運営委員会

第13話



  今日、学校の運営委員会が開かれることになってる。

 議題はぼくらのクラスのこと。

 ぼくのお母さんは、運営委員のひとりとして、朝からぼくに、クラスのことや真一郎が登校拒否をおこした原因などをしつこくしつこく聞いた。ぼくがだまりこむと、先生が日本へ帰らされてもいいのって、ぼくをおどす。全部話したいんだけど、ぼくにもよく分からないことがいっぱいあるんだ。だって、どうしてみんなで真一郎君をいじめたのって聞かれたって、うっとうしいんだって言ういがいに答えようがない。何がうっとうしいのって聞かれたら、それこそ、ぼくが聞きたいぐらいだって言いたいよ。

「そんないいかげんな答えしかできないんなら、香川先生は助けられないわね」

「でも、答えられないものは答えようがないじゃない」

 ぼくはうつむいた。

「真一郎君のつくえにらくがきしたのは誰なの?」

「知らない」

 ぼくの声はぼくの口のなかで消えた。

 日食が終わって、真一郎が登校拒否をおこした理由の一つとして、真一郎の机に「悪魔」という落書きがあったということがある。でもそんな落書きは、だれも見ていない。本当にそんなことをするやつがぼくらの仲間にいるんだろうか。


お母さんは、ぼくの顔を見てためいきをついた。

「あなたたちのだれかだってことは、はっきりしてるじゃない。先生がだれがやったって聞かなくっても、みんなで話し合ったら犯人はみつかるでしょ。そうすれば先生だって、自分がやったなんて、みえすいたうそをつかなくてもすむじゃない。それではじめて、運営委員の人たちとも、大人の会話ができるというものでしょ。だれも言葉にだしては言わないけど、こんな事じゃ、香川先生が運営委

員の私たちをばかにしてるとしか思えないわ。祐介、知ってるんでしょ。だれがやったの」

 お母さんの目が、するどくぼくをにらんでいる。

「ぼくに、友だちを売れっていうの?」

 ぼくはお母さんをにらみかえした。

「売れですって。どこでそんな言葉を教わったの! ヤクザ映画じゃあるまいし、そんな言葉をつかうのは、許しません」

 お母さんのにぎりこぶしが、ぶるぶるふるえていた。


 ぼくは、言葉にならない言葉を胸の中でさけんだ。

 ぼくの言葉尻をつかまえておこらなくてもいいだろう。問題がちがうじゃないか。犯人がわかったら、そいつはどうなると思ってるんだよ。お母さんが一番よく知っているはずだろう。この日本人社会でうわさになることがどんなことなのか。うわさはどんどんどんどん広がって、どこへ行っても、何をしても、日本人にあうたびに背中の後ろでささやかれるんだ。

「ほらほら、あの子よ。ほら、あの事件」って。それも、話しに尾ひれがどんどんついて、あることないことみんなおもしろおかしく言いあうのさ。

 香織の妹がプールでころんだ時だってそうだった。お母さんが聞いてきた時には口びるを何針縫ったってことになってた? 本当はしりもちをついただけだったのに……。


「言葉使いの善し悪しは、また今度ということにして、きょうの運営委員会では、もうすこし、違う角度から話し合いはできないもんかな」

 お父さんが、お母さんをなだめるように言った。

 お母さんは「そうね」と言ってふっと肩の力をぬいた。そして、まるで催眠術から覚めた人のように、何回もまばたきをした。

「でも、はじめて石上さんが香川先生に聞かれたのがだれがやったかなのよ。その答えが、ぼくがやりました、だったから、もうそのひとことで、石上さんは気分を害されたみたいなの。そこのところをうやむやにして、話し合いはできないっておっしゃるのよ」

「そうか。それで、今日結論がでるわけ?」

「この分でいくと、香川先生は解雇ね」

「香川先生、日本へ帰っちゃうの」

 ぼくの口びるがふるえだした。

「そうなるわね」

 お母さんの顔が、あなたたちのせいよといっていた。

「それで、香川先生が解雇ってことになったら、石上さんの子供が学校へ出てきそうなのかい」

「知らないわよ」

「おい、おい。何のための解雇話だよ」

「それは……、あっ、もうこんな時間。運営委員会始まっちゃうわ。行かなきゃ」

 お母さんは、腕時計をみて、あわてて出ていった。

 自動車のドアのバタンという閉まる音がして、エンジンの音がした。お母さんを乗せた自動車が走り去っていく。ぼくは、サイドテーブルのうえにのっている時計の音を聞いていた。

「お父さん。先生を助けられるのは、ぼくだけ……?」

 ぼくは、空気をいっぱいすって、はきだすいきおいにまかせて、言葉もいっしょにはきだした。

「そうかもしれないね。でも、祐介ひとりでは荷が重すぎるかな。みんながなかなおりできるといいんだがな」

 ぼくには、お父さんの言葉が、はっきりとは聞こえていなかった。ぼくの頭の中では、ぼくが何とかしなければ、ぼくが何とかしなければならないんだっていうことだけが、くるくるまわっていた。


お母さんが出かけた後、ぼくは真一郎の家に行くことにした。真一郎に何がおこったのか、ぼくはおぼろげながらわかるような気がした。真一郎が学校へ来なくなったのは、日食に関係があるのではないだろうか。それも、悪魔に……。

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