第35話 だれ? 【優】

 ふう、しんどかった……


 私、鮫島優は、近くの大学に呼ばれ女子ボクシングの短期集中合宿に参加していた。


 スパークリング以外はほぼ走っていたなあって印象な合宿だったよ。


 もっとも、あたしは、招待されていた立場で、高校生だったので、大学生諸先輩と違って、毎日家には帰っていたけど、それでも、バタンキューな毎日だったからさ、一樹の飯にはありつけなかったんだ。


 ああ、顔がほころんで行く。


 だってさ、今日はようやく一花ん家に言ってさ、一樹の飯が食えるんだぜ。


 一応は連絡しておいたんだよ。


 一樹と一花に。


 夫婦だからさ、どっちか一人にって訳にもいかないから、二人に出しておいたんだよ。


 まあ、一応、一花からさ、『一樹を好きでいいよ』って許可を得てるとはいえさ、この辺には気をつかうんだよな。


 一花だって私の親友だしな。


 で、そしたらさ、メール来たんよ。


 一樹から、


 「今日何を食べたいって……」


 もう、『キャー!!」って叫びだしそうになって、いや、なにこの質問?ってなって。


 なんだよ、一花と勘違いか? って思ってたら、


 「優って鶏肉は嫌いだったよね?」


 なんて来たから、これあたしじゃん、完全にあたしに来てるメールじゃん。


 ちがうんだよ、あたしは鳥は好きだけど、皮がダメなんだよな、その辺をもっと理解してもらわないとな、一花みたいに肉は好きだけど、ひき肉は苦手っていう感じのセットで覚えてもらえると嬉しい。


 そう、うれしいんだ。


 血沸き肉躍る感じ? ちがうのかな? 浮かれてる感じよりはもっと重大にヘビーに来たぜ。


 で、牛肉食べたいから、家に連絡してまあまあな肉をもっていってもらった。


 宅配ですぐに届くんだぜ、ステーキだから時間もかからないし、もう、今日はダブルラッキーかよって、ウキウキしながら家路につくぜ。


 自分家じゃないけど、一樹の焼いたステーキかあ。


 あいつの家って、本当に豪農って感じの屋敷でさ、キッチンじゃなくて、台所なんだよ。今時、土間って言って土なんだ。そこに簀の子を引いてだらら、使おうとおもと未だかまども現役でさ、一回、リクエストしたら、薪で炊いたご飯も食べさせてくれたぜ。


 さて、先生やら先輩やらにきちんと挨拶もお礼もしたっから帰ろうかな? って思って一人、更衣室でいそいそと帰る準備をしていたんんだよ。


 そしたらさ、急に声がかかるんだ。


 「こんにちわ」


 ちょうど扉のところに、一人の女性が立っていた。


 何歳くらいだろ?


 大学生って感じじゃない。


 父兄とも違うかなあ、教員? コーチかな?


 だって、最近、一樹の飯にハマった律子先生くらいの年齢に見えた。いや、そう見えるだけでもっと上かもしれないって思ったよ。どうしてそう思ったのかって聞かれても困るが、ともかくなんとなく感が働いたんだ


 彼女はニコニコ笑ってあたしを見てる。


 そして、


 「一樹ちゃんのお友達が来てるって聞いたから、我慢できずに来っちゃったの」


 っていう知らない人。


 きっと初対面だけど、どこか優し気で、人に気をつかってくれる、そんな人格を勝手に想像してた。


 たぶん、だけど、あたしは驚いていたんだと思う。


 急にそんな風に声をかけられた、あたしの知らない人に、あたしの事を知ってるかのような口ぶりだ。


 きっと、あたしは怪訝な顔ってやつをしていたんだろう?


 だからなのか、


 「いやね、そんな顔して、おばさんは悪い人じゃないわよ」


 いや、そもそも自分を悪い人っていう悪人はいないから、全く信用できない。


 え? 今、この人、自分をおばさんって言った?


 って、その顔をまじまじ見る。

 

 いやあ、そんな年齢じゃあないよなあ、って思いつつも、そもそもおばさんとは何歳くらいを指すのって事もわからないかあ、でも、この顔、どっかで見た事あるような、無いような?


 でも、目元とか、どっかで見た事あるんだよなあ?


 って思いつつも、あたしが一樹の知り合いって事をどうやって知った?


 そんな事、名簿になんて書いてないし、そもそも、この大学で一樹の話をするほど中のいい人間もいない。


 だから、率直に、単刀直入に訪ねたんだ。


 「あんた誰?」


 すると彼女は名乗る。


 「数藤樹里よ」


 そう微笑む彼女、真理恵。


 数藤って、確か一樹の方の苗字だよなあ。


 って考えて、私は、そのまま一樹に電話をかけたんだ。

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