとう」

 幼馴染みとは言え、女の子にハグをされたことなんてなかったので、胸はドキドキで一杯だった。

 柚羽は手を解いて、優しく言う。

「雪翔、大丈夫だよ! 雪翔は一応かっこいいんだし、向日葵ちゃん以外にもいい女の子いるよ!」

 柚羽は慰めるように言ってくれる。

 それは分かっているのだが――、


「……向日葵よりもいい女なんていねぇし……!」


 俺はそんなことを言ってしまう。

「俺は向日葵が……、向日葵が大好きだったんだ……! 向日葵の可愛いところも、元気なところも、優しくところも、話しやすいところも……、ほんと、唯一無二なんだよ……! 向日葵がめちゃくちゃ好きだったんだよ!」


 柚羽は、少し切ない顔をして、もう一度俺を抱き寄せてくれる。


「俺には、あいつしか……いなかったんだよ!」


 柚羽の胸の中で、溢れる想いを口にする。

 俺には本当に向日葵しかいなかったんだ。


 すると、柚羽は俺の頭を強く身体に寄せる。

 そして、言う。

「――そんなことない!」

 柚羽は今までの優しい口調から豹変し、強い口調になる。

「……え?」


「わ、わたしだって、向日葵ちゃんには敵わないかもしれないけと……、ちょ、ちょっとくらいは可愛いし、元気だし、優しくしようと思えば雪翔にだって優しくするし、話しやすいし……!」

 柚羽は少したどたどしく喋りだす。

「……い、いや、そういう意味じゃなくて」

 励まそうとしてくれるのはありがたいが、向日葵は誰かと変えられるのもじゃない。


 柚羽は俺を離し、胸に手を当てて言う。


「――――わたしは、どう!?」


「……え?」

 柚羽は、何かを決心したように言い放つ。

「だから! 雪翔には向日葵ちゃんしかいなかったんでしょ! だから……! わたしじゃだめなの!?」

 柚羽はどこか怒るように言ってくる。

「だ、だめかって……どういうことだよ?」

 柚羽は何を言おうとしているんだ……?


「そ、それに! わたしには向日葵ちゃんにぜったいに負けてないものがあるもん! それは――!」

 柚羽は一呼吸置いて、大きな声で言う。


「それは――! 雪翔が好きって気持ちだもん!」


「……え?」


「もう……! 十年もわたしの気持ちに気づかない雪翔には直接言わなきゃ分かんないよね! ……わたしは! 雪翔のことがずっとずっと、大好きだったの!!」


 柚羽は、言い放つ。

「ゆ、柚羽……、本気か……?」

 柚羽は瞳に涙を滲ませて言う。


「当たり前だもん! ずっと好きだったもん! 雪翔が向日葵ちゃんのこと好きっていうの聞いた時、めちゃくちゃショックだったもん!」

「柚羽……」

「だから、もうこの気持ちは忘れたはずなのに! もう諦めたはずなのに! 雪翔のバカ、振られたのに向日葵ちゃんのことをあんなに褒めたら、羨ましくて、悔しくて! 思い出しちゃったじゃない!」


 柚羽は泣きながら続ける。

「わたしはずっとこんなに好きだったのに! ぽっと出の可愛い子に雪翔の気持ちを取られて! それなのにその子は雪翔のことが好きじゃないなんて! そんなのずるい!」

 柚羽も、今までずっと隠してきた溢れる想いを俺にぶつけてくる。

 まさか柚羽が俺のことを好きだったなんて……。


 俺の中には、確実に今まではなかった気持ちが湧いていた。


 今までの恋で、感じられなかったもの。

 振られた俺にはなかったもの。

 愛を断られた俺にはなかったもの。


 それは、愛を受けること。

 「好き」って言われること。


 好きという気持ちも拒絶された俺にとって、愛を受けるっていうのは、ものすごく暖かくて、胸が満たされるように嬉しいものだった。

 胸の鼓動が高鳴る。


 目の前にいる、柚羽。

 正直、今まで柚羽を恋愛対象として見たことは一度もなかった。


 でも、今の柚羽は……めちゃくちゃ可愛い。

 顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに下を向いている柚羽。

 柚羽を見ているだけで、胸がドキドキする。

 柚羽が、愛おしく感じる。


 それは……、誰よりも。


 さっきまで、俺には向日葵しかいないと思っていた。

 でも……!


「――柚羽!」

「――!」

 俺は立ち上がり、今度は俺が柚羽を抱き寄せる。


「柚羽、ずっと気付けなくてごめん……。俺には……、俺には! 柚羽がいた!」

「……え?」

「向日葵しかいないなんて、嘘だ! 俺には柚羽がいた!」

「そ、それって……?」


「俺は、柚羽が好きだ! 柚羽が一番、大好きだ……!」


「ゆ、雪翔……!」

「さっきまでは向日葵のことが一番好きだった。……でも、すぐ近くにこんなに可愛い幼馴染みがいて、俺に好きって言ってくれて……! 今、めちゃくちゃドキドキしてるんだ!」


 俺は柚羽を抱き寄せる手を離し、柚羽と向かい合わせになる。

「俺は本気だ……。今は誰よりも、柚羽が好きだ」

 ――そして、人生二度目であり、今日二度目の愛の言葉を告げる。


「――俺は、橘柚羽さんのことが好きです。付き合ってもらえませんか」


「――はい。これからよろしくお願いします」


 柚羽は、泣きながら笑顔で答える。

「柚羽……!」

「雪翔……!」

 もう一度、柚羽と抱き合う。

「……雪翔、ほんとにわたしでいいの?」

「ああ。柚羽がいいんだ。今は一番、柚羽が好きなんだ……!」

「雪翔……!」

「……今までずっと待たせてごめん」

「ほんとだよ……。ずっと我慢してたんだから!」

「……ごめん」

「もう……! 待たせた責任取ってもらうからね!」

「なっ……!」


 そう言って、柚羽は俺の頬にキスをした。


「えへへ。ほら、行こ!」

 柚羽は紅潮した笑みで、俺に手を伸ばしてくる。

「……おう!」


 俺はと、手を繋いで帰った。





 あれから何年が経ったのだろう。

 社会人になった今でも、たまにあのドラマチックな出来事が思い返される。


 もし向日葵が俺の告白を受けていたら、一生柚羽の気持ちを知ることはなかったかもしれない。

 もし向日葵が俺の告白を受けていたら、俺は今でも向日葵のことが好きだったかもしれない。


 でも、向日葵に告白を断られた。向日葵は、俺のことが好きじゃなかった。

 俺にとっては、大きな失恋だった。


 でも、この失恋が、別の大きな恋愛の芽を開かせた。

 今となっては、失恋してよかった、とも思ってしまう。

 だって、柚羽のずっと隠していた想いが知れたから。

 そして、柚羽と恋人になることができたから。


 もちろん、向日葵のことを悪く言っている訳ではないし、向日葵も柚羽も素晴らしい人だと思う。


 でも、柚羽は俺に好きだと言ってくれた。

 俺に無かった、愛を受けるという、暖かいものをくれた。

 恋愛で、胸が満たされるような気持ちをくれた。


 だから、今は世界で一番、柚羽を愛している。

 今の俺には、柚羽しかいない。


「――柚羽」


 俺はあの時よりも遥かに大人らしくなった柚羽を呼ぶ。

「なにー、雪翔?」

 俺は柚羽を真っ直ぐ見つめて言う。


「柚羽――、俺と結婚してくれませんか」



 こうして、二人は沢山の紆余曲折を経て、永遠の愛を誓った。


<完>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛洪水〜振られた男は愛を知る〜 不管稜太 @fukuba_ryota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ