第29話 それはそうとアキラ君、Facebookとかやってないの

 僕らはスクーターを飛ばし、忠孝新生ツォンシャオシンションまでやってきた。

 大通り沿いは高層ビルが建ち並んで夜でも賑やかだが、一つ路地に入ると真っ暗だ。

「姉サン、こっち!」

 アーケードの薄闇からアキラが手招きする。僕らが駆け寄ると、アキラは傍らの雑居ビルを見上げた。

「どこにいるんだニセ欣怡は」

「このビルの七階に旅行者向けのゲストハウスがある。そこに姉さんが言ッテた女らしい奴が泊まッテるみたいだ」

 このビルも日桃幫の息の掛かった物件らしい。アキラが持ち物件を当たっている内に、それらしき人物の目撃情報を掴んだという。

 陽が小声で問う。

「そいつの名前は」

「予約されテたのはチェン怡君イージュンって名前っす。けど、ちょっと怪しくテね。『陳』も『怡君』も台湾じゃベタすぎる名前なんだ。日本で言えばヤマダタロウみたいな感じ」

「したっけ偽名の可能性もあるべか」

 僕らはエレベーターに乗り込む。かなり旧式らしくドアの開閉が鈍い。しかも上昇スピードも遅い。焦れったさが僕らを包んだ。

「旦那。あの後、捕まったッテ。出てこられたの?」

「色々あって、凜風さんのお祖父さん助けてもらったんだけど――」

 僕はヨシオさんの事を端的に説明した。

「ウッソ。じゃあリザって、うちのボスの姪だッタのか!」

 そゆこと、と陽が苦笑して頷く。日桃幫のメンバーであるアキラさえ知らなかったらしい。

「それはそうとアキラ君、Facebookとかやってないの」

「何ダ。俺とフレンドなりタいのかよ、旦那」

「ちょっと僕に考えがあってね」

 僕はアキラに小声で段取りを説明する。僕の想像が正しければ、これでニセ欣怡の正体が明らかになるはずだ。

 一分は掛かっただろうか。ようやく七階に到着した。

「Hey 有想聽的事」

 ドアが開くなりアキラがフロントに詰め寄る。呆気にとられるスタッフの男。アキラは有無を言わせず捲し立てる。

 ワンフロアに二十ほどの部屋がある。カラオケボックスのような造りだ。建物は古くて安っぽいが、若者うけを狙ってか、カラフルなペイントで壁を彩ってある。

 部屋番号を聞き出すと、アキラはスタッフの制止を振り切り廊下を進む。僕らも後を追った。14号室の前に立ち止まる。

「有事情。開門!」

 アキラはドアスコープを手で塞ぎノックする。反応はない。留守か、警戒して出てこないのか。アキラのノックが荒くなる。

 そしてドアが開いた。

「吵鬧……。是什麼事情嗎」

 中国語で返した女の声。廊下の明かりが声の主の顔を照らし出す。

 ドアの隙間から覗いたのは、あのニセ欣怡。

「連絡が取れないと思ったら、こんな所にいたんだね」

 声を掛けると、僕と目が合った。

 彼女の目が大きく見開かれる。次の瞬間、ドアが勢い良く開いた。怯んだ僕を突き飛ばし、彼女は脱兎の如く駆け出す。

「おっと待ちな」

 素早く陽が手を出し、彼女の腕を掴む。

 陽は肘と肩の関節を極めて組み伏せた。うつ伏せに取り押さえられた彼女は陸揚げされた魚のように必死であがく。

「アンタには、聞きたい事がタンマリあるべさ」

 他の宿泊客が騒ぎを聞きつけた。廊下のドアが一斉に開き、宿泊客たちが僕らを見ている。アキラがひと睨みすると、みな逃げるようにドアを閉めた。

 その時、彼女のポケットから電子音が鳴る。スマホの通知音だ。

「……やっぱりか」

 僕は確信した。

「なんデ、この女の電話が反応しテんだ?」

 アキラはスマホを持って呆然としている。彼も僕の段取り通りにやってくれた。僕の予想が当たっていたと証明された。

「住手! 放掉!」

 抵抗する彼女。陽は警察の逮捕術のように体重を乗せ、彼女の自由を奪っている。僕は彼女の傍らに屈んだ。

「もう無理しなくて良いんだよ」

 そして僕は彼女の名前を呼ぶ。

「探したよ。シオツカセリカ」

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